湯気の中で……
女性陣が入浴を終えると、男性陣も入浴を済ませることになった。
だが、なぜか上流貴族のみならず王族も二人いるのに、使用人の数が少ない。だからこそ、僕が料理を振舞う事にもなった訳なのだが……。
「貴族が、こういう風に複数人で使用人もなしに入浴する、って珍しいですね」
「まあそうだな」
「え!?珍しいんですか!?」
僕が言ったことに、マティアス様が頷き、ルーデウスが驚く。
「珍しいどころか……。自分の体なんて、洗えるのでしょうか……」
「私は騎士ですので、洗えますが」
「ぼ、僕は元々平民だったから……」
僕たちは三人で湯船に浸かりながら、今まで一回も自分で体を洗ったことのなさそうな四人に目を向けた。
「ハロルド?こんなこともできないのか?」
「カースティス、こういうのはすべて使用人がやるものだ。だから……」
「できないんでしょ?できないんだったら恥ずかしがらずに言えばいいのに。マティアス様ができるから、恥でも感じた?」
「はあ!?」
また喧嘩してる……。僕は道中もずっと彼らが喧嘩していたことを知っている。
「喧嘩はやめようよ。兄上、兄上の友人でしょ?止めてよ」
「どうせいつものことだ。俺が止める必要もない」
「兄上……」
ジークハルト様は、マティアス様に白けた視線を送ることができなかった。理由は、たんにマティアス様が背後に立っていたからに違いない。
そして、マティアス様が背後に立っていた理由は、ジークハルト様を洗っていたからだ。
「――今更疑問ですが、何故マティアス様はご自身で洗えるのですか?」
「……なぜでしょう?」
「アインでさえも知らないのか」
ルーデウスの疑問に、僕は首をかしげた。
正直に言うと、マルティン様ができるのもわからないが。でも、できて当然らしい。アムステルダム様はできないのに。
「僕がマティアス様と会ったとき、もう既に……というか、僕の体を洗ったのはマティアス様ですし」
「何でそんなことになっているんだよ」
「なんででしょう?」
僕も正直分からない。色々と混乱しているうちに、あれよあれよとことが進んでしまっていたのだ。
「というか、アインのそのメッシュ、髪色もそうだが珍しいな。地毛なんだろ?」
「はい。元々は黒一色だったのですが……」
「え!生まれつきじゃないんですか!?」
ルーデウスは驚いていた。
「ちょっとこれには、色々ありまして……」
流石に人に言えることではない。
「僕の髪の色は、よくある色なんですが……」
ルーデウスが自分の髪をいじりながらそう言っていた。
「僕的には、ルーデウスのような色が、羨ましいです」
「でも貴族間では、地味だ、とよく言われてしまって……」
「そんなことないだろ。そう言っている奴の色も、大して華がある色じゃない」
ルーデウスがしょんぼりしているのを、二人がかりで慰めた。
「それにしても、お二人はすごく鍛えているんですね。ジャスパー様は、服の上でもよく変わりましたけれど、アインさんはなんか意外というか……」
「……僕は着痩せするんですよ。それと、あまり鍛えすぎないようにしているんです。筋肉が付きすぎると、体が重くなるので」
「そういうのがあるんだ」
ルーデウスが驚いたように言った。
「俺は、力があればあるほどいいからな。甲冑が重いから、そもそも素早い動きなんか取れないし」
シモンズ様がそう言う。目的が違うと、鍛え方も違う。
……エリック兄さんも、オットー兄さんもゴリラだったな、と二人を思い出した。
ちなみに、ノア兄さんが鍛えている姿は見たことはない。
「カースティス様も鍛えているのは意外です」
「それは……ある意味当然じゃないのか?」
「ん?何ー?俺の話してんの?」
マルティン様が湯船の中に入ってきた。
「えっと、意外に筋肉あるな、って」
「なに?ルーデウスも鍛えたいの?俺のやっているメニュー教えよっか?」
「結構です……!」
「ざんねん」
マルティン様が朗らかに笑った。でも、僕はルーデウスが自身の非力さをこっそりコンプレックスに思っていることを知っている。
「というか、アインは本当に元軍人だったんだなあ……」
少し静かになったときに、マルティン様がそう言った。そう言ったのは、僕の体に古傷があったからだろう。
「いえ、今でも軍人です。そもそも僕は、今でもセオドアの騎士団に所属している訳でもないですし」
「え"」
ルーデウスから変な声がした。シモンズ様も、驚いた顔をしている。
「僕はステラから貸し出されている、という体でここにいるんです。何故ノア兄さんがそういうことをしたのか、僕にはわかりませんが。――本当に、あの人だけはよくわからない」
ノア兄さんの異能力は、三日だけ未来を見ることができたはずだ。時々、ノア兄さんはそれ以上の未来が見えているように感じる。
「ノア様ってステラの新王ですよね?――九星って噂の」
「九星?」
ルーデウスが九星を知っていることには驚いたが、マルティン様は知らないようだった。まあ、他国発祥の、都市伝説だ。ありえない、と一蹴する人物がステラ国内にもいるのに、他国の人間が知っている訳もない。
「確か、世界中の九人の天才の呼称とか。九星同士に、面識なんてあったんですね」
「え、なんかすごそう」
「俺も九星って聞いたことがある。まあ、ありえない話ばっかりで、信憑性はないけれどな」
……それが、世の中の九星に対する一般認識だろう。ステラは、それが事実だと、信じている人間が他国より多いくらいだ。
軍の中では、その九星を神扱いしている人物が多いが。
「都市伝説を信じているのか?頭の中は、さぞかしきれいな花が咲き誇っているんだろうな」
アムステルダム様が冷たくそう言った。その後ろでジークハルト様が苦笑いをしている。
「別に俺が何信じてもいーじゃん。頭硬いよ」
「現実を見ろ、現実を。そんな奴らがいたら、あっという間に世界征服でもされるだろ」
「そこは、都市伝説のご都合主義だよ。それに、現実離れしてる話って面白いじゃん」
ヘラヘラとマルティン様が言い返す。暖簾に腕押しな状況が完璧に目の前に再現されて、苦笑していた。
「面白そうな話をしているな」
いつの間にか、マティアス様が隣にいた。
――いつの間に?
少し驚いたが、特に気にしなかった。




