受け入れられない
Side Noah
「そう言えば、今日からか。アイン君ががセオドアの学園に入学するの」
僕は執務室の机に座り、そこから窓の外を見ていた。窓の外は、彼らの未来を祝福するかのように晴れている。
「そうだな。ノア、これも頼む」
「ちょっとは感傷に浸りなよ。あんなに小さかった子が、ちょっと飛び級しているとはいえ、学園に通えるくらいの年齢になったんだよ?」
僕は、相変わらず冷淡なゼスト君の態度を不満に思った。
「ノア君、ゼス君は昔からそうでしょ。それに、ゼス君は口ではああ言っていても、内心喜んでいるはずだから」
「ララ……!変なことを言うな!」
「ほら」
少し顔を赤くしてララちゃんに詰め寄るゼスト君。ステラが建って4年くらいになるのに、あの時の感覚にフッと戻ることがある。
平和であるならばそれでもいいが、今はまだ、平和とは言えない。でも、少しだけでもこの穏やかな平和を享受したかった。
「ノア、その書類はきちんと目を通しておけよ」
「言われなくともいつもきちんと目を通しているよ」
今更当たり前のことを言うゼスト君に嫌な予感を感じつつ、少し覚悟しながら書類に目を通す。
「ええっと……これで何回目なんだい、ラース君……」
また城の設備を壊したらしい。ラース君は力の加減が苦手なためよく色々なものを壊してしまう。
まあ、それはいい。予想できていたことだ。そもそも人間よりも強力な力を持つ魔族の中でも強力な彼岸であり、更にステータスをSTRにがん振りしている鬼人だ。人間では理解できない力を持つのだろう。
だが、何事にも限度というものがある。
「ミリアちゃんが色々と考えてくれているみたいなんだけどね、やっぱり無理なんだって。ラース君って元々器用な方でもないし……」
「よし、器用なゼストくんがラース君に力の加減について教えてやってくれ」
「それが上手くいくならここまで問題にならなかったんだよ、馬鹿野郎」
ゼスト君が頭を抱えた。かくいう僕も、もうお手上げ状態ではある。
「修繕費用で国の一月分の予算が飛ぶという悪夢はもう見たくない」
「安心して、僕もこの夢を見ているから」
「どこも安心できる要素ねぇよ」
鋭いツッコミに涙が出そうになる。
「ノア兄!これ何とかして!」
「無理」
「そんないい笑顔で言わないで!」
ミリアちゃんまでもが執務室に駆け込んできた。
「なあ、ずっと思っていたが、九星で一番器用なのって俺じゃないぞ」
「え?」
「そうだっけ?」
僕とララちゃんが揃って顔を見合わせる。今までゼスト君が一番器用だと思っていたからだ。
「どう考えても狙撃手より暗殺者の方が器用だろ」
「確かに」
「何で今まで気が付かなかったのかしら?!」
「ええ……」
ミリアちゃんがドン引きしている。まあ、しょうがない。
「でも、アインは今セオドアに……」
「謹慎も兼ねてラースをセオドアに送ればいいんじゃないか?あいつは殺しても死なないような奴だし、大丈夫だろう」
「ゼスト君って偶にラース君への対応が雑になるよね……」
でも、案外いい考えかもしれない。向こうには九星がいないから、鍛錬もかなり味気ないものになっているに違いない。
「そうと決まれば、これ以上何かを壊される前にさっさとセオドアに送ろう。まずはテオドール王に親書をしたためなければ……」
別に扱いに困る厄介者をセオドアに押し付けた訳ではない。断じてない。
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Side Ain
今日は初めての授業がある日だ……といっても、オリエンテーションだけなのだが。
学園では、成績順にクラス分けがなされる。
マティアス様、グラッチェス様、アムステルダム様、マルティン様、ルーデウスそして僕は一番成績のいいクラスだ。上からS、A、B、C、D、Eクラスがある。1クラス40人で、試験のたびに成績順に振りなおされる。
今日は、そんなクラスメートや担任の教師と初めて出会う日だ。
事前に調べているため、どういう人物がクラスメートになるかという事はないが。
マティアス様と共に、Sクラスの教室に入った。中には既に十数人いて、その全員がマティアス様の方へと向いた。観察しているのだ。どういう人物がこの国の王太子なのか。このクラスにいるという事は、その実力は折り紙付きだと証明された。首席も次席も取られた王太子が気になるのだろう。そしてその隣にいる首席も。
こそこそと噂話が聞こえる。
主を立てない無礼者だとか、平民ごときに負けた王太子とか。
自分の実力を見せびらかしたいだけの卑しいやつだとか、ドーピングをして勝ち取った首位だとか。
散々な言われようだ。マティアス様は3位だ。首席と次席はどちらも平民。確かに平民に負けた王太子ではあるが、そもそもその平民がこの学園のトップなのだ。そういう話をしている自分たちだって結局は平民に負けている。
「つまらないな。醜い嫉妬で何も見えていない者に、悪く言われる筋合いはない。――貴様らは自分が一体何を言ったのかわからぬほど低能だったとはな。呆れを通り越して、笑いがこみあげてくるな、そうだろう?アイン」
「さあ、僕には。ここにいるだけでも優秀な者たちだと思いますが」
「同年代よりはな。それに胡坐をかいて自分より優秀なお前が出た途端、陰湿で幼稚な手を使うしかなくなる情けないやつが多いぞ」
「陰湿な嫌がらせには慣れてます」
マティアス様は押し黙った。
だって、マティアス様は――知ってるから。
「だが、前にも言ったが、お前は俺のものだ。アインは自分より下だと勘違いしているようだが、王太子の所有物に勝手に傷をつけて許されると、本当に思っているのか?」
軽い威圧。それだけで空気はガラッと変わった。マティアス様は、だれにも負けることのない支配者の才能がある。
「くだらない」
威圧が解けた。空気が緩むのが肌で感じられた。
「なあ、ジェシカとかハロルドとかカーティスとかルーデウスとかはまだか?」
「――!!まだのようです。ですが、あともう少しで到着なさるでしょう」
「そうか」
その姿には、先程までの支配者の側面は一切残っていない。
誰もが先程の衝撃を未だ飲み込み切れていないのに、ただ唯一マティアス様だけが何もなかったかのように平常運転だ。
まるで、世界に取り残されたかのような静けさ。唯一確かに存在しているマティアス様が、眩しく感じられた。