ノアの未来視
Side Noah
「始まったね」
ララちゃん、ミリアちゃんとリズちゃんの三人は、逸る気持ちを抑え、兵士たちを集めていた。
事前に話を通していたお陰か、更に王妃と近衛魔術師長が揃っていたからか、簡単に集まった。
「このまま行けばラースが来る前に事が片付きそうだけどな」
ゼスト君がそう言ったのが聞こえた。
「いやいや、これはまだ序の口だよ」
僕はにっこりと笑う。
「だから、俺たちは今こうやって歩いているんだよな。――こっちでも戦闘は起こるんだろう?前衛がいないがどうするんだ?」
「近づけさせなければいいんだよ。最強の斥候と最強の狙撃手がいるんだから、なんの心配も要らない」
僕はゼスト君の狙撃の腕を信頼している。”百発百中”の二つ名を持つ男だ。
僕が見えた敵など、一撃で沈めてくれるだろう。――当然、僕も戦うが。
九星の他の面々が戦っているなか、僕たちは、悠々と目的地まで歩く。目的地に向かっている間、このクーデターが起こっているという未来を見たあの時を思い出しても、文句は言われないだろう。
「斥候って。――未来が見える大層な力を持っておいて、斥候ですますのか」
「まあ、実際そうでしょ?ゼスト君が、自信がない、と言うなら僕が魔法で助けてあげるけど」
「必要ない。全員撃ち殺す」
ゼスト君は眼鏡をかけなおした。
「眼鏡をかけなおしたところすまないけれど、さっそく仕事だよ。二時の方向に300m。その次に、十一時の方向に400mだ」
「了解」
「三歩進んで右に二歩。そこから1㎞先に十時の方向。正面に敵が三人いる。味方がやられたことに驚いて慌てて出てくるから、すぐ隙ができる」
「了解」
ゼスト君が背負っていたライフルを構えた。
銃声の音が二回した後、ゼスト君は三歩進んでから、右に二歩進む。
その次の瞬間に、ゼスト君の真右をナイフが通った。そしてもう一度銃声が鳴る。
上にいた仲間がすべてやられたのを知り、正面の壁に隠れていた敵が慌てて姿を現す。
しかし隙だらけでこれでは、どうぞやってください、と言っているようにしか見えない。
ゼスト君がライフルを空に投げ、素早く背中に背負っていたショットガンを取り出す。三回先程より大きな音が鳴り、敵が倒れる。ゼスト君はそれに見向きもせず、落ちてくるライフルをキャッチした。
「しばらくはいないかな。けど、あと五分後の位置に敵がいるからね」
「分かった」
そう言って、ゼスト君は眼鏡をかける。かなりの遠視なため、近くが全く見えないのだそう。
「しばらくはライフルだけでもいいかな。休憩している暇はない。さっさと僕たちも仕事を終わらせなきゃね」
「そうだな」
僕とゼスト君は、道を進んだ。
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Side Eric
「だー!殺っても殺ってもまだいやがる!いったい何人いるんだよ!」
大剣を力任せに振るい、敵を薙ぎ払う。異能力で重力を操作し、より大剣に力を持たせた。
「口動かす前に手を動かして。異能力を鍛えるチャンスだよ」
そう言う7は、何十に重ねた結界の中に敵を閉じ込め、その一番内側に水が出る結界を張っていた。何個かそういう結界が見えるが、その中にはもがき苦しむ者がいた。中には溺死している者もいる。
「やってるだろ!俺がどれだけ奴ら圧死させたと思ってんだよ!あーキリがねえ!!!」
後ろから襲い掛かろうとしていたやつが俺に触れた瞬間、地面にめり込んだ。
「ノアがやれると言った。だからやる。それだけだ」
「はあー。ここにラースかアインがいたらなあ……」
今いない二人にすがっても無意味だ。アインはともかく、ラースは駆けつけてくる。
まあ、無限に敵が出てくる訳もなし、このままでいけば、普通にステラは守り切れる。
しかし、そうは問屋が卸さない。
ステラを侵攻しているのだ。そんな簡単に終わる訳がない。
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Side Unidentified
「なあ、なあ、まだか?まだか?!」
赤髪の大男がじれたように緑髪の男に向かって急かしていた。
「落ち着けよ。――人間を殺したい気持ちは痛いほど伝わってくるが、簡単に人間を殺しても、つまらないだろう?」
小さい子供をあやすように緑髪の男は言う。
「だから国盗りにしたんだろ?」
何を言っているんだ?と言うように赤髪の大男は首をかしげた。
「まあ、待ちなさい。侵略されたけれど、敵があともう少しで全滅する!てなったときに私たちが登場するの。――その時人間はどういう表情をすると思う?」
陰湿に紫髪の女は笑った。
「おもしれえな!なあ、そん時は俺を一番にしてくれよな!」
赤髪の大男のこういうところを理解しているのだろう。皆頷いていた。
「なんだか、こういう時いつも思うのが、なんでアナが裏切ったのか、というところね。本当に、信じられない」
緑髪の女がそう言った。
「いつの話をしているんですか。アナスタシアという者を直接知っているのは、この中で三人しかいらっしゃらないじゃないですか」
紫髪の男が、眼鏡のつるに手をかけながらそう言う。
「まあまあそう言うなよ。グレースはアナのことを本当に尊敬していたからさ、言いたくなるんだよ」
緑髪の男がにこやかな笑みを浮かべてそう言う。
「ウィリアム・フェイト……!!絶対許すまじ……!!!」
緑髪の女――グレースが憎しみで顔を歪めていた。
「はあ、陰気臭いのよね、それ。やめてくんない?バンヴァタールが言っていたけどさ、アナスタシアって女?穏健派の面倒くさい女だったんしょ?今いなくてマジよかったわー」
金髪の女が爪をいじりながら言う。グレースが怒りで肩をわなわなと震わせていた。
「あんたのような若造に、アナの素晴らしさなんて分かる訳がないわ!タールの次に強かったんだから!アナに勝てる奴なんて、それこそタールとあの憎きウィリアム・フェイトのみ!」
「あーそういうの、なんかだるいわー」
「はあ!?」
ヒートアップする二人をなだめたのは、緑髪の男だった。
「落ち着いて、二人とも。今のはユーリが悪いよ」
「さーせん」
謝る気のない言葉。だが、これ以上食って掛かるわけにもいかないので、グレースはしぶしぶ口を閉じた。
「グレースもずいぶん昔のこと、言うよな。もう5万も前の話なんだぜ?アナのことなんか、忘れろよ」
「タール!」
赤髪の男――バンヴァタールがにやにやしながらそう言っていた。グレースはキレているが、何も言わない。言えない、のだろう。実力があまりにも離れているから。
「ま、まだ突入はなしか。ほんと、はやくして欲しいぜ」




