ジリ貧生活
あれから2年が経った。僕はどうやらチーズル帝国に売られたようだ。大国、セオドア王国への対抗策として、チーズル―オケディア間の同盟の印に。
僕はチーズル帝国に使い潰されていた。寝る暇もなく。ただただ敵を殺す。
僕は吸血鬼なので、血を吸わないと吸血衝動で狂ってしまう。それでも尚、僕が飲むための血は与えられなかった。僕は喉の渇きを常に感じていた。どうしようもない衝動に身を任せる前に、戦場で血を飲み、衝動を鎮める。
こんな生活がいつまでも続くとは到底思えなかった。いつかは吸血衝動で狂い死ぬ。それか任務失敗時の自害、または処刑だ。まだ任務を失敗させたことはない。でもそれは、薄氷の上を歩くような綱渡り。いつか近い内に失敗する。僕の未来は死以外ありえない。どんなに06や04が手を尽くしたとしても。体はとうに限界を迎えている筈だ。
王族の親族でしかない司令官が、僕に横柄に命令した。
「死神、セオドア国王と王太子を暗殺しろ。これは絶対だ。そして、王子王女も殺せ。王族は一人残らず、だ」
僕は頷いた。
「チッ、陰気臭ェなァ!!」
そう言いながら拳を大きく振りかぶり、僕を殴る。普通に避けれるほど遅いパンチではあったものの、僕はそれを敢えて受けた。こうしなければただじゃ済まないからだ。
僕はセオドア王国へ不法侵入し、王城に潜り込む準備をした。どう考えても長期戦になりそうだが、1年以内という期限が設けられた。
それから早数か月。僕は無事にセオドア王国に入国し、王城に使用人として潜り込むことに成功していた。僕の赤と金が所々に混ざった黒髪と、黒に限りなく近い深緑は、遠目から見ると双黒に見える。黒――特に双黒――は珍しく、中々に人目を引く。しかも髪色が二色以上の者はまずいない。目立ってしょうがない。なので、髪や瞳の色を、どこにでもいそうなくすんだ赤髪と茶色の瞳にした。気弱な印象を持つ、どことなく地味な少年がそこにいた。彼は話せないながらも、懸命に仕事に取り組み、職場での信頼を勝ち取っていた。
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「ああ、いたいた。アル、これを蔵書室まで運んでおいてくれないか?俺はダンスホール前の廊下を掃除しなきゃいけないからな。頼んだぞ」
廊下を歩いていると、同僚に声をかけられた。到底細身の人間には持てない量だ。同年代より背の低い僕は、すっかり前が見えなくなってしまう程の量だが、大量の本を持つ僕は、体を鍛えるのが日課らしい、目の前の同僚よりも安定していた。
――蔵書室とダンスホールは反対側だ。それなのに仕事を押し付けられたということは、案外仕事量が多いのかもしれない。
もう既に5つ位仕事を引き受けているが、僕は彼の頼み事も引き受ける。決して彼がサボりたくて僕に仕事を押し付けたとかではなく、今日は、セオドア王国建国際の前日なのだ。忙しさは向こう3日でピークを迎える。それなのに、このだだっ広い王城を横断するのは効率が悪い。僕はたまたまそっちへ行く用もあったしで、断らなかった。
「大丈夫かい?」
僕を心配そうに見てくるのは、蔵書室の司書であるシリル。噂によれば、彼はこの蔵書室の中の本全てを覚えているらしい。内容からいつどこで、誰が書いたのかとか。
彼の問いに僕は頷いた。
「うん、無理しないでよ?いくら王太子様の推薦を受けた有能な君だって、まだ成人したてなんだからさ」
僕は15歳としてここにいるのだが、僕の背格好は人間の15歳のそれより少し小さい。
今セオドア王国は、九星がいるオケディア王国やそこから派遣された“鮮血の死神”がいるチーズル帝国とは、戦争状態だ。なので、得体の知れない子供にも敏感になっている。しかし、相手に勘違いを与えるために、僕の情報は少し調べたら分かるようになっている。更に、そもそも吸血鬼は数が少ない。なので、その存在は殆どの人間は“鮮血の死神”を、御伽噺の登場人物としてしか認識していないだろう。目の前の男がどうかは分からないが。
「じゃ、僕はこの本達を片付けておくから、アルは次の仕事に行っておいで」
僕は頷いて、蔵書室を出た。