悲劇の王子
Side Finlay
俺は、第二王妃の息子として生を受けた。その時、俺の母は死んでしまったが、母は俺に自分とそっくりの顔を残してくれた。
そんな俺は、昔はもっと純粋で、師の教えを貪欲に吸収する、優秀な王子だった。
自分で言うのもなんだがな。実際のことだ。
それが崩れたのは――いや、最初から、形すらなかったのだから、崩れるという言い方はおかしい。
元々、国王である父や正妃である義理の母は、とても醜く肥え太っていた。口さがない貴族たちはこぞって、そんな両親のことを豚だと罵る。
民衆も、王族のゴシップ記事が、飛ぶように売れているらしい。一度、試しに読んでみたことがあった。読んだことを即座に後悔したくらいだった。
クソ兄貴は、そんな両親を見て育った。だからだろう。元々、美青年――今思えば、そこまで美青年でもなかったが――だったクソ兄貴は、段々と風船のように膨らんだ。
俺は、そんなクソ兄貴のようになりたくないと、武術に関し、かなり努力した。
そして、両親にも今までの生活を改めるよう、進言をした。
その努力が実を結ぶことは、ついぞなかったものの、少なくとも俺は太らずに済んだ。
俺は、ある程度の良識を基に、慎ましやかな日々を過ごしていた。
王は、クソ兄貴が継ぐのだ。俺は、領地を貰ってそこを富ませるだけでいい。
あとは父が自分を顧みて、いい国王になってくれるのを待つだけだ。
そう、楽観的に思っていたのが悪かった。
毎日豪遊三昧な家族と、質素な生活を心がける俺。
民の人気は、あっという間に俺に集中した。
そんな中では、クソ兄貴を王にすることはできない。元々、生意気なことを言うのも、気に入らない理由の一つだっただろうし、王妃にとってしてみれば、俺の母は美貌で第二王妃の座に収まった。少なからず、嫉妬の感情があり、それを折れに押し付けていたのだろう。
俺への嫌がらせが始まった。
まず早々に、俺は離宮へと追いやられた。誰もいない、埃が降り積もった、夏や酷暑に、冬は酷寒になる建物。
最初はそれに加え、少し無視されるだけだった。
それでも最初の方は傷ついたし、隠れて泣いたこともあった。
だが途中で、ものを隠されるようになったり、盗人の濡れ衣をかけられて……。
食事なんか、用意されていないことが多かった。
その時は、腹が減ってどうしようもなくて、ひもじさが惨めに感じた。
率先して、それを王族がやるという事は、あとは想像に難くないだろう。
使用人も、俺に対して嫌がらせをし始めた。
俺が通りかかる度に、くすくすと笑う、意地の悪い声。
食事に無視をしのばれたり、下剤を仕込んだりする卑劣な行為。
それでも、俺の味方になってくれる使用人は多かった。
その誰もが、平民出身か、平民に近い暮らしをしている貴族だった。
だからだろうか。すぐに、彼らは解雇されてしまった。
俺と仲良くすると、解雇される。そんな噂がまことしやかに囁きだされ、ついには一人になってしまった。
その時になると、俺には婚約者や弟がいたが、彼らは俺を気持ち悪い笑顔で笑っているだけだった。
俺の婚約者は、ヴェネッサ・フォン・ミラー。この国一番の美姫と呼ばれており、今までたくさんの釣書が、ミラー公爵家に贈られたらしい。
そんな中で、なんで次期国王のクソ兄貴ではなく、俺を選んだんだのかは気になるが、そんなのを聞く前に、俺はとある場面を見てしまった。
それは、ヴェネッサが、クソ兄貴と仲睦まじくしている姿だ。一緒のベンチに座り、キスをしている。
それを始めて見た時、とてもショックで、目の前が暗くなった。クソ兄貴は、そんな俺を見て、にやりと笑った。
前々から、俺を軽視するところがあった。
だが、婚約者がいながら、その兄と関係を持つとは、思わなかったのだ。
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「愛している」
「わたくしもですわ」
そんな会話が聞こえてきた。片方は婚約者だが、もう片方はクソ兄貴の声じゃない。
その声の発生原を探ると、そこには婚約者とすぐ下の弟が仲良く睦み合っている最中だった。
ハグをして、互いに愛を囁く。ヴェネッサが、俺の味方になったことは一回もなかった。だからもう、なんとも思わなかった。
俺はもう、婚約者の不貞に、何も思わなかった。
「見てたんでしょ?」
夜、わざわざ俺の部屋にまでやってきた弟は、俺を嘲りながら、そんなことを言った。
「なんのことだ?」
俺は面倒だから、とぼけたふりをする。すると、弟はゲラゲラと下品に笑った。
「お前の婚約者、随分と遊んでいるようだな?まあでもお前には、美人で歳がそう変わらない嫁なんて、本来貰える訳がなかったんだから、むしろ光栄か」
「……」
この手の輩に、下手に返答しては、火に油を注ぐことになる。俺は、丸きり無視を貫いた。
「おい、この俺を無視するとは、いいご身分だな!」
「うぐッ!」
そう言って、弟は俺を殴る。わざわざ体を殴っているのが、質が悪い。
「おい、お前は奴隷以外の価値なんてないんだよ!わかったか!」
「わ、分かりました……」
もう、これ以上殴られては敵わない。痛む腹を押さえつつ、俺はそう返答する他なかった。
「なら、俺の靴、舐めてくれよ」
「……」
俺はキッと弟を睨むが、その本人はどこ吹く風だ。だが、従わないという選択肢はない。これ以上、ことを荒立たせないためにも。
俺は、非常に屈辱的な気分を、まずいワックスの味と共に、味わう羽目になった。
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「フィンレー様、これは美味しくありませんわ」
そう言って、ヴェネッサはまだ一口も付けていない紅茶を、ひっくり返した。
床は、紅茶の芳醇な香りをまき散らしながら、茶色に染まる。
俺は、ただそれを見ているだけだった。
その紅茶は、俺が好きなフレーバーだ。フルーティーでややほろ苦いが、味に深みがあるのが特徴だ。
最近の流行でもある。
「そ、そうか。――おい、別の紅茶を持って来い」
だが、少し癖があるのが難点だ。ヴェネッサは、もっと飲みやすい紅茶が好みなのだろう。
だが、それも全てヴェネッサは捨てる。
あろうことか俺に、こう言い放った。
「舐めてくださいます?わたくしのドレスが、汚れてしまいますわ。それにフィンレー様、紅茶はお好きですよね?」
ヴェネッサは、そこ意地が悪そうな笑みを浮かべながら、そう言い放った。
俺は、その通りにする。もう、下手に反抗するのも疲れた。
「ありがとうございますわ。わたくし、フィンレー様のことがずっとずっと好きで――」
そう言った口で、クソ兄貴とキスをしたり、弟と愛している、と言い合ったりしているのを、俺は知っている。
更に、クソ兄貴の側近候補、この城に使えている侍従、田舎から出てきたばかりの成金貴族の三男坊、果ては今話題の舞台に出ているだけの俳優。
舞台で、主役だという訳ではない。主人公を虐める悪役の取り巻きの一人だ。
俺は、それを知っている。だが、今声を上げたとしても、俺がミラー公爵に敵う訳がない。だからこそ、ヴェネッサは好き勝手しているのだ。
平気で人前でも露出の多い恰好をしたり、社交界でももう既に噂になっているくらいには、不貞を繰り返す。
ああ、真面目に生きていたのが悪かったのだろうか。今、王家の家計は火の車だ。
だから節制も心掛けたし、クソ兄貴が国王なんて言う器でもないため、俺は国王になるため――できなければ、宰相になるための勉強も繰り返してきた。
民衆にも、他の王族と俺は違う、という事を見せるためにも、色々と努力は怠らなかった。
それも、全て無駄だったのだろうか?
そう思うと同時に、俺は今まで真面目に生きていたのが、馬鹿らしくなってしまった。
ヴェネッサがやるなら、俺もやる。
メイドを呼び出し、夜の世話をさせる。だが、好きでもない女に対してできるほど、俺は遊び人ではなかった。
だから俺は、できるだけ顔が好みなメイドを寄り好んだ。
巷では、ついには悲劇の王子も堕ちた、なんて好き勝手書かれた。
だが、俺はもう気にも留めなかった。他の王族と同じく、自堕落に生きていくことにした。
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