閑話:スーと月影 2
Side Sue
「まずはお風呂に入れましょう!」
私の言葉に、要はハッとした。
要は火属性と水属性の融合魔法でお湯を浴槽に出した。
こんな、貴族の屋敷にしかない設備があるのは、要が欲しがったからである。
私はなくてもよかったのだが、要は元々貴族の中でも、かなり裕福な暮らしをしていたため、一定以上の生活水準を落とすことを嫌ったのだ。
ただ、それを容認できるほど稼いでいるし、何より私も踊り子でいた時よりもいい暮らしができている。
服を脱がし、湯船につける。それは全て要がやってくれたのだが、今も婚約者という間柄だ。心配が勝る。
要が私を裏切ることはしない。けれど、魔族は一夫多妻が当たり前。だからこそ、要にしてみれば、皇様と結婚するのは、私への裏切りにはならない、という考え方を持っているのかもしれない。
化粧を落とした皇様は、顔色が悪かったものの、とても美しかった。
今まで、女性ですらあれほど美しい人は見たことがない。
皇様をお風呂に入れ終わった要は、とても沈痛な面持ちをしていた。
少し大きいが、要の服を着せて、ベッドに寝かせる。青ざめた顔が、その時にはマシになっていた。
そのままずっと夜まで意識が戻らなかった。
そこで問題になったのは、どこで寝るか、だ。
家には、ダブルのベッド一つしかない。つまり、一人はソファで寝るしかないが、病人をソファで寝かせるのは気が進まない。
そして、ソファは二人が寝られるほど、広くはない。
何度も言うが、要と皇様は婚約者。つまり、皇様が要を好きだという可能性がある。
一緒に寝かせる訳にはいかない。
そして要は、私をいくら婚約者という間柄とはいえ、私にとっては知らない相手。
一緒に寝かせるのはいかがなものか、と主張した。
だが結局、皇様は知らない人が寝床にいるのは怖がるらしく、そして女性である私を、ソファで寝かせることも気が進まないという要によって、三人で一緒に寝ることになった。
物凄く狭いが、これが最適解なのだろう。
そう思いつつ、私は要に抱きつくようにして眠った。
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翌日、誰かがベッドから転がり落ちる音で、目が覚めた。
不思議に思って、目をこすりながら音がした方を向くと、皇様がそこにはいた。要はもう既に起きていたようで、この場にはいない。
「な……な……!」
皇様は、目を見開いて、私をみつめている。
そのまま、私が困惑していると、要が部屋に来た。
「お、起きたか。スー、朝飯を作ってくれ」
要は、私が起きていることを確認するなりそう言った。
「分かったわ」
私は、皇様を心配した。けれど、要に料理を作らせる訳にはいかない。
要は、味覚が死んでいるのだ。とんでもなくまずいものでも、普通に食べるし、作る料理はこの世に存在してはいけない味がした。
一人多いので、その分多く作る。
私は、トーストを魔道具で焼きながら、フライパンに卵を落とす。
水を入れて、ふたを閉じる。
ソーセージをゆで、トマトを切る。
それを皿に盛り付ける。トーストも焼けたため、皿に乗せ、いつの間にかダイニングに移動していた要と皇様の前に皿を置く。
私は、要の隣に座った。
「それで、協力の件だが、俺が不可能じゃない範囲でなら協力する」
「ありがとう」
溜息を吐きつつ、要が言った言葉に、皇様は初めて、笑顔を見せた。
「はあ、新婚なんだよ……。だから家をあまり開けたくないんだが……」
「それはその時じゃないとわからない。ただ、今は手が足りてるから、協力はしばらく後になる」
「それがずっと続けばいいが」
「少なくとも、5年は平和だよ」
「短っ!」
私は、結婚生活10年は新婚じゃないと思うし、5年はまあまあ長いと思うが。
相変わらず、魔族の感覚はよくわからない。
正直、会話をする二人は、とてもお似合いに見えた。
私がいなければ、二人は順当に結婚して、子供も作って、という風に、明るい未来を歩んでいたのだろうか。
なんだか、そんな風に見えた。
「スー?どうした?」
食べる手が止まってしまった私を、要が心配そうに見る。
「だ、大丈夫。気にしないで」
「そういう訳にはいかない。――何か心配事でも?」
「そ、そんなのはないわ!」
「ならいいんだが。――おい、月影。きちんと食え。俺の半身の飯が食えないのかよ」
要は、皇様の方を見て、拗ねたような声を出す。私がその声に釣られて皇様の手元を見ると、確かに一切手を付けていないようだった。
「あの、もしかしてお嫌いでしたか……?」
「……昔、薬盛られた」
「安心しろ。スーは俺の妻だ。お前に薬を盛るメリットは何もない」
「それでも、怖い」
皇様の声は、消え入りそうだった。
要は、皇様の目の前に置かれた皿を取って、全て一口ずつ食べた。
「これでいいだろ」
「え、うん……」
皇様は、おずおずと食べ始めた。
私は、配慮が足りなかったかな、と反省した。
皇様は、明らかに人に虐げられていた。目の前で、調理過程くらいは見せればよかったかもしれない。
そんなことを考えつつ、朝食を終えると、要は仕事に出る。
「いいか、お前は今日一日中家にいろ」
「え……。それはちょっと……」
「スー、悪い。こいつを頼む」
「分かったわ。――その、気を付けた方がいいこととか……」
「月影、スーは俺の半身だ。信用できる。スーは気にすることはないぞ。じゃ、行ってくる」
そう言って、要は家を出てしまった。
家に、夫の婚約者と二人きり。
――気まずい……。
私は、そう思わずにはいられなかった。
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