閑話:スーと月影
Side Sue
「寂しくなったな……」
私は、私以外誰もいないこの広い屋敷で、ポツンと呟いた。
要と二人暮らし。使用人なんか、誰もいない。
いつか子供ができたらいいな、と思いつつ、ずっと子宝に恵まれないままだ。
そんな夫の要は、皇君の依頼で、他国に行っている。
ここに来たのは10年前。ずっと各地を転々としていた。
なぜなら、要と私は歳を取らないから。と言っても外見だけの話だけれども。
彼岸の魔族というのは、半身相手にのみ使える、魔法があるらしい。
それは、寿命を共有する魔法。
相手が、愛し合っている半身にしか使えない、とてもロマンチックな魔法。
だから私は、40歳ではあるものの、未だに20歳のような若い外見をしている。
当時は止めた。だって、要の寿命が半分になってしまうから。それでも、要は、ずっと私と一緒にいたい、と言ってくれた。
だから、婚約者もいたのに、私と一緒に外国まで駆け落ちしたのだ。
ずっと、その婚約者に悪いことをした、と思っている。それに、私は要に釣り合っているのか、とも考えるようにもなった。
その考えが加速したのは、今から10年前。ここに、皇君が来たことがきっかけだった。
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――10年前。
私は、その時が来るまで、本当に普通に過ごしていた。
新居にも慣れ、冒険者として、日々日銭を稼ぐ要を支えるため、私は炊事洗濯掃除をしていた。
その日も、いつものように洗濯していた時だった。
玄関の方で、ノックの音が響く。私は、すぐに作業を中断し、来客を出迎える。
ドアを開けたら、そこにはとても綺麗な青年が立っていた。
私は、つい呆けてしまった。いつも、とても格好いい要を眺めているが、目の前の青年は、そんな要ですら簡単に負けてしまうくらいの、美しい青年だった。
「佐倉要の自宅はここ?」
「え?」
私は青年の言葉に驚く。だって、要は家以外ではずっと、イアン・ネルソンと名乗っている。
だから、その名前を知っているという事は、久遠での関係者という事になる。
「えっと、どなたかは存じ上げませんが、勘違いなさっているのでは?」
「勘違いじゃない。今ではイアン・ネルソンと名乗っている。大声で彼の素性をばらされたくなければ、家に上げて貰おうか」
青年は、かなり高圧的な物言いで、私は逆らえることができなかった。
私は、椅子をすすめ、紅茶を進めたが、断られてしまった。
身なりや立ち振る舞いから見て、かなり高貴な方なのだろうことは、想像に難くない。
平民が出す粗茶には、興味がないのだろう。
「あの、その、要に何か御用ですか……?」
「要が帰ってきたら話す」
青年は、つっけんどんにそれだけ言うと、黙ってしまった。
この沈黙が、とても重苦しく感じる。しかし、この状況を打開する策はどこにもない。
目を閉ざし、じっと何かを考えこむようにしている。それが、彼をより近寄りがたいものにしていた。
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しばらくすると、青年が突然目を開ける。
時間にして、一時間経ったか経ってないかくらいだろうか。
私は、その動作だけでかなり驚いてしまい、肩をびくつかせたが、青年はそれを意に介していないようだった。
するとすぐに、足音が聞こえた。急いでいる、焦燥感が溢れ出る音。私は、その音が聞こえて、なぜか安心してしまった。
「大丈夫か、スー!」
要が、家に飛び込んできた。
「ああ、よかった……!貴族の男がここに来たと聞いて……!」
そう言って、要は私を強く抱きしめた。
「久しぶり、要」
そんな中、青年は声を上げた。要はハッとして、後ろを振り返ると、目が驚愕に見開いて言った。
「――月影」
「半身に出会ったんだ、よかったね」
「……ああ」
要は、かなり気まずそうだった。
「要。その……彼は?」
「皇月影。俺の――元婚約者だ」
「元を付けないでもらえる?どっかの誰かが、正式な手続きを踏まないまま失踪したから、僕と要の婚約状態は続いているよ」
青年は、特に感情をこめずに言った。私は、要と彼――皇様の言葉を聞き、彼が要の婚約者だという事を知った。
魔族は、男でも妊娠することができる。だからこそ、要と皇様が婚約しているのは、なにもおかしくない。
正直、私なんかよりもお似合いだった。美しい外見に、高貴な血筋。私が半身でなければ、要が手放さなくてよかったものを、彼は持っていた。
「……一応、俺はスーとしか結婚するつもりはない」
要のその言葉に、私は少なからず安心する。だって、皇様はとても美しい。要が惚れちゃっても、おかしくはない。
「だから、呼び戻しに来るんだったら――」
「別にそのことはいいよ。ただ、協力をしてほしい」
私は、皇様の言葉に、ほっと胸をなでおろす。この人が、要を狙ったら、きっと要はこの人のことを好きになっちゃう気がするから。
そんなこと、普段の要を見ていたらあり得ないことでも、なんだか納得してしまうほど美しい。
だからこそ、どこか刺々しいのが気になった。
「……何の?」
要は慎重に問う。一体、何が彼の逆鱗に触れるか、分かったものじゃなかったからかもしれない。
「邪神討伐の」
「……断る。俺は、邪神を討伐出来ない。わかってるだろ」
「別にその役割をこなすものは、別にいる。ただ、邪神討伐には、それなりの材料だったり、知識だったり。そして、皇に見つからない環境が必要になる」
「――は、む、無理だ。悪いが、別を」
「何か、口答えでもできる立場だとでも?」
青年は、そう言った。
そして、感情のままに立ち上がる。しかし、彼はふらついて倒れた。
「おい!月影!?」
要は、皇様に駆けつけた。私も、心配になって、皇様の様子をうかがう。
しかし倒れるほど顔色が悪いとは感じなかった。
だが、要が来るまで目を閉じていたのは?
会話をすぐに打ち切ったのは?
紅茶を飲むことを拒否したのは?
全て、かなり体調が悪かったからかもしれない。
私は、思い切って皇様の顔を触ってみた。すると、手に化粧が付いた。
そのことを要に言おうとすると、要は茫然としていたことに気づいた。
「要……?どうしたの?」
「悪い、月影……」
そう言って、要は泣き出した。私は、要の視線の先を見て、気づいてしまった。
そこには、手首を傷つけた跡があった。
私は、思い切って要に言った。
「まずはお風呂に入れましょう!」
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