ジェシカの勘違い
Side Satthie
最初に思ったことは、王族は桁が違う……だった。
大きな屋敷に、澄んだ湖。管理されている森は魔物など一向に現れる様子がない。
人里からは離れている筈なのに毎日出る豪華な料理。
何もかもが平民の常識を軽く超えていく。
ただ、一番驚いたことは、あの豪華な食事を作った人はアインさんだと言う。
料理、ものすごく得意なんだ……。本当にアインさんは何でもできる。
「こ、これ、アインさんが作ったんですか……?すごい……」
「軍に所属していた時に、料理人として潜入したことがありました。その時に身に着けた技術です」
さらっと無表情で答えるアインさん。壮絶だったのだろう過去に、なんとも言えない気分になった。
食事が終わり、各々気ままに過ごしていた。
「貴方、ちょっとよろしくて?」
「は、はい!なんでしょうか?」
突然ジェシカ様に話しかけられた!え、わ、私、何かしちゃったのかな?
「一緒に裸の付き合いをしましょう」
「………………へ?」
高貴な人は、時間を止める力があるんだな、と思った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
何故かジェシカ様はアインさんを女子風呂に招こうとしていたため、嫌がるアインさんとジェシカ様を引き離し、二人で女子風呂に入った。
ちなみにアインさんはマティアス様に肩を抱かれていた。アインさんはあまりに驚きすぎて、それに気づいていないようだったけれど。
「な、なんでアインさんを女子風呂に連れて行こうとしたんですか……?」
私は引き気味に……いや、かなり引き気味のそう聞いた。
「間違えちゃった!」
素晴らしい笑顔でそう言うが、アインさんって綺麗めな顔をしているけれど、そこまで女子感はなかったような……。
「アインが男だったのすっかり忘れてたわ。男装女子と同じカテゴリーにしてた」
「ジェシカ様??」
アインさんが可哀想だ。
「だって、アインの女子力が高いのがいけないのよ!ハンカチ、ティッシュはいつも持ち歩いているし、お菓子作りが趣味って程じゃないけれど頼めば作ってくれるし、家事完璧だし。そこそこ容姿に気を使っているし、言葉使いも丁寧!ちょくちょく反応が女子!女子として敗北したわ……」
「それでもアインさんは男ですよ!?」
女子力の塊のような存在で実際私も女子力勝負で完全に負けているのだが、どう見ても男なのにどう間違えるのだろうか。
「恋人が男!」
「そうなんですか!?」
「まだ違うけど」
一気に脱力した。
「と、とにかく可哀想なので、アインさんにはしっかり謝ってくださいね!」
「さ、さすがに悪かったと思っているわよ。でも、見たかしら?マティがアインの肩を抱いていたのを!あのヘタレもちゃっかりしてるわ」
「へ、ヘタレって……」
流石に王太子殿下に向かってヘタレって……。
「昔からね、マティはアインにアプローチしているのよ。色々とプレゼントしたりとか、褒めたりなでたり甘やかしたり、色々して。その甲斐あってか、アインはマティなしじゃ生きてけないくらい懐いたけれど、まだ……まだ!恋仲になってないの!ああもう!じれったい!」
「ジェ、ジェシカ様!??」
あれ?ジェシカ様っていつもお淑やかな感じじゃなかった?淑女の中の淑女って感じで。
「それに、アインは名前呼びしてくれないの。マティのあの呼び方もマティが強引に呼ばせているし……」
「私も!アインさんにさん付けで呼ばれるの、全く慣れません!」
「ねえ、この避暑の間、アインに名前呼びしてもらいましょう!いつまでも距離を感じて嫌なのよね」
「そうですね!そうしましょう!」
そうして私とジェシカ様の間で同盟が結ばれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side Ain
「そのまま一緒に女子風呂行けばよかったじゃん」
「嫌ですよ!なんでグラッチェス様は、僕を女子風呂に……」
「羨ましー」
「う、羨ましがらないでください!」
マルティン様が、僕をにやにやしながら揶揄う。
サティさんがてくれてよかった。そうじゃなかったら、もしかしたらそのまま浴室に連れ込まれていたかもしれない……。
「それにしても珍しいな。お前が後れを取るなんて」
「アムステルダム様?いきなり女子風呂に連れ込まれそうになればわかりますよ。あまりのことに混乱して、頭が使い物にならなくなるんです」
「俺なら喜んでついていくけどなー」
マルティン様がとんでもないことを言い出した。
「か、仮にも主のこ、婚約者ですよ!?さ、誘われてもついていきませんって!」
「そうだな。後でジェシカにきつく言っておく」
「お、お願いします、マティアス様。……本当に心臓に悪い」
マティアス様が、グラッチェス様に言うなら心強い。あまりのことに、小さな声で文句を言うのも仕方がない。
「ところで、その……なぜお二人はそ――」
「アイン、ジェシカのことは気にするな。恐らく、深く考えていない」
「そ、そうですか」
僕は努めて前を向くことにした。
気にしないことにしたのだ。――僕の顔の横にマティアス様の顔があるという事に。
「あの、マティアス様。少し近――」
「何か俺に言ったか?」
「あ、あの――」
「なんだ?」
「なんでもありません」
マティアス様は、僕を膝の上に座らせて、抱え込むようにしていた。その関係で物凄く近い。
グラッチェス様の一件でかなり動揺していたので、途中まで気が付かなかったのだ。
「仲いいね~」
「……」
マルティン様の茶化すような視線と、アムステルダム様の鋭い視線が突き刺さってきて、いたたまれない。
ちら、とルーデウスとジークハルト様に目を向けてみるも、そっと目をそらされた。恐らく後ろから感じる少し殺気の混ざった視線が原因だろう。
誰もこの状況から僕を助けてくれなさそうで、内心涙目になった。