交渉
Side Finlay
しかし、現実はそう簡単には割り切れないもので。
実際、その後ももやもやしながら過ごしていた。
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「――しかし第二王子殿下、あまりにも無謀というものです」
そう言ったのは、財務次官である、グロンツフォル卿だ。元々険しい顔を、さらに険しくして言う彼に、俺は続きの言葉を何とか繰り出した。
「しかし、今の国の状況は、あまりにもよくない。いずれ久遠の属国に成り下がる。――我が祖国が、そんな憂き目にあっていいのか?」
「むしろそれは僥倖でしょう」
「だが――」
「第二王子殿下。お言葉ですが、今この国には何がありますか?広大な土地、それだけでしょう。広大な土地は、それだけに管理が大変です。管理するには金がかかる。その金を捻出しようとも、もうどこにもない。何故だかわかります?――全て、持っていかれたからですよ、王族や汚職貴族たちに」
「……」
俺の言葉を遮ったグロンツフォル卿は、どこか怒りをにじませながら話す。それは、何もしなかった俺にも向けられている気がした。
「私が生まれた時でさえ、この国の豊かさは過去のものでした。――もう、独立国にこだわる必要はないのではありませんか?」
「そんなことは――」
「では、この国を久遠に頼らずに立て直すメリットとは?――では私はこれで」
そう言って、グロンツフォル卿は席を立った。俺は、小さくなっていくその背中に、何の言葉も発することはできなかった。
俺はしばらく呆然とした後、落ち込んだ。
――まさか、断られるとは……。
だが、彼が言った言葉には一理ある。この国は、もう終わっているも同然だ。それに縋りついている俺は、さぞ憐れだろう。
確かに、久遠に泣きつけば一発で終わる。
俺を王にしてくれるだろう。反対派を一掃できるだろう。
だが、それで民はついて来てくれるのだろうか?
そもそも、魔族はあまり人族と関わらない方がいい。アインや要に助けてもらっている身ではあるが、だからこそわかる。
二人とも、かなり優秀だ。俺がすることと言えば、まともな文官たちを交渉して味方に引き入れることくらいだ。
他にも、普通はするべきことがある筈だ。例えば噂を操ったり、この国のことについて調べたり。
けれど俺はそれを全くしていない。
していないことに負い目を感じている訳ではない。ただ、あまりにもうまく行きすぎているのだ。
だからこそ、こうして交渉が失敗に終わった時、俺は何もできなかったという虚無感で落ち込むのだ。
「どうでしたか、殿下」
落ち着いたケイの声が、暖かく聞こえる。
「だめだった。今は多分、味方にはなってくれそうにないな……。敵にはならないけれど」
「そうでしたか……」
俺の沈んだ声に釣られ、ケイの声も沈む。
そしてケイの頭に乗っている紫の蝙蝠も沈む――って、蝙蝠がなんでここにいるんだ?
「キーキーキー」
「うん、何言ってるかわからない」
手に乗せてみたものの、蝙蝠が何を言っているのかわからない。
もしかしたら、ただ鳴いているだけかもしれない。
ただ心なしか、俺の顔面に飛び込んだ蝙蝠より大きいような……いや、気のせいか。流石に一月も経てば詳しい所は忘れる。
蝙蝠は俺の手から飛び立ち、ドアの前で旋回を始める。気になってそちらへ向かうと、今度はドアにへばりつき始めた。
俺は、落ちそうになっている蝙蝠を手ですくいつつ、ドアを開ける。すると顔にペソ、という衝撃が走る。
「お前……」
俺は、この蝙蝠が俺の顔に飛び込んできた蝙蝠だという事に気づき、呆れた声を上げてしまう。
「キーキーキー」
「キーキーキー」
俺の手の中にいる蝙蝠が、怒ったような鳴き声を上げた。俺の顔にいる蝙蝠はそれに対し、泣きそうな鳴き声だ。
俺は顔についた蝙蝠を引っぺがし、そのまま手の平に乗せる。両手に花ならぬ、両手に蝙蝠。どことなく複雑に思いながらも、俺は手の平で繰り広げられている蝙蝠同士の言い合いを、ケイと一緒に眺めていた。
最終的には、なんだか仲直りしたらしい蝙蝠たちは、どうやら用事を思い出したらしい。
怒られていた方の蝙蝠が、自分と同じくらいの大きさの封筒を差し出す。うん、封筒を背中に背負っている時点で、気づいてはいたけれど。
俺は封を切って中を見る。それは、要からの短い手紙だった。
内容は、ヌルを有効活用しろ、とのこと。
もしかして要は、俺が交渉を失敗することを事前に察知していたのだろうか?
ともかく、要に言わせれば、俺は今情報が足りない状態、らしい。交渉に関しては、全て俺に任せるから、事前に相手を調べるのは当然のことだ、とも書いてあった。
確かに今思えば、ほとんどノープランだった。それなら、グロンツフォル卿に呆れられても仕方ない。
俺はヌルを呼び出し、グロンツフォル卿を始めとする、これから交渉を行う相手の素性調査を頼んだ。
突然の大量の仕事に、ヌルは最初げんなりとしていたが、すぐに仕事に取り掛かっていた。
そして、気づいたことなのだが……ほとんどが、ヴェネッサをあまりよく思っていない者たちばかりだった。
もしかしたら、そのせいで俺を敵視しているんではなかろうか。
……すぐに婚約破棄をせねば。
俺は、余計なことしかしない婚約者に対し、内心で恨み言を言い連ねたのであった。
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