動揺
「確か今、そっちの調査員の手元に、要の蝙蝠いるよね?」
「いるな」
僕は着いて早々ロレンツォに話しかける。ロレンツォは少したじろぎながらも、短く返した。
「なら、言って。少し試したいことがある」
「急になんなんだよ……」
僕の突然の訪問に、ロレンツォは苦い顔をしたが、連絡を取ってくれるらしい。
「で?何を試したいんだ?」
「フィンレーに、王になる意思があるかを問う」
「問うまでもないだろ。それに、それはそっちで勝手にやってくれ」
「ずっと、分からなかったんだよ、精霊王の言葉の意味が。もしかしたら、王になる資格がある人物にのみ、魔法陣は姿を現すのかもしれない」
僕は、ロレンツォと共にギルドマスターの執務室に入り、連絡を取る準備を行うロレンツォの手元を見ながら、そう言った。
「それなら、別に今ロースタスで魔法陣のことが広まっていないことの説明がつかないだろ」
「恐らく、場所は変わらない。単純に、全くの手掛かりなしで見つけるには、難しい、というだけの場所なんだと思う」
「ああ、成程?精霊王がお前に何を言ったのかはわからんが、魔法陣の場所さえ知っていれば、王になる資格がない者でも、ロースタス王家の血を引いていれば、誰でも王になれてしまう。だから隠した、と?」
「そういうこと。ロースタスが忘れても、久遠が覚えている。だから問題ない、と思ったんだろうな」
そう言って、僕は溜息を吐いた。
「なら、場所も伝わっている筈だろ」
「残念ながら。場所が分かったら、好きなロースタスの王族を王にできるから、流石に久遠には伝わっていない」
「それもそうか……」
そう会話しながらだったが、ロレンツォはあちらの調査員と連絡が取れたようだ。
「ああ、伝えたいことがある。少しいいか?――いや、魔法陣の件だ。一応、その件もあるのだけどね。――そうだ。あれは、王になる資格がある者が捜すと、あっさり見つかるかもしれないと聞いてな、そこで魔法陣についての情報が集まってないかを聞いたんだ」
穏やかな声。僕からは相手の声は聞こえない。そのため、ロレンツォの表情で、なんとなく読み取る他ない。
そう思っていると、ロレンツォの表情が変わった。
「!どんなものだ!?――さあな。――マクレーン公爵に関しては?儀式?」
儀式?一体何のために?
「まさか、資格のために?――つまり、捧げものではない、と」
「捧げもの?まさか精霊王に?精霊王はとても厳格だから、どんな捧げものでも、決まりにのっとって行動する。だから恐らく、王になる資格を示すためには、相応しいふるまいをする必要があるかもしれない」
僕のクッキーは、捧げものの一種だが、あれは魔法や異能力に対して、心証をよくしておくことでいろいろと手伝ってください、と言っている。
だから、少し訳が違う。
「どうやら、王になる資格を示すには、相応しい行動をとる必要がある可能性がある。――ともかく、だ。今まで通り、情報収集を頼む」
そう言って、ロレンツォは通信を切った。
「はあ、俺はフィンレールートなんかやったことがないんだが」
溜息を吐きながら、何やら呟く。前世関連の言葉らしいのだが、今まで聞いたことがない言語だった。
「なにを言ったの?」
「……本当に、お前は前世がないのか?」
「――さあね、僕は知らない」
僕は少し考えて、結局そう返した。
時々、レイモンドが僕を通して別の誰かを見ている。
そのことに、僕は気づいていた。
最初は気のせいかと思った。でも、目が合っているのに、目が合っていないような感覚に陥ることが、何度かあった。
だから僕に前世があるとするならば、それはレイモンドと近しい存在だった可能性が高い。
しかし僕はそこで思考を止めた。
誰も幸せにならない。例え正体を突き止めたとして、もうその人は死んでいる。
だからこそ、僕はそれ以外に考えが及ばないよう、必死に目を逸らす。
自分の精神が崩壊する前に。
もう聞いてくれるな、という僕の表情に、ロレンツォは余計なことを聞いた、という風に顔をしかめた。
「少なくとも僕は僕だ。――前世の、この世界を基にしたゲームというやつに、何か情報はないの?」
「あったらすぐさま言っている」
「まあ、そうか」
「おい、タラヴ」
ロレンツォは、タラヴを呼び出した。
「どうしましたか、ギルマス?」
すぐに現れたタラヴは、僕があげた抹消の力を持つ符で、顔を隠していた。
「どうして、ここにタラヴを呼んだかわかるか?」
「……前世の記憶があるから?」
「ああ。――タラヴ、フィンレールートについて教えてくれ」
「いいよ。結論から言うとね、フィンレーは王になるよ」
「妥当だね。ただその時に、誰か皇の者がいなかった?」
「確か、いなかったかな……」
タラヴは申し訳なさそうにしている。
「……となるとゲームでは、僕はフィンレーの即位を手伝っていないことになるね」
「いや、その時お前は死んでるから」
「僕だって皇だよ。――ゲームでは、どうやら王になるための資格、を紹介されていなかったのか……」
「フィンレーとサティが両思いになった後、フィンレーはイーストフールの国王になりました、ってサラッと流されるだけだったよ」
「ロースタスのことは?」
「ゲームでは一度も出てきて来なかったかな」
「そうなのか……ん?サティ姉さん?」
タラヴの説明に、気になる箇所があった。
「タラヴ、今、フィンレーと誰が両思いって……?」
「サティです。ヒロインの名前、変えれなかったんだよね……」
何やらタラヴが残念そうに何かを呟くが、僕は気づかない。
「サティ姉さんが、ヒロイン……?サティ姉さんが……?」
「そう言えば前世で、マティアスルートが一番人気だったなぁ……」
「え……」
タラヴの言葉を聞いて、かなり動揺してしまう。
ラファエルから前に聞いたのは、恋愛を疑似的に体験できるゲームで、この世界を基に作られている、という情報しかない。
いくつかの結末が用意されていて、プレイヤーと呼ばれるゲームを遊ぶ者はみな、その結末を全て見ることを目標にしていることが多いらしい。
もしかしたら、マティ様ともう恋仲になっているのだろうか?
愛おしそうなものを見るような笑みで、サティ姉さんを見つめるマティ様と、そんなマティ様に微笑み返すサティ姉さん。
そう言えば、入学の時もやけにサティ姉さんを気にしていたような……。
「おーい、帰ってこーい」
ロレンツォの呼びかけで、僕は思考の海から意識を浮上させる。
「い、いや、べ、別にマティ様とサティ姉さんが恋仲になったとしても、僕には関係ないし」
「お前がマティアスのことが好きなのはわかったから。で、これからどうする訳だ?」
「……コホン、す、少なくともフィンレーに調査をしてもらうかな。もしかしたら、精霊王の導きが来るかもしれないから」
僕は動揺を誤魔化すように、考えを話した。
やや楽観的だが、精霊王は存外人間に甘いのだ。
「精霊王の導き?」
「偶然だよ。偶然、あの魔法陣への行き先の往復切符が目の前に落ちてくる、とか」
「そんな感じの何かか」
そう、上の本棚には、その本が入る隙間はなかったとしてもね。
僕の説明に、ロレンツォは曖昧に頷いた。
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Side Lorenzo
アインは、長居するのも悪いので、と言いながら、この部屋についたときに脱いでいた防寒具を身につけていた。
そのまま執務室から出ようとしたアインは、ふと思い立ったかのように立ち止まり、そして勢い良くこちらに振り返る。
その顔はやや赤い。
「ぼ、僕はマティ様が好きとか、そんなんじゃなくて、いや、好きだけど、ど、動揺はしてないから!」
いつも冷静沈着で無表情がデフォなアインが、目をぐるぐるにして、ツンデレみたいになっている。
「してるだろ」
どもっているし、普段のアインならこんなことは絶対に言わない。
「い、いつ、マティ様とサティ姉さんは仲を深めたのかとか、そんなの考えてた訳じゃ……」
「さっさと帰れ」
意味不明で誰に向けたのかもわからない言い訳を、なおも口から零すアインを、俺は容赦なく執務室から蹴りだした。
「アイン、物凄くマティアスのことが好きで、さらに物凄く動揺してましたね」
「絶対、ここに来る前にマティアスに何か言われたんだろう。これから婚約破棄します、とか」
それで混乱していた所に、サティが主人公で、マティアスと恋に落ちるルートがあることを知った。
「なんか、予想以上にアインはマティアスのことが好きだったんだねぇ」
「そうですね……」
それ以上の会話もなく、この夜はさらに深まっていった……。
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