水と油のような
僕は毎日昼時にマティアス様と別行動をする。その時に蝙蝠からの報告に耳を傾けている訳なのだが……。
「お前か?王太子殿下の護衛とやらは」
「そうですが、何か?」
食堂の目立たないところにある椅子に座り、そこで日課をこなしていた時だった。
純白な髪を持ち、瞳はシャンパンゴールドのような、ただの金ではない気品のある色をしている。顔だちもきりっとしており、いかにも高貴な人物のような風貌だ。
だが、僕はこいつの中身がそういう顔や金に合うような気品のあるものではないと知っている。
そいつは僕の肩に泊まる蝙蝠を一瞥し、分かりやすいほどに顔を歪めた。
「蝙蝠か……。汚らわしい」
「こちらとしては、唾棄すべき程性根が腐っている貴方の方が汚らわしいと思っていますが」
「へえ?吸血鬼の癖に、言うじゃないか」
「そちらこそ、天使の癖によく人間と混ざっていられますね。
いつだったか、天使は人間と交わると中身から腐って死ぬ、と聞いたのですが……ああ、元から腐っているので、更に腐ったのかどうか判別がつかないのでしたね、すみません」
「血を吸う事でしか生き延びれない獣風情が……」
吸血鬼を嫌い、死ぬほど吸血鬼を見下すこの男は、僕の嫌味に怒りを露わにした。
「邪魔なので。目の前から消えていただきません?邪魔なので」
「同じことを二回も繰り返すのは、お前の記憶能力が衰えたからか?」
「成人も迎えていないのに、衰える要素がどこにあると?そう言う貴方は随分と無知のようだ」
「では、ボキャブラリーが貧弱なのか?かわいそうにな」
「おや、慈悲深き天使様は種族的嫌悪感を拭えない吸血鬼めを憐れに思うことができるのですね。僕には、とてもできませんよ」
「ぐッ」
――頭が悪いのはどっちだ。
悔しそうに美しい顔を歪める天使を冷たく一瞥する。
そうこうしているうちに作業が終わったため、僕は立ち上がる。
「おい、どこに行くんだ?」
「マティアス様の護衛に行きます」
「へえ?尻尾撒いて逃げようって?」
先程の悔しそうな表情はどこえやら。そう挑発してきたため、僕は振り返ってこう答えた。
「貴方こそ、護衛である僕を引き留めるとは……。まるで、マティアス様を暗殺しようとしているみたいですね。今、マティアス様を暗殺しようとしている最中なのでは?」
と――。
それを食堂にいる者たちに届くように言ったため、ざわ、と波紋が広がるように騒ぎが大きくなっていく。
それを認めた天使が、舌打ちした。僕の意図に気づいたようだ。
本当に、マティアス様の暗殺計画が動いていたとしても、マティアス様に触れる前に計画はとん挫する。僕がその計画を見つけ次第対処しているからだ。そして、この学園に入学してからそこまで経ってはいないが、退学者が何人もいる。
暗殺計画を放置することはあまりない。きちんと親玉諸共葬っているため、泳がせるうまみがないからだ。
だが、それを知る者はこの学食の中にはいない。こういう発言をすることで、目の前の天使に勝手に王太子暗殺疑惑が生まれる。僕は、こういう風にとられる、と説明しただけ。勝手に想像豊かな貴族の子息子女がその疑惑を形作っただけ。
どちらが不利かははっきりとわかっただろう。
僕は、この結果に満足しながら食堂を後にした。
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Side Unidentified
あの忌々しい吸血鬼の背中を、これでもかと睨みつける。
本当に気に入らない。
「おやー?お昼に騒ぎを起こした張本人じゃん。何をそんなにキレてんの?」
「お前には関係ないだろ」
「関係あるよ。何せ、仲間、でしょ?」
「本当に気持ち悪い」
イライラしているときに、イライラする男と会った。今日はとことん運がない。
「で、あの吸血鬼とことを起こしたんでしょ?本当に、あの吸血鬼が気に入らないのは同じだけどさ、真正面からかかっていくとは……。馬鹿なの?」
「どうしてもイライラしてな。勝手な行動だったことは認める」
「本当にしっかりしてよ。変な所で探られて、向こうにこちらの計画がばれたら一巻の終わりなんだからさ」
「それを大声で言わなければ、計画なんてばれないだろう」
アイツは吸血鬼だ。蝙蝠を目として耳として使っている。前世でいう、移動が可能な監視カメラみたいなものだ。
「でも、最終的にはそうならざるを得ないからさ、この計画がとん挫しても、大丈夫なんだけどね」
にやりと笑うこの男は、確実に人間だ。本当に、薄気味悪い笑顔を持っているが。




