静かな夜
Side Noah
「皇月影……」
僕は、夜のステラの城の庭でその名を呟いた。
美しい星空を見つめながら、謎多きかの魔族を頭に浮かべる。
僕が彼を見たのはたった一度きり。たまたま施設で迷子になったとき。それ以外は見たことがない。それだけ皇月影は隠したい存在なのだろう。
皇月影について、だれも見向きもしない裏で、世界の命運を握っている者たちは必死こいて探している。皇月影と、その論文を。
しかも、彼らが捜しているのは、普通の論文じゃない。皇月影の直筆で内容を修正されたものだ。僕も“奴ら”の手に渡らないように探し回ったが、ついぞ見つかることはなかった。
僕の異能力は未来を見渡すことができる。九星の仲間にも、オケディア軍の上層部にも、僕の異能力は、相手の未来を3日先まで見ることができる、と言っているし、いつの間にかそうされていた。
異能力は覚醒度合いでは、強くなれる。
全く覚醒していない状態を種、異能力に覚醒した状態を芽、最後に、完全に覚醒した状態を華という。
種の場合は、異能力を持たない人物と同じである。先天的にこの種の段階を踏まない者もいて、僕やゼスト君、ラース君はそのタイプだ。
芽の場合は、異能力を使えるが、全ての力を引き出せていない状態だ。例えば僕なら、未来を3日先までしか見れない、とか。
最後に華だが、異能力の本来の力を使うことができる。僕なら、未来と過去を無制限で見ることができる、とか。色々と制限があるが、それをクリアしてしまえばあまりにも便利すぎる異能力だ。
皇月影は、九星についての報告書を、特に異能力についてを改ざんしていた。例えば、僕の異能力を3日先までしか見ることができない、と報告書に書いたのだ。
しかし、僕はその報告書を書く前から既にその先の未来も見えていた。更にプラスで過去も見れていたのだ。それを皇月影は把握していたのは間違いない。どうやって把握したかはわからないが。
それのお陰で楽に革命を成功できたし、皇月影はそれを目論んでいたのだろう。
皇月影の思惑、目的。全てが闇の中で一向に何も掴ませない。まるで、闇そのものだというように。
「僕だって、手を抜いてる訳じゃないんだけどな……」
ここまで何も見えないと、本格的に相手より劣っているのを肌で感じる。相手は、成人すら迎えていない魔族だというのに。
「せめて、何か見えればな……」
皇月影が、僕から見ても謎なのは、何故か異能力が使えないからだ。
過去も未来も全く見えない。
「でも、僕だけが知っていることもある」
これを知っているだけでも大きいだろう。たまたま知ることができた皇月影の秘密。このカードを切る日が来るのが楽しみだ。
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Side Zest
柔らかい月明かりが、俺の部屋を薄く照らしている。昼の暑さを感じさせない涼しい風が、薄いレースカーテンをすり抜ける。
――ここまで来たか。
革命が成功してから数ヶ月。ノアと革命の計画を立てたのが、もう2年前のことだ。
そして、九星と出会ったのが、もうそろそろで10年になる。
俺は、この出会いに感謝している。しかし、神はいない。もし神がいるならば、こんな出会いを用意しなかった筈だから。
「はあ、つい感傷的になるな。この時期になると、つい神がいないことを実感する」
今日は、仲間が死んだ日だ。
実験の失敗による事故。それで片付けられた。それで大切な命が消えていった。
信じたくなかった。しかし、死体を見せられては疑うこともできない。あの時ばかりは居もしない神を恨みたくなった。
自分で覚悟して進んだ道だ。決して文句は言わない。だが、これはないだろう?
全くの説明も謝罪もなしに、仲間が死にました、とは。この実験のリーダーだった皇月影は、最初から最後まで姿を見せなかった。会ったことがあるのは、研究の下っ端の下っ端。それでも会話を交わすことはなかった。
実験には失敗がつきものだ。正直、全く犠牲なしに人体改造を成功するとは思ってはいなかった。俺が怒っているのはそこではない。
人体改造自体は成功した筈だ。人体改造後の仲間にも会った。その一週間後、彼らは死んだ。その死体に外傷はなかった。殺されたとは考えにくい。だが、少なくとも実験の失敗ではない筈なのだ。
ノアだって、彼らの改造の成功の未来を見ていた。ノアが未来を変えようとしない限り、未来は変わらない。
しかし、未来は変わった。ノアがその事実に一番驚いていた。だから、殺したのはノアじゃない。
あの死には、何かの陰謀が隠されている。そもそも、俺たちは何かを見落としている気がするのだ。何を見落としているのか……。もしかしたら気のせいかもしれない。仲間の死に、何か意味を持たせたいだけかもしれない。
「こういう夜は、つい考え込んでしまうな……」
静かな夜は考え事に向いている。あの日も、こういう夜だった。だからこそ、余計に九星について考えてしまうのかもしれない。いつも、大きな事件があったときは、こういう静かで綺麗な満月が浮かぶ夜だった。
――まさか、平凡な村人が一つの決して小さくない国の宰相にまで上り詰めるとはな……。
あの時の俺は全く予想だにしなかっただろう。10年前まで住んでいたあの貧乏村の家と、今いる一国の宰相に相応しい豪華な部屋を比べて、薄笑いをする。
人より苦労した分、という聞こえはいいが、ただチャンスがあって、それをものにすることができただけの、運がよかった出来事に過ぎない。
その運に報いることができるぐらいの貢献をしなければならない。
――果たして、俺にできるだろうか……。
できるかできないか、ではない。もうその次元ですらない。できないなら、あの時決断できていない。覚悟なんか決めない。やるしかない。
皇月影にあまりいい印象はない。だが、目的は一緒だ。だからこそ、癪ではあるが、その掌で思う存分踊ってやる。
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Side Lara
少し寝れない感じがして、夜の城を散歩していた。
静かな夜。あの日々が少し遠く感じる。
一抹の平和。どこに行っても、鉄の匂いがこびり付いて離れない喧騒だった。
私の生まれ育った国は、四六時中戦争していた。下らない理由で国民を傷つける。戦争の理由は、ただ一人の美しい女性の取り合いだった。
その女性が三国の誰かと結婚するならば、まだマシだったかもしれない。戦争を制した者が求めていたものを手に入れる。それならば、まだマシだった。その戦争で死んだ者たちに理由ができるから。
でも、その女性は久遠の王族で。彼女は半身以外と結婚しないと言った。そして、三国の中には半身がいなかった、とも。
無意味に殺された国民。留まることを知らない孤児の数。それに反比例する孤児院の資産。毎日が地獄だった。
その状態を脱却するために、九星に入ったが、毎日が地獄であることは全く変わらなかった。
一生終わらない戦争。絶えない怪我人。心が疲弊していく仲間たち……。
革命を成功させてから、一旦はそんな血生臭い生活からおさらばできた。でも、私たちの目的は、血生臭いものだ。本当に戦場に立たなくてよくなるのは、その目的を達成した後だろう。
「平和っていいわね。少なくとも、寝て起きたら隣で誰かが死んでいるのよりもよっぽど……」
別に、九星に入って悪いことしか起きなかった訳ではない。最愛の人に出会ったし、大切な仲間たちとも出会った。これは、九星に入ったからこそできたことだ。それに、九星は世界を平和に変える組織だ。
「あ、ノア君だ」
庭園で散歩していたノア君を見つけた。
「ノア君、何してるの?」
「あ、ララちゃん。僕は、夜空を見ながら少し考え事してた」
「そう。これからのこと?」
「うん。やることが沢山あるからね。一つ一つタスクを消化しないと」
ノア君は、新たな国の王として、やるべきことが沢山ある。今が一番重要な時期だろう。
「ステラはただの国じゃないからね。はあ、少し前までただの一つの部隊の司令塔に過ぎなかったんだよ?なんでこんなに世界的に重要な国の王にならなきゃいけないんだ……。
オケディア王がもう少しうまくやってくれていたら、こういうことをしなくて済んだのに……」
「ふふ」
恨み言を言っているが、ノア君はかなり良くやっている方だと思う。私は、孤児なために教養がなさ過ぎてわからないから、どれだけうまくやれているかわからないが。
「無理だろうけれど、皇月影がいればなあ。あまり頼りたくはないけれど、オケディアの次の国としての役割だとか、心持ちとか知ってそうだし」
「オケディアって特別な国なの?」
「そもそも九星は特別な国出身しかいないからね。わかりづらいと思うけれど、他の国とは明らかに役割が違うらしい。どう違うのかは、僕もわからないけれど」
「そうなのね……」
ノア君の力になれないのが心苦しい。そう思っていると、ノア君が頭に手を置いてきた。
「ララちゃんはそう思い詰めることはないよ。僕は、ララちゃんがいるだけで嬉しいから」
そう言って笑顔を向けてくるノア君は、正直罪深いと思う。
「さあ、そろそろ寝ましょう。もう夜も遅いわ」
「そうだね。もう寝ようか」
そう言ってノア君は私に自然と手を差し伸べる。そういう自然な仕草に少しときめく。
私はノア君の手を取り、寝室へと向かった。




