どんなに嫌でもしなくてはならない時がある
「は?お茶会?」
マティアス様は心底嫌そうな顔をした。
「これも王子としての仕事です。未来の側近との顔合わせや、婚約者であるジェシカ嬢との仲を良好だと示したりなど、大事なことです。
いつまでも逃げ回っていないできちんと開きなさい。
前回のお茶会からどれだけ経ったと思ってるの!その間にジークは二回お茶会を開いたのですよ!」
正妃殿下の叱責を受け、しぶしぶではあるが、マティアス様はお茶会の準備をすることになった。
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――数分前
始まりは一通の手紙だった。
「マティアス様、お手紙です」
「誰からだ?」
「グラッチェス様からです」
「ジェシカから……?一体どんな用だ?」
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拝啓 マティアス・ドゥ・セオドア様
日に日に暖かくなってまいりました今日この頃、いかにお過ごしでしょうか。
私は、日々の忙しさに庭園に咲く美しい花々を見る機会がないことを非常に残念に思います。
さて、先日ジークハルト様がお茶会を開いたとお聞きしましたが、マティアス様主催のお茶会の日程はいつなのでしょうか。
あまりにもそれを問い合わせる者が多いので困っております。
前回マティアス様がお茶会を開いたときは、とても美しい雪化粧をした庭園の中、スイーツを食べたという記憶があります。
お茶会の日取りが決まりましたら、連絡をくださると幸いです。
新愛をこめて ジェシカ・フォン・グラッチェス
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「意訳、要りますか?」
「必要ない」
マティアス様は頭を押さえながら、僕を片手で制した。
「正妃殿下はもうご存じなため、諦めてください」
「母上はもう知っているのか?!」
一つ、大事なことがあったため、報告する。珍しくマティアス様が狼狽えた。
「はい。グラッチェス様は正妃殿下にもお手紙を送られていらっしゃいます。それと、正妃殿下がマティアス様をお呼びです」
ここに来る前、正妃殿下に呼び止められた。内心ヒヤッとしたが、用件はマティアス様を正妃殿下の御前に連れてくることらしい。何故なのかは、心当たりがあるものがあったが、やはりそれだった。
グラッチェス様の手紙は始終柔らかい雰囲気ではあるが、事情を知る者が読むと、これ以上ないくらい棘が満載に書き込められている手紙だ。
グラッチェス様がご多忙なのは、同年代の貴族の子息子女からのお気持ちが沢山届いており、それに丁寧に返事を書いていらっしゃるからだ。
つまり、庭園の花々を見ることができないくらい忙しいのはマティアス様の所為。という意味になる。
前回は雪化粧の美しい庭園でスイーツを食べた、とあるがこれは手紙の定型文とその次の一文と共に読むと、今春だよ?弟のジークハルト殿下は先日も開いたと聞いたけれど。前回は冬に開いたけどいつ開くの?という意味になる。
極め付きは、締めくくりの文だ。さっさと日程決めてさっさと招待状送れ。という意味だ。幸いです、の一言にどれだけの怨念が詰まっていることやら。女性は怒らせると怖い。
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マティアス様は決して無能ではない。ただ、あまり気が進まないものを無意識に後回しにしてしまうだけなのだ。自分が主催するお茶会のように。
普通は、ひと月に一度の頻度で開くらしいが、それをマティアス様は3か月開いていなかった。
更に僕の所為にしてまで、お茶会を延期しようとしていたのだ。グラッチェス様がいよいよお怒りになる。
「最近のトレンドは、桜の花を使った甘いクリームたっぷりのケーキだよな?レモンのスイーツやビターチョコやコーヒーのスイーツも置くか?それともお茶自体を少し苦めなものにしておくか……。後は定番も置いて……。ジェシカがうるさく言うからな……。温室を会場にしよう。アイン、頼めるか?」
「了解しました」
マティアス様は、僕を含めた使用人に様々な指示を飛ばし、お茶会の準備を着々と仕上げていった。
慌ただしく人が出入りするが、マティアス様の指示はとても的確だ。別に無能ではない。ただ面倒でやっていなかっただけだ。それを真っ向から言われた気がした。
正直、自分の主がテキパキと人に指示だしする姿をあまり見ないため、とても新鮮だった。
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無事、一週間後にお茶会を開くことに決まった。グラッチェス様はとても喜んでいた。忙しさから解放されたためだろう。城に登城して、かなりにこにこで礼をおっしゃっていた。
「マティアス様。迅速な対応ありがとうございました」
「当たり前だろう?これくらいは余裕だ」
「もう少し頻度を上げてもらえれば、もう言う事はないです」
「何故俺がしなければならない?」
しばらくマティアス様とグラッチェス様が会談していっしゃるのを眺めていたが、いつの間にか二人が僕の方をじっと見つめだした。
「ど、どうされましたか……?」
「マティアス様。お残しはいけませんわ」
「奇遇だな。俺もちょうどあのお残しをどうするか迷っていた所だ」
「一体、何の話をなさっているんです?な、なんですか……そ、そんなにじりじり近づいてきて……」
何故か身の危険を感じる。僕は壁際に立っていたため、逃げれるスペースは皆無だ。
「ちょっと……ちょっと我慢するだけでいいの……」
「ああ。別に変なことはしない。ただ、少し我慢が必要かもな……」
「な、何をする心算ですか?!」
「なに、アインをより俺の護衛に相応しくするだけさ……」
とても怪しげに動くマティアス様とグラッチェス様が、初めて怖く感じた。
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Side Jessica
マティアスが立てたプランは信用している。私は何も聞かされないが、それでいいし、フェアというものだろう。単純にネタバレ頑固反対なだけという事もあるが。
でも、これだけは許せない。マティアスも同じ考えだったのだろう。
心なしか少し涙目なアインに二人でじりじりと近寄る。マティアスが壁ドンをし、こう言った。
「その無駄に長い髪を切れ」
「……はい?」
アインはマティアスの言葉に心底予想外です、という表情をした。
「それじゃあ、周りから文句言われるのよ。身だしなみもできない平民風情が、て」
「せめて前髪は切れ。話はそこからだ」
アインは長い前髪で顔の半分を隠している。はっきり言って、ものすごく気になる。
「え……。め、命令なら……」
「命令だ」
「はい……」
かなりしぶしぶ頷くアイン。
これ、どっかで似たようなの見たことあるな。
本人には言わないでおいておこう。