本当に嫌になる……。
「マティアス様、どこでそんな――いえ、なんでもないです。失言でした」
気になる。だが、今まで仕えてきた中で、こういうことができるという事を、僕は知らなかった。情報収集が最も得意なのに……。誰かに出し抜かれたのは、二度目だ。
それはそうと。
「ありがとうございました」
「どうした?」
「いえ……。以前もこういう風に助けていただいたので」
「フン、俺もよく、お前に助けられているからな。俺のためにいつも危険を冒してくれる」
「当然ですよ」
それが仕事だから。半身の代わりに危険な目にあうのはそういう役目だから。
「まさか、皇月影の情報を集めるだけで、襲撃を受けるとは……。お前が感づかれるとは思わなかった分、とても緊張した」
「どうやら、知られては不味いのでしょうね。あの襲撃犯の正体を突き止めることができず、申し訳ございません」
「別にいい。責めたくてこの話を蒸し返した訳じゃない」
それでも、たった少し一瞬でも、命を危険に晒してしまったのは事実だ。
それにその襲撃犯の正体を本当は知っている。見ただけですぐに分かった。
けれど、僕はマティアス様に皇月影失踪に深く関係している事柄について関わって欲しくない。あれも、失踪した月影を探し出すために送られた刺客だ。セオドアがこの問題に首を突っ込んでしまった以上、マティアス様が巻き込まれるのも時間の問題だ。そうならないために――。
「あら、何かあったようね。それと今日からクラスメイトになる皆様、ご機嫌よう。これからお願いいたしますわ」
グラッチェス様が登校なさったようだ。この教室に漂う異様な雰囲気を察している。それでいて、動揺もしていない。
――グラッチェス様には、全部話していらっしゃるのか……。僕は、信用ならないってことかな。
別に二人は婚約者なのだ。一度裏切ったことのある僕よりもよほど信頼も置けるし、親しい。だからこそ、それが普通だ。
九星なのに、少し予想外なことがあったというだけで動揺してしまうのも情けない。
自分が嫌になる。
そのほかも、続々と登校してきた。異様な空気は次第に霧散し、今は感じられなくなった。
アムステルダム様やマルティン様、ルーデウスが登校した。彼らはすぐさまマティアス様とグラッチェス様がいる所へ来た。
「はあ、昨日はとても疲れました……」
「何であんなに束縛が激しいんだか。俺はそういうの嫌いってはっきりと言っているのに」
「自分の思い通りにしたいのでしょう」
「うわあ……。なんか生々しいです」
「人間の執着とか、そういうの絡むとどろどろとしてくるわよね」
そういう話は、案外どこにでもあるらしい。共通点は、それの当事者はみな苦そうな顔をしているという事だ。
「アインさんはどう思いますか?」
「人間の権力に対する欲と同じですね。僕は、魔族と関わったことがないので、知識としての話しかできませんが、九星は常に権力争いの道具にされてきました。自慢をしている訳ではありませんが、僕が一番権力争いに巻き込まれていました」
「結局、人を愛するか権力を愛するかの違いでしかないものね」
グラッチェス様の言う通りかもしれない。何かに執着するという事は、その何かを愛しているという事に他ならない。
「セオドアに来たのもそれの一環か?」
「そうですね。セオドアを落とした功績で、軍のトップに上り詰めようとしていましたね」
「それに他国を巻き込まないで欲しいが、それでアインを手に入れることができたと言えば、怪我の功名どころの騒ぎではないな」
「本当にそうでしょうか……」
「何か言ったか?」
「いえ、なにも」
ついポロっと口から零れ落ちてしまった言葉。僕の本心だったが、どうやら聞かれてはいなかったらしい。
「話は変わりますが、殿下を下した平民のもう片方は誰ですか?見当たらないですが」
「一人はここ、もう一人はまだ来ていない」
「ここ……?」
「マティアス様、あまりそういうことは……」
「どうせ、いつかは実力を示さなければならないだろう。早い方が、残りの学園生活を穏やかに過ごせる」
「アインさんですか?!すごいです!」
「シモンズを押しのけて王太子殿下の護衛になったんだ。それくらいは普通……というか、都市伝説だからもっと普通か」
ルーデウス以外は全く驚いていない。当然の結果として見られている。彼の場合は……そもそもうっすらとまことしやかに囁かれている話だ。知らなくても無理はない。
「あ、あの!ここがSクラスですか」
少女の声が響いた。あの特徴的な色は忘れる筈がない。
「あれがもう一人だ」
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Side Sattie
最初は偶然だった。記憶がなく、親もいない私の親代わりになってくれた彼らが、ここに通ってみてはどうか、と勧めてくれた。
私は、この学園に入ることはないと思っていた。
まず最初に伝がない。その次に親なし子だ。でも、一度挑戦するのもありだな、と思って軽い気持ちでここを受験した。
結果は次席での合格。まさかの結果に、私たちはお祝いをした。過去一で豪華なケーキで。豪華な食事で。
一度入学してしまえば、よほどなことがない限り長期休暇以外ではここに帰ってこれなくなる。日に日に近づく入学の日に寂しくなったけれど、卒業すればまた会えるから、とも思った。
入学式の日。いつもより早くに起き、3人は私を送り出してくれた。今まで私を育ててくれた恩人だ。少しの間だけれど、離れ離れになるのは寂しい。でも、他ならぬその3人が私のためを思ってここに入学することを提案してくれたのだ。
私は、安い荷馬車に乗り、学園に向かった。
学園での景色は、私の常識を何度も覆した。
きらびやかな服飾の建物。丁寧に手入れされている庭。噴水もあるし、各部屋にはトイレと風呂場がある。私が今まで住んでいた所とは比べ物にならないほどの設備が整っていて、まるでお城のようだった。
学園でこれなのだ。本物のお城は、もっと豪華なのだろうと思うと、気が遠くなりそうだった。
入学式でもそうだった。私はまともな服は制服しかない。それも手を加えれるほどの金銭的余裕もない。そういう生徒のために、制服で入学式に出るようになっているらしいのだが、制服を改造することができるので、同じ制服を着ているとは思えない人が大勢いた。
でも、制服を改造していないのは私だけではないと知り、安心する。そもそも制服のデザインがいいので、改造させるまでもなかったのかもしれない。
「かっこいいなぁ……」
つい目に入ってしまった一行。美男美女が集まっている。特に美形なのが、金髪碧眼の青年だ。だからと言って、他の人も霞んでいる訳ではない。例えば黒髪黒目の青年は、金髪碧眼の青年とは違った美しさがある。金髪碧眼の青年が格好いいとすれば、黒髪黒目の青年は美しい。雰囲気からすると、主従のようだ。
少女の方もすごい美形だ。気が強そうな、大人な雰囲気を持っている。婚約者なのだろうか。だとすれば、とてもお似合いだ。
「世界が違うな……」
平民にはとんと縁のない話ではある。
「さすがに、クラスメイトだったらどうしよう」
可能性はなくはない。ただ、彼らと関わるたびにとても緊張するだろうな、と確信を持っていた。
この時、冗談半分にこんなことを思ていたのが悪かったのだろうか。まさか、同じクラスになるとは本当に夢にも思わなかったのだ。そして、あの集団に私を唯一下した相手がいるという事も……。




