新聞社
Side Kaname
ようやくイーストフールについた。一週間足らずでついたが、やはりというかなんというべきなのか、ロースタスの状況は、最悪の一言に尽きた。
「ゼスのでの喝の入れ方、どこで学んだんだ?」
俺は、今更ながらに、聞いてみることにした。
「今更だな。――アインに教えて貰ったんだ。とは言っても、アインも誰かからの受け売りらしかったけれど」
「そりゃそうだ。あいつは、誰かを傷つけたり、蹴落とすことができない性格だった。とても、気が弱かった。兄や姉の、根拠もない罵詈雑言に、素直に耳を貸してしまうほどには」
「……」
俺の言葉に、フィンレーは何も言えないようだった。
「そんな顔をするなって。――少なくとも、お前を心配して教えてくれたんだろうしな。それなら、大した力がなくとも、相手を怯ませることができる」
「そうだな――」
フィンレーは何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。俺は、それに付け込んで、知らない振りをする。
アインの過去なんか、必要以上に知るべきではない。情が移ってしょうがないのだ。アインはきっと、そういう優しい人を永遠に苦しませる気だ。
アインが本気で死を希っているうちは、俺たちは何もできない。
「フィンレー、ここから先は一人だ。――できるか?」
俺は、黙ったままのフィンレーに声をかける。フィンレーは、俺の言葉に顔を上げた。
「ああ。やってみせる」
「俺は新聞社に潜り込む。だからお前は――堂々と入り口から城に帰れ」
俺は、それだけ言い残すとフィンレーに背を向ける。かなり長期の仕事だ。さっさと終わらせたい。
フィンレーはやや困っていたようだが、すぐに馬車を捕まえて、王城に向かった。
俺はそれを見送り、そして目的地へと足を運んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そこは、小さな建物だった。
人気な大衆紙の会社なくせに、見た目はみずぼらしい。国から、迫害されているのだろうか。
俺は、意を決してドアをノックする。
力を入れすぎないように、慎重に。
「すみません、誰かいませんか?」
俺は、ドアの向こうに声をかけるが、訪れたのは沈黙のみだ。
「すみません、今日ここに来い、と言われた者なんですけど」
何度か声をかけるが、一向に返事が返ってこない。留守か?いや、人の気配がするから、中に誰かいるのは確実だ。
「入りますよ?」
俺は一言告げ、ドアを開ける。そこは鍵がかかっておらず、とても簡単に開いた。
そして、気配がした方を見ると、そこにはボロボロの服を着た男が蹲っていた。
「うわあああ!!も、もう終わりだああ!!」
「は?」
突然大声をあげだす男に、俺は目が点になった。
「も、もうここまで……!――ってあれ?君誰?」
「……下働き志望ですが」
「……ああ、精霊王よ、どうやらあなたは俺たちを見捨てなかったようだ」
俺の言葉に、男は目を輝かせる。祈りのポーズを取り、精霊王に感謝をささげ始めた。
「というのは冗談で」
「処刑だけはおやめください……!」
前言を撤回すると、男は俺に向かって地面に額をこすり始めた。
なんだこれ、楽しいな。
「いや、単純に俺は情報提供者だ。イアン・ネルソンという名に心当たりはあるか?」
「――まさか、あのA級冒険者の!?」
男は、俺の正体に驚く。
A級冒険者というのは、それだけ有名なのだ。狩場を変えるだけで、かなりのニュースになる。
「そうだ。あんたら、今の王族が嫌いだろ?」
「じゃなきゃ、こんなことやってないさ」
男は、俺たち以外誰もいないフロアを見て、自嘲した。
「俺の目的は、ロースタスを正常の状態に戻すことだ。その足掛かりが、イーストフールを手中に収めることなんだが」
そこまで言って、俺は言葉を切り、男の様子をうかがう。
「ああ、もちろん協力させてもらう。まず、王族のスキャンダルでも流すか?いくらでも持っているんだ」
男は、二つ返事で返した。さらに続いた言葉に、俺は笑みを深くした。
「話が早いな。なら、フィンレー第二王子以外の評判を落とせ。デマ情報ではなく、きちんと確度の高い情報だけで、だ」
「フィンレー第二王子殿下以外の……?それは構わないが、一体なぜフィンレー殿下の評判を維持するんだ?」
「俺は彼に協力しているからな。――ロースタスはかなり特殊な国で、ロースタスの王には、誰もがなれる訳じゃない。必ず、イーストフール、ヴァイド、ゼスの三ヶ国の王族の中から、選ばなければならない」
その理由は、公表されていない。だからこそ、伝える必要もないだろう。
「そうか……。元々、うちは共和国を目指しているんだが、そこはどうするのか?」
男は、俺を試すような目つきをした。そのことなら、とても簡単だ。
「共和国になったら、久遠が戦争を仕掛けてくる。久遠にとってみたら、ロースタスが共和国になるのは、都合が悪い」
本当のことは言えないが、事実は言える。久遠は必ず、ロースタスが共和国になったときに、攻めてくる。その時、恐らくフィンレーを王に選出するだろう。
「それの根拠は?オケディアが他国を破竹の勢いで侵略した時、久遠は何もしなかった。ロースタスがこうなったのは、久遠の所為だ、とも言われているのに」
「信じないのか?元々久遠は、自身が他国に介入するのを嫌う。だからこそ、オケディアがステラになったときも、特に介入しなかった。久遠が介入するのは、本当に最終手段だ」
「……」
もう、それ以外の手段がない、とわかった場合だ。久遠にとって必須なのは、超古代国家の王が、初代国王の血を引いていること。
今、ステラはその条件を満たしていないが、代わりに初代国王の血を引いている王子がいる。
彼と、ステラ王の娘との間の子が王になる予定があるため、久遠としては問題ないらしい。
何故、久遠は血筋にこだわるのか。そのことは、月影から教えて貰えなかったが、想像以上に重要視しているのは分かる。
「俺は、それでもいい。久遠の手を借りて、この国を富ませる。きっと、そっちの方が確実だ」
「ならなぜ……?」
「それだと、間に合わないやつがいる。俺は、さっさとロースタスは統一されて欲しいと思っている。久遠は、過去にロースタスやオケディアに対し、介入をしたと聞いた。資料を探せば、そのことについて書かれているものが見つかる筈だ」
それを探すのは、フィンレーや、目の前の男の仕事だ。
「分かった。それが事実だとわかったとき、俺たちはフィンレー第二王子殿下を支持するとしよう」
「それはよかった。改めて俺は、イアン・ネルソン。お前は?」
「民衆新聞社の編集長を務める、ダニエルだ」
「編集長……」
「なんだ?意外か?」
「いや、ちょうどいい。立場があればあるほど、俺の情報は信じてもらいやすくなるからな」
俺は、にやりと笑ってそう言った。
「これからよろしくな」
「こちらこそ」
俺たちは、握手を交わし、協力関係を築いた。
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