静かな夜=平和?
夜。人々の生み出す喧騒はなく、虫の声が響いているだけだ。心なしか、王都よりも見える星の数が多い。
僕たちは、あの後それぞれに個室を与えられ、眠りについた。
恐らくもう僕以外は寝入ったのだろう。耳を澄ませれば、寝息が聞こえる。
窓際に座り、空を眺める。平和だ、と考えてしまいそうになるくらいには空は黒く、静かだ。
平和でない空は、いつも赤くてうるさかった。――オケディアがもたらしたものだとわかっている。こういう空を見ると、逃げ惑う人々の姿が、声が、鮮明に思い起こされてたまらなくなる。
昔から夜は嫌いだ。よくないことが起きるのは、いつも夜だったから。日が昇れと念じながら日が出る方向を睨んでいたのは、いつの話だったか。今はどうしようもなく泣きたくなる。
……僕に泣く資格なんて、ないのに。
「平和、か。平和って一体なんだろうな。今もステラで――。それにしてもどうしてノア兄さんは僕の――」
纏まらない考えを、声に出す。声に出してみれば、考えが纏まる気がしたのだ。
「どうしてノア兄さんは僕の未来を見ることができたんだろう?」
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朝。結局寝れなかった僕は、日が昇る前に屋敷を出た。いつものメニューをするためだ。屋敷の近くの森に入り、一人で訓練に明け暮れる。幼い頃からの習慣で、朝は体を動かしていないと落ち着かない。
それもいつかなくなる日が来るのだろうか?
夜の間、時間が余っている僕は研究をすることにしていた。学園では、自室で少ししかできておらず、全くと言っていい程研究は進んでいなかった。だから、こういう機会がないと進めれない。
「毒を以て毒を制す……?あれは毒なのかな……?」
今は、精霊薬の改良をしている。精霊薬は、異能力の強化にとても重要なものだが、取りすぎてしまうとどんな魔法も異能力も通じない毒に侵されてしまう。それの治療法もまだ見つかっていない。
ただ、なんとなく仮説は立ててみた。しかし、それが合っているのかは謎で、更にそうだったとしても治療法が全く思いつかない。かと言って精霊薬を改良しようとしても、変な薬ばかりできる。前にできた薬は色を反転させることができる薬だ。本当に意味が解らない。
前に性転換の薬が出来てしまったときは、リーリアに無理やり飲まされかけたっけ。あれは事態を察したジェイクが止めてくれなかったら、本当にリーリアに飲まされていたかもしれない。
リーリアは研究助手で、ジェイクはその兄の騎士だ。……ステラでも、十分にやっているのだろうか?
……あの図太さを見て、やっていけそうだとは思うが。
ちなみにあの後、ジェイクに止められたリーリアは、僕にその薬を飲ませることを諦めたに見えたが、僕が飲む紅茶にあの薬を仕込み、無事僕とリーリアとジェイク他三名が性転換した記憶は、僕の異能力で抹消したいものだ。薬の効果は速攻で抹消してやったが。
本当に、精霊薬の研究の副産物の薬はまともなものがない。できれば強力な解毒剤とか、回復薬とか、少し毒性が消えた精霊薬とか、そういうのが欲しいのに、できるものは塩味だけを三日間感じれなくなる薬や、ちょっとしか効果のない惚れ薬。それと毒々しい煙が出るだけの薬や、声が少し大きくなる薬など、どれも効果が今一つのものばかりだ。
ちなみにさっきは、もう何度目かの人間の顔がジャガイモに見える薬。効果を確かめてはいないが、色と匂いと味と材料が同じであれば、同じ薬だろう。
最近は、行き詰りすぎて本当に毒性のない精霊薬なんか、存在しないのではないか、とも思い始めている。作り方をどう間違えたらできるのかわからない薬ばかりできる。進んでいるのか、その場で足踏みを続けているのか、それとも後退しているのか。何もわからない研究結果に鬱屈とした気持ちが芽生える。
だからこそ、こうやっていつもこなしている訓練を行って、気を紛らわせている。夏だが、日がまだ昇っていない時間帯の気温は暑いというよりも涼しく、小さく吹く風は心地よい。
しばらく森を駆け抜けていると、鳥の声が聞こえ始めた。日が昇っている証拠だ。急いで森を出ると、それは明るくなり始めていた。
――これは、そろそろ帰らないと、いないのがばれるな。
でも、今の汗だくの状態で人と会いたいとも思わないため、森を駆け抜けているときに見つけていた湖で、汗を流してふと、自分の体を見つめた。
昨日、見つかった傷。いい記憶など全くないソレの存在を、僕は意識の外に追いやっており、完全に忘れていた。
心臓付近を抉るような傷。その他にも、背中を大きく切り付けられたときにできた傷や、太ももの根性焼きの痕。ララ姉さんがどんなに手を尽くしても、治ることはなかった。
「この傷は、消えることがあるのだろうか」
僕はまた、その傷の存在を忘れることにした。




