理想と現実の乖離
Side Finlay
「お、おい、落ち着け、ケイ!」
「落ち着いていられますか!殿下が、殺されかけているのですよ……?」
確かに正論だ。だがケイ、今暗殺者は俺から距離を取った。もう大丈夫だ。
「今、交渉中だ!そしてお前!」
「は、はい!」
俺は、次に暗殺者に目を向ける。暗殺者は、背筋をピンとして、元気よく返事をした。
「俺は今、ミスリル硬貨二枚分の金を持っている。この国の国庫の二倍以上の金だ!いいか、俺のバックには、こんな大金をポンと出してくれる人物がいる!確実に俺についた方が得策だ!」
アインは、この国を改革するための初期費用として、金貨二百万枚を持たせてくれていた。
流石にそれを持ち歩くのは大変だったため、闇属性上級魔法、亜空間収納の効果をもたせた巾着袋を持っていた。
これは、あの九星の“世界最高の鍛冶師”の作った代物らしい。
流石のアインも、亜空間収納の効果がある魔法陣を描くことはできたものの、それをものに刻むことができなかったらしい。
単純に、あまりにも繊細過ぎて、小さな袋に描くには、魔法陣が潰れて作動できないという。
「それは……確かに」
「だろ!?それに、“鮮血の死神”とも知り合いだ!」
俺は、アインから言われていたアドバイスを思い出していた。
それは、暗殺者にあったら、“鮮血の死神”の名前を出せ、とのこと。
一体どれくらいの効果があるのか、と思っていたが、物凄く絶大だった。
「フィンレー様、わたくしめは御身に大変なことをしでかしてしまいました。誠に申し訳ございません。そしてぜひ、このわたくしを、貴方の従者にしていただくことは可能でしょうか……!」
それも、想像以上に。
暗殺者は、すぐに俺に跪いた。そして、キラキラとした目を、俺に向ける。
「あ、ああ、いいぞ」
俺は少し押され気味になりながらも、了承した。
「ああ、ありがたき幸せ……!」
「突然どうした?」
感無量、という感じの暗殺者に、俺は戸惑いを隠せなかった。それは、ケイも同じだった。
黙ってはいるが、俺と同じようにひどく動揺しているのを感じる。
「“鮮血の死神”ですよ、“鮮血の死神”!あの、ただ一回も暗殺指令に失敗したことがないという、伝説の最強暗殺者!暗殺者を名乗るなら、誰もが憧れる存在ですよ!さらに、その素性が一切明かされていない、というのがまた素晴らしい……!」
「そ、そんな人物が……」
「ん?」
ケイは、暗殺者が興奮しながら語る内容に、かなり驚いていたが、俺は首をかしげていた。
「確かに、ほとんど暗殺指令を失敗したことがないらしいが、一度だけ、失敗したことがあると言ってたぞ?」
それが、今の主である、マティアス王子との出会いだったとか。
正体が久遠の魔王子というのだから、驚きだ。一体、何をしているんだか。
「そんな筈はありません!デタラメを言わないでください!」
「いや、本人が言っていた事実だ。それがもとで、今の主に出会った、と」
「そんな筈は……!“鮮血の死神”は、不敗の伝説が……!」
なんだか、夢を壊したらしい。そんな完璧超人、そうそういないのに。
「確かに、暗殺指令を失敗する前に、オケディア革命が成功して、その瞬間に指令が取り消しになった、という見方をすれば、確かに未だに失敗はゼロなんだろうが、本人が、失敗した、と言っているんだから、不敗伝説は破られているだろ」
「そんな……」
「それと、別件でも失敗したらしいし。だが、関係ない人まで巻き込んで、何とか殺したらしい。それも、一応世間から見ると、任務達成に映るんだろうな」
アインの体には、無数の傷跡がある。確実にいくつかは虐待の傷跡だった。案外、夢は人の勝手な想像で、ほとんどが成り立っているのかもしれない。
“鮮血の死神”は、決して暗殺指令を失敗したことがない、完璧超人。
実際は、数々のトラウマを植え付けられた、ただの死にたがり。
本人が聞いたら、苦い顔をしそうだな。
「ま、いつか会わせてやる。――今は、やめておくか。俺はしばらくここに滞在するし、それにあいつは結構繊細だからな」
多分、研究者として尊敬されているのなら、ここまで悩む必要はないのかもしれない。
要は、アインは元々とても優しい性格の持ち主だった、と言っていた。暗殺なんか、したくなかったかもしれない。
俺が思った以上に。
「分かりました!絶対ですよ!」
暗殺者は、目をキラキラさせている。なんだかそれが、無邪気な子供がありを潰して遊ぶような光景を思い起こす。
俺は小さく溜息を吐いた。
「お前らはまず、色々と聞きたいことがある。俺の質問に答えてもらおうか」
「俺も、ですか?」
「当然だ。何故、今ルルディの護衛を務めている筈のお前が、ここにいるのか、とかな」
「……実は、殿下がセオドアに留学なさった後、ルルディ殿下の護衛から外されたのです」
「へえ?」
「そもそも、俺には不向きなんですよ。それと、まさか殿下がここを追い出されるとは、思ってもいなくて」
「荒れたか?」
「分かっているでしょう?」
ケイは、獰猛に笑った。
確かにこの男は、昔ここに左遷されたのは、上司に歯向かったから、という理由もあった。
一部では、狂犬と呼ばれていたくらい、気性が荒い。
「俺がじゃあ次にお前。名前は?」
「ヌルです」
「じゃあヌル。お前の依頼人は?」
「それは――」
暗殺者ことヌルが、俺の質問に答えようとしたその時だった。窓を閉めているのに、風がこの部屋に吹いてきた。
驚いて窓の方を見ると、そこには鮮やかな赤髪の吸血鬼がいた。
「大丈夫か?フィンレー」
「誰だ!」
「え、俺、気づかなかったんだけど」
ケイは声を張り上げ、ヌルは吸血鬼――要の気配を感じ取れなかったことに、かなりへこんでいた。
「まあ待て待て。ちょっと遅かったか」
「か……イアン、もうとっくに俺が殺されても仕方なかったぞ」
「蝙蝠を仕掛けようとしたんだが、蝙蝠が迷子になってな、辿り着くことができなかったんだ」
「蝙蝠が迷子……?」
「俺、蝙蝠を操るの苦手なんだよな。蝙蝠と視覚共有すると、酔うし」
そう言って、要は指先から蝙蝠を作る。
「ないよりかはましだろ」
そう言って、蝙蝠はこの部屋を飛んだ。
「それは、下手なんじゃないのか?」
「は?おれ、これでもかなり吸血鬼の力を使い慣れているんだが?――アインと比べてないか?あれは頭おかしいくらいに使いこなしているだけだからな?」
アインと比べるな、と言いたげな要。正直、吸血鬼に夢を見すぎてしまったようだ。
「殿下、この方はどなたですか?」
ケイの鋭い言葉に、俺はようやく、要の紹介をした。




