学園の入学式
Side Matthias
サティとの邂逅から少し時間が経ち、俺たちはまた桜並木の下を歩いていた。
「マティアス様、彼女が気になるのですか?」
「え?い、いや……。ただ、珍しい色をした髪だから気になっただけだ」
急に声をかけられ、動揺してしまった。
アインは、確かに、といった風に頷いていた。
「彼女の名前はサティというようです。姓がないので他国の平民です。両親はいないようですが、よく男性3人と共に行動しています。
この学園には、彼女しか使えない、特別な魔法を扱えることで特待生の推薦を受けたようです。他には、平民とは思えない程聡明です。試験の結果は3位。実は他国の貴族か王族だ、と言われても信じてしまいそうです」
「よく調べたな」
正直、ヒロインのスペックはゲームに出てきていたから知っていた。だが、アインが何もない普通の少女をここまで詳しく調べるのは珍しかった。
「たまたまですよ。少し、彼女について気になったことがあったので」
「気になること、か?」
「もう解決したのでご安心を。それと、彼女は幼い時の記憶がないようです」
「記憶喪失か……。一体何があったのだろうな」
「さすがにそこまでは……」
アインが少し困った風な表情をしたのと同時に会場についた。
そこは、豪華絢爛という言葉が似合っていた。
ただ、あくまでも学園の入学式なため、皆身に着けているものは豪華なドレスではなく制服だ。
制服といってもかなり豪華なつくりではあるし、大きく形を崩さなければ改造もできる。
制服でも華やかな雰囲気が崩れないのは間違いない。
だからこそ――。
「どうしました?」
「いや、何でもない」
アインの制服は、軍服に似ているデザインだ。元々軍の在籍していた――どころか今もいるが、ずっと着慣れているデザインがいいそうだ。普通にアインにも似合っているし、文句はない。
ただ一つゲームのアインは制服を改造していなかったため、そこも変化している。あまりゲームに関係なさそうな変化ではあるが、アインが変わったことで起きた変化でもある。俺は嬉しく思うとともに、ゲームよりはるかに格好いいアインに自然と視線が向く。
俺も制服を改造している。というか、攻略対象で制服を改造していないのはアインぐらいなものだろう。他は、平民は当然制服を改造するための金はないし、男爵家も金銭事情により制服を改造していない者もいる。
反対に高位貴族はだいたいが改造している。改造できるからと、改造する奴らは攻略対象以外は思ったより少ないのだ。まあ、それでも多いが。ゲームで、背景として書かれていたモブが制服を改造していたら、書きにくいという事もあったのだろう。
『白愛』の舞台となる学園の入学式は、立食パーティーだ。指定された席に座るだけの退屈な入学式は、生徒同士の交流を減らしてしまうとかで、伝統的に行われている。
立食パーティーではあるが、同時に入学式でもあるのだ。学園の学長とか、生徒会の会長などが挨拶をする。
そこは普通の入学式と変わらないだろう。
「新入生の皆さん、本日はご入学おめでとうございます!私は、この学園の生徒会長である、アイザック・ド・ヴァンラーシュです」
ある程度周囲を観察し終えたころに、舞台の上に上がったのは背が高いイケメンだ。優しそうな雰囲気で、圧倒的なカリスマは感じないが、人気が高そうではあった。
生徒会長の選出方法は、成績と人望で決まる。いくら成績がよくとも、生徒や教師の人気が低ければ生徒会長にはなれないし、その逆もまたしかりだ。
彼は、今年卒業なためゲームとあまりかかわりがなく、モブと同じ立場ではあるが、優秀であることは間違いない。
ミドルネームがドなので男爵家以下の令息だが、同年代の公爵家の子息令嬢を押しのけて生徒会長になっているのだ。ほとんど関われないのが惜しい。
「新入生の皆さんへ、私が言いたいことはただ一つです。ここは実力主義です。家の力も多少は通用しますが、あまり頼りにならないと思った方がいいです。現に、男爵家である私が生徒会長になっているくらいですから。
新入生の皆さんは、この学園に来るまでに努力をしたと思いますが、この学園に来た後もそれを怠らないでください。あまりうかうかしていると、すぐに抜かされますよ?」
かなり挑発的だ。見た目と違い、好戦的な一面もあるようだ。
「それともう一度、本日はご入学おめでとうございます!」
そう言い、アイザックは手を天の伸ばし、指を鳴らした。
すると、どこからか美しい桜の花びらたちが舞い落ちてきた。
それを掴もうとすると、儚く崩れ去ってしまう。パフォーマンスにはぴったりの魔法だった。
その後、学園長の無駄に長い話を聞き、二次会に移った。
「はあ~ぁ、学園長の話長すぎて寝そうだった」
「おい、しっかり話を聞け。あの方は高名な研究者だぞ?」
ぼやくカースティスにハロルドが小言を言う。
「でも長い。あそこの令息なんて、ずっと船漕いでたぞ」
「カーティス、お前はマティアス王太子殿下の側近候補だ。しっかり自覚を持て。それと人を指さすな」
気だるそうに、向こうのテーブルで友人と談笑している令息を指さして言うカースティスに、ハロルドが諫めた。
「ハロルドはいつも人のあらを指摘しないと気が済まないの?」
「なんだと?!」
「もうやめなさい」
カースティスがハロルドを挑発し、ハロルドがその挑発にのったところでジェシカが止めた。
「ところでお二方、婚約者の方とはどうですか?」
「「……」」
とどめはアインだった。
二人は、あまり婚約者との関係はよくない。自由人なカースティスの婚約者は束縛激しめ、堅物なハロルドの婚約者はわがままだった。
二人の嫌いなタイプすぎて逆にかわいそうなぐらいだった。
「ま、まああまり気乗りはしないが、婚約者との交流は義務だしな」
「さすがの俺も断れないしなぁ……」
二人は言い争っていた元気もなくしてそれぞれの婚約者の元へ向かっていった。
ハロルドとカースティスの婚約者は、察している人物もいるかもしれないが、ゲームでは悪役令嬢ジェシカ・フォン・グラッチェスの取り巻きだった。
ジェシカはヒロインを自分の取り巻きも使っていじめるが、そのヒロインが個別のルートに入ったときに更に邪魔をするのだ。
それがマティアスルートの場合ではジェシカ、ハロルドルートの場合ではハロルドの婚約者、カースティスルートの場合ではカースティスの婚約者となる。
当然、ジェシカの取り巻きな二人の性格も悪い。
メタいことを言うが、そうでないと2人の場合ゲームが成り立たない。もしかしたら向こうの過失で婚約破棄できる機会がある筈だから、そこまで耐えて欲しい。
「あの二人も大変ね」
しみじみというジェシカにこっそり俺は同意した。




