閑話:スーと月影 3
Side Sue
私は、気まずい気持ちを紛らわせるように家事をした。皇様は、それをじっと眺める。
正直、そこまで熱心に見つめられると、緊張してしまう。それに、そんな大層なことはしていない。
だが、それを言い出す勇気もない。
美しい黒髪に、深い黒眼。少し大きい瞳はじっと私の一挙一動を追っている。
顔のパーツはこれでもか、というほど整っていて、小顔。
要も、他の冒険者と比べると中性的な部類に入るが、そんな要よりもはるかに中性的だ。
不意に、皇様は目を逸らす。その時になってようやく、私はじっと皇様のことを見つめていたことに気づき、恥ずかしくなった。
私はそれを誤魔化すように、要の熱弁で買った、冷蔵庫を開けてみる。
冷蔵庫は大きい上、少し高度な魔法陣を使っているため、物凄く高い。
だが、料理する時とかにかなり重宝している。食材が長持ちして、買い物に行く回数が減ったのだ。
そこで、中のものが少なくなっていることに気づいた。
元々、今週はあまり量を買っていないのだ。ちょっとだけ買い出しに行こうと、私は財布とバッグを持った。
「どこに行くの?」
「少し買い物に……」
私は、そう答えた。皇様には、お留守番していただこう。私はそう思ったが、皇様は座っていたソファから、立ち上がる。
「あ、あの、一人で十分ですよ」
「ちょっと、この国について調べたいから」
皇様はそう言った。
私は、断る言葉が思い浮かばず、同行を了承した。
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「……」
「……」
一切、会話がない。皇様は気にしていないようだが、かなり気まずい。
そして何より、話しかける言葉が見つからない。
そんな思いをしながらも、何とか市場についた。郊外に家があるため、結構しっかりと歩かないといけない。
もう昼前なため、市場は人でごった返していた。
「皇様、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「……」
「……」
また、沈黙が私たちを支配する。なんだか、市場の喧騒が遠きに聞こえた。
「いらっしゃい!おお、かなり別嬪な男連れてるな、スーちゃん!なんだぁ?浮気かぁ?」
八百屋を通りがかったとき、そこの店主が、茶化したように言った。
「違いますよ!この方は、主人の友人です!」
私は、怒り顔を作りながら、無実を主張した。
流石に、主人の婚約者です、とは言えなかった。ややこしいことになるし。
皇様は、そんな私の言葉を否定せず、ただ頷くだけだった。
「へえ?そうなのか?いや、にしても結構な美人だな。どうだい、なんか買っていかないかい?今ならその顔に免じて、値引きしてやるよ」
「ありがとうございます!」
私は礼を言って、野菜を選ぶ。値引いてくれるなら、たくさん買っちゃおう。
私が指し示す野菜の数が多くなっていくにつれて、顔が若干青いような気がしたが、私は気にしない。
「そ、それ、スーちゃんだけで持てるのか……?」
「あの方にも持ってもらいます!」
私が勝手に言うと、皇様は驚いたような表情をしていたが、素直に店主が差し出す紙袋を受け取った。
――いいんだ。
自分で言ったことだが、何も言わずに荷物を受け取ったことに驚いた。
要も、かなり身分が高そうだったのに、そんな要よりもずっと身分が高そうな人なのに。
「なあスーちゃん、その人の名前、教えてくれよ」
店主は、内緒話をするように、私を手招きして、顔を近づかせる。
「自分で聞いたらどうですか」
「そんなことできねぇよ!そもそも、答えてくれるかどうか、分かんねぇしさ」
確かに、皇様なら答えないだろう。
私は、少し考えて言った。
「スメラギというんですよ、彼。スメラギ君」
「へえ、そうなのかい!変わった名前だなぁ!」
「スーさん、早くしないと、かな――イアンが」
皇様が、こそっと耳打ちした。
だがこの距離だ。店主に確実に聞かれている。
だからこそ、皇様は要の名前を出さなかったのだろう。
皇様の言葉に、私は耳をすます。ざわめきの中に、皇様についての会話が、いくつかあった。
流石は皇様。物凄く目立ってしまったらしい。
「そ、そうね。じゃあまた!」
「おうよ!まいどあり!」
私は、店主に別れを告げて、今度は肉屋に向かった。
また皇様の顔で、色々と安くしてもらい、ついつい当初の予定よりも買いすぎた。
「……」
「す、すみません、持っていただいて……」
「いいよ。そこまで重くないし」
皇様の魔法、亜空間収納に、全ての荷物を仕舞った。
これで私たちは、買い物をした割には、手ぶらで家に帰ることになったのだ。
要はそんな魔法を使えないので、そんな便利な魔法が存在していることすら知らなかった。
「あ、あと……!」
「気にしてない」
皇様は、私が何を言いたいのか、分かっていたようだ。
「ふ、不敬とかそういうのは……」
「それを言ったら、まず最初に要を処刑しなきゃいけない。僕、記憶の中で宴会や茶会以外は要に敬語を使われた記憶がないし、時雨兄上にも啖呵を切っていたから」
「た、啖呵……!?」
なんだか、私の夫は過去にとんでもないことをやらかしている気がする。
歳、そんな変わらないどころか、要の方が年下なんだけど。
「僕との婚約を、認めてもらうため。――とは言っても、互いに都合がよかったから婚約しただけで、恋愛感情は一切なかった」
「……」
そ、そうなんだ……。要は、皇様のお兄さんに、皇様との婚約を認めてもらおうと説得したんだ。
「こうして半身に出会えたなら、よかったと思う。要、昔からずっと半身と結婚したい、と言ってたから」
皇様は、私を見てそう言った。
「だから、すまないとは思っている。婚約の解消は、本人がいないとできない。それに、僕の方から一方的に破棄することもできたけど、そうしたら僕が危険になるだけだから、名前も使わしてもらった」
「え……」
だから要は、私に婚約者がいた、とも、いる、とも言わなかったのだろうか。しょうがない事情があるから。
「僕もいなくなった以上、婚約の解消は現状できない。でも、要には兄弟に対する親愛しかないから」
でも、皇様はとても美しい。要は、いつか心変わりしてしまうんじゃないか。
そればっかりが、心配だ。
「僕が要との婚約を了承したのは、知っていたんだ。要が、僕に対して恋愛感情を絶対に抱かないことを」
「え……?」
私は驚いた。私の不安を的確に射抜かれたから。
「心配そうな顔をしていたから。半身に出会った彼岸は、半身の言いなりになるしかない。――そう聞いている」
「言いなり……」
ちょっと物騒な言葉だ。私は、顔が引きつる。
「スーさんが嫌わない限り、要はずっとスーさんの隣にい続ける。僕だって、半身と結ばれたい。だから、僕は要とスーさんの間に割って入ることはない。今回ここに来たのは、ちょっと協力してほしいことができただけ」
「そうなのね。――心配して、損した!」
私は、努めて明るく言った。だが、なんだかそれで、心の中のモヤモヤが、解消された気がする。
確かに、今思い返してみれば、皇様への態度は、気安さというより、乱雑だったかもしれない。多少は気遣っていても、だ。
要は私の愛した人なのだ。ちゃんと、信じよう。
私は、そう決意した。
その後、皇様が、私と一緒に買い物に行ったことを要に知られ、かなりの嫉妬をされたが、あの時から、私と皇様は仲良くなった。
ただ、要にばれた一番の原因は、私が皇様を、皇君と呼んでいたからかもしれない。
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10年経った今でも皇君は、とってもきれいだ。ただ、前と違うところは、彼には好きな人がいるらしい。恐らく両思いだ。
要とは相変わらず仲いいし、私は不安になることはない。
あの考えも、10年前のあの時にすっきり捨て去った。
今、要は皇君の依頼で外国に行っている。国を救ってくるらしい。
とても壮大だが、私は要ならできると思っている。
だから私は、要が帰ってきた時のために、暖かい家を作っておくのだ。
私は要を愛しているし、信じている。たったそれだけで、十分だ。
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