やり手
「アインさん!」
聞き覚えのある声に振り返ってみると、ルーデウスが僕たちの方へと向かっていた。
「あ、王太子殿下とグラッチェス様、お久しぶりでございます……」
「別にそこまで硬くなくてもいい。貴様はアインしか目に入らぬようだからな?」
「も、申し訳ございません……!」
「いじめるのはやめてあげてちょうだい。かわいそうでしょう?」
マティアス様がものすごく悪い顔をしてルーデウスに話しかけていた。別にそれで気を悪くするような方ではないから、ルーデウスを揶揄って遊んでいらっしゃるだけなのだろう。
……マティアス様をよく知らない人物からしたら、冷や汗では済まされないレベルではあるが。
「それにしても、よくアインに懐いたな。ソルセルリーはそこそこ問題のある家ではあったが、ルーファスの功績でうるさいやつらを黙らせていたという認識だったのに」
「王太子殿下もご存じでしたか」
ルーデウスは少し驚いたように言った。何せ情報秘匿の観点から、ソルセルリーの秘密に関しては知っている存在が少ない方がいい、とされてその問題に担当した魔導士団でさえ知らない者の方が多いのだ。
「実際に知ったのは、こいつが行動を起こしてしばらく経った後だ。俺には全てが終わった後で知らされた。全く、お前は誰の忠臣なんだ?」
「もちろんマティアス様です」
「別に答える義務はないぞ。お前の所属はセオドアではないしな」
呆れたように僕を指すマティアス様。僕は、そのマティアス様の問いの正直に答えた。
グラッチェス様は何を当然のことを、という顔をし、ルーデウスは目を大きく開いて驚いていた。
「そ、それって言ってもいいことなのでしょうか……」
「周知の事実だ。それに、アインはどこからどう見ても他国の者だろう。発音に訛りがなくとも、魔族な時点でセオドア出身とは言えないだろうな」
「た、確かにそうですね。今まで魔族なんて、アインさん以外に見たことがないです」
「魔族は鎖国的ですし、精神的に成長するのが遅いんです。成人している見た目なのに言動が子供であることはざらですが、それが人間に受け入れられにくいのが一番の理由ですね」
人間は自分では理解できないものを恐れる。人間の反応が煩わしくて久遠に帰った魔族も少なくはない。
「そうなんですね。ではアインさんは精神的に成熟していそうなので、実はかなりの年齢だったり……?」
「僕は成人すらしていませんよ」
「え」
「実年齢は言えませんが、成人はしていませんね。僕は成長がかなり早い方なので、人間の社会に溶け込めているだけです」
本当に実年齢は言えない。けれど、僕が幼いのはまぎれのない事実でもある。
「もしかして13歳より低かったり……?」
「それはないのでご安心を」
「九星にはもう一人魔族がいたが、あいつはどうなんだ?」
「ラース兄さんはもう成人はしている筈です。ラース兄さんは少し特殊ですね、生まれた環境が少し過酷だったので、精神的に早く成熟しなければいけなかったんです。――ノア兄さんたちは相当手を焼いているようですが」
ぼそっと付け足す。別に子供すぎて迷惑をかけている訳ではないが、手を焼いているのは間違いない。
「ところで、アムステルダム様とマルティン様は?マティアス様の側近候補だったはずなので、近くにいらっしゃると思ったのですが」
「ああ、婚約者との交流を断っているらしくて、先程それぞれの婚約者の下に送り届けた。どんなに嫌な婚約でも、不義理を働いていい訳ではないしな」
「そうですね、王太子殿下のおっしゃる通りです!」
家同士の婚約に当人同士の意思はない。できることがあるとすれば、婚約者に誠実に接することのみだ。だが、そうさせるのは、別の理由があったりする。
「建前を除けば、あんな女共に俺の側近候補はもったいない。あいつらの瑕疵が少しでもないように誠実に接させなければならない。婚約破棄のための切り札はアインが作ってくれる」
「もう既にいくつか準備しております」
「さすがに仕事が早いな」
「力のある公爵家が自ら婚約破棄したくなる情報を集めました。場所が整えば、こちらの非が一切なしで婚約破棄することができます」
「本当にすごいわね……」
グラッチェス様が驚いているが、これだけではない。
「当然、役者が演じる台本も用意しているんだろうな?」
「当然です」
「本当に、あなたたちを敵に回したくないわ」
「ぼ、僕もです……」
ついには化け物を見るような目で見られてしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
入学式であまり寮室を見れていなかったが、ここの空間でも十分に生活ができるようになっている。
貴族が使う部屋にしては小さめな家具付きのリビング、人ひとりが十分に寝れるベッドがある寝室、きちんと入浴ができる浴室、何故貴族が使う寮室にあるかわからないが大きめのキッチンがある。
貴族からしてみれば、物足りない部屋だろうが、軍経験者の観点ではありえないほどの待遇だ。流石貴族と言わざるを得ないだろう。
更に、学園の外に行くためには外出届が必要になるが、学園内でもレストランやカフェ、売店などがあり、さながら一つの街のようだ。何故ここまで金をかけるかは疑問だが、外出届の申請が案外面倒だった。無断外出を防ぐ、という一つの目的があるのもわかるが、どう考えてもそれがメインの理由になりえる訳がない。
僕には関係がなさそうなので、必要以上に首を突っ込むことはしないが。
――結界だ。
試しに、学園と外の境目に来てみた。別に何かがある期待はしていなかったが、面白いものを見つけた。
「これほど高度な結界を、人間が張れる訳ないと思うけど……」
結界は、魔力で作った盾のようなものだ。その汎用性は高く、特定の人物以外を通さない結界だったり、物理的な攻撃を防いでくれない代わりに、それ以外の攻撃を防いでくれる効果であったり、広範囲を外敵の攻撃から守ってくれるものもある。
ここに張られている結界は許可されていない者の侵入を防ぐもののようだ。そして、その効果の中には攻撃を防ぐ役割もある。かなり強力な攻撃も耐えれるようだが、さすがにラース兄さんの攻撃には数しか持たなそうだ。それでも十分すごいことではあるのだが。
「さすがにそれくらい強力な敵がセオドアに攻めてくる訳でもないし、杞憂かな」
僕は蝙蝠を一匹ここに置き、異常があればすぐにでも駆け付けれるようにした。




