ヤンデレ攻略対象
Side Matthias
とりあえず、乙女ゲーム『白愛』の今会える攻略対象には全て会った。
今まで会った攻略対象は、全部で6人。
マティアス・ドゥ・セオドア
ジークハルト・ドゥ・セオドア
ハロルド・フォン・アムステルダム
カースティス・フォン・マルティン
ジャスパー・フォン・シモンズ
ルーデウス・ディ・ソルセルリー
そして、隠し攻略対象アイン。
ルーデウスに関しては、チラッと見ただけという方が正しい。アインと会っていたと気づいたときには、かなり冷や汗をかいた。何せ、隠し攻略対象を除けば、最も危険な男だからだ。
彼は、幼い頃虐げられて育った。理由は、彼がとある貴族の庶子だったからだ。そこの夫人に気に入られずに、使用人からも虐げられた。そこから、素直だった性格が歪み始めるのだ。
例えば、大切にしていた本を目を離した隙に取り上げられ、燃やされた過去があるので、常に大切なものを傍に置きたくなる。
それが物だけであればまだましだが、人にも同じことをやってしまうので、ヤンデレキャラになるのだ。
実際、彼は失うことをひどく恐れる。失わないようにするために、何でもするだろう。
だからこそ、危険なのだ。
正直、ヤンデレになる前に阻止してしまいたいくらいに。ルーデウスには、警戒をしておく必要がある。
更に、身内にも攻略対象がいる。
ジークハルトことジークは、正統派王子だ。特に大きな闇もない。他の攻略対象と比べたら、攻略しやすい。ジークは性格がいいし、何より俺より王に向いている。
正直、俺は王になるつもりはないから、ジークに王太子の座を譲りたい。
乙女ゲーム『白桃の君に愛を捧ぐ』は通常の攻略対象なら、ヒロインの命の危機は、敵との戦闘シーンのみとなる。一番危険なルーデウスも、監禁するだけだ。殺したりはしない。
だが隠し攻略対象は、攻略に命の危険が伴う。攻略対象がヒロインの命を奪おうとしたり、攻略対象の命を狙う敵が、ヒロインの命を奪ったりする。
危険度は、ルート解放の難易度による。
一番危険度が低いのは、2週目から解禁されるルートだ。
命の危険は伴うが、そんなに危険な訳でもない。選択肢をかなりミスらない限りは、死なない。
ほとんど、通常の攻略対象と一緒だろう。
反対に、最も危険なルートがアインのルートだ。
アインのルートは、アインルート以外の全てのルートで手の入るスチルのフルコンプだ。かなりのやりこみが必須で、ネットの情報を見る限り、アインルートに入った一分後にヒロインが死んだらしい。
普通最初はシナリオエンドまで行こうと思う筈だから、すぐにヒロインを死なせる人は少ないだろう。
危険なんてものじゃない。アインルート=死。それぐらいの難易度という事だ。
当然、それはアインと恋愛したい俺にも言えることだろう。なぜそこまで危険なのかはわからないが、覚悟はもう決めていた。俺は死なないように立ち回りながら、アインと恋愛する。それだけだ。
攻略の難易度は、そのキャラクターがどれだけ闇や秘密を抱えているかの一つの目印にもなる。アインの抱えているものは、人ひとりの命を簡単に消してしまえる。
――いつか、アインが抱えているものを、俺も背負えるようになれるといいな。
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Side Ain
いらない本をシリルさんに渡そうと押し問答をしていたら、少年が現れた。名前はルーデウス・ディ・ソルセルリー。この国の魔導士団長の異母兄弟だ。
セオドアの王族を暗殺する前に、この城にいる人物は特に調べていた。
彼は、ソルセルリー伯爵が侍女に手を出してできてしまった子だ。最近までは母親と下町で暮らしていたが、その母親が亡くなったため、父親であるソルセルリー伯爵が引き取ったのだ。
だが、そこまで伯爵家では歓迎されておらず、義母であるソルセルリー伯爵夫人から毎日嫌がらせを受けているらしい。
「あまりいい気分にはならないね」
自分と境遇が少し重なり、同情した訳ではない。だが、気にならない訳でもない。
「少し、忍び込んでみるか」
少し他にも調べたいことがあったため、ついでに調べることにした。
ソルセルリー伯爵家は王都に家を構えている。
セオドアには、領地がある貴族とない貴族がいるが、ソルセルリー伯爵家はない方だ。
わざわざ遠くへ行かなくて済むのでありがたい。
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Side Cyril
「あれ?今日ってアイン君いないんだね」
いつもはマティに引っ付いて離れないアイン君が見えない。代わりに他の護衛がいる。今までも何度かは休んでいたが、珍しいのも事実だ。
「ああ。3日前に休暇を取りたいって言って今日休んでいる。アインのことだからどうせ普通に休暇を楽しんでいないんだろうけどな」
「ああ……。確かに」
そもそも仕事が恋人のような子だ。休んでいたとしても、マティの護衛をしていないだけといだけに過ぎない。
どうせ情報収集か何かしらの研究をしているのだろう。
「少しは休んで欲しいものだがな……。吸血鬼の丈夫な体では、無理をしてもそう簡単には壊れないから難儀なものだ」
「丈夫すぎるのも考えもの、か。まあ、この前アルフがサボりまくっている騎士団員をどうしたらいいか、頭を悩ませていたよ」
最近、近衛騎士含めて騎士団全体で空気が緩んでいる。理由は、九星のアインがいるからだろうが、あまりにも酷い者がいるらしい。
魔導士団の方は、ルフィが鉄拳制裁を随時加えているため問題はあまり大きくないらしい。
休暇を自主的に返上しているアイン君の爪の垢を煎じて飲ませたい。
「あまりやりたくないが、アインを騎士団と戦わせて圧倒的な力の差を見せつければいいんじゃないか?」
「いい案だけど、なんでやりたくないんだい?」
「アインは大柄の男が苦手だから」
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Side Ain
ソルセルリー家の侵入に成功した。あまり長い期間侵入する訳でもないため、近くを通りがかった使用人を手刀で気絶させ、服を奪う。
幻影魔法を使い、顔を変える。背も服を奪った使用人と同じぐらいの高さにした。
気絶させた使用人は、ロープで身動きできないように縛り、騒げないように口の中に布を詰めた。
「どうせ、予想通りだろうけど」
物置となっている部屋に使用人を隠し、そこから出る。用がある振りをして子供部屋まで辿りついた。
――ここにはいないようだね。
周囲の気配を探るが、ここは人っ子一人いない。当然と言えば当然だろう。ここは、広い屋敷の中でも奥まったところで、なかなか人が来ないところだからだ。
こんなところに部屋があるという事は、冷遇されているのは間違いない。
「中に入るか」
中は、綺麗に整頓されていた。だが、使用人が来ないせいで、埃っぽくはある。綺麗に本が整理整頓されているが、その本は傷がついているものがある。
これは、本を乱雑に扱って付いた傷付き方だが、几帳面な性格な人間が本を乱雑に扱うだろうか?
更に部屋の中を調べていく。古びた机の引き出しの中を見てみると、とあるものがあった。
「これは……」
――!!
足音がした。音的に子供だ。どうやらこの部屋の持ち主が帰ってきたようだ。ここは一本道なため、馬鹿正直に扉から外に出ると、外にいる人物に鉢合わせてしまう。
どんどん足音が大きくなり、鳴りやむ。そして、部屋の扉が開かれた――。
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Side Rudeus
痛い……。今日も殴られた。
母さんが亡くなってから、僕の体に傷がない日がない。
僕の安息は部屋の中にある本たちだ。本を読んでいる間だけ、僕は現実を忘れることができる……。
「早く本が読みたいな」
僕は、自分の部屋の扉を開いた。
本を読む前に、机の引き出しから包帯を取り出し、怪我をしたところに巻く。怪我の手当てをし終わり、わくわくしながら本を開ける。




