頼りにしている
翌朝、ノア兄さんに呼び出された。
昨晩のことを見られていたのは気づいていたが、まさかそのことについてなのだろうか。
ノア兄さんの用件を想像しながら、僕は国王の執務室の扉を軽く叩く。
「陛下、アイン・マレフィック・アストロロジーです。入室の許可をお願いします」
「いいよ。入って」
「失礼します」
僕は、扉を開けて一礼する。そして扉を閉じ、異能力で防音空間を作った。
「よく来たね、アイン君」
ノア兄さんが笑顔で僕を出迎える。中にはゼスト兄さんが二人掛けどふぁに座っている。
僕は、遠慮なくゼスト兄さんの反対側に座り、用件を聞いた。
「ノア兄さん、僕をここに呼び出した理由は?」
「まあまあ、それよりよくわかったね。ゼスト君なんか、最初迷子になっていたのに」
「それは、ここに蝙蝠を置いているからね。この城の構造は、知っているよ」
「ああ!そうだね」
ノア兄さんは、僕の蝙蝠について、忘れていたようだ。
確かに、あまり派手ではないし、戦場ではあまり使わない。
まだ、声操術の方がよく使う。
と言っても、声が出せない時期があったから、声操術もあまり戦場では日の目を見なかったが。
「それにしても、貴族たちには困ったね。まさか、婚約相手の家を裏切ってアイン君との婚約を望むなんて」
わざとらしく溜息を吐くノア兄さん。ゼスト兄さんは、ノア兄さんの言葉に静かに頷いていた。
「その件だったら、もう大丈夫じゃない?ザフィア伯よりも、ヴァルラリア候の手を取ったから」
あれで、ザフィア伯含む、一方的に相手を婚約破棄した令嬢たちと、それを許した彼女らの親は、一気に社会的信用を落とすこととなった。
代わりに、きっぱりと婚約を断った僕と、ヴァルラリア侯は評価が上がることとなった。
「それでも、だよ。ほら、自分の容姿に自信があるご令嬢が多いでしょ?」
「だとしても、恥をかくだけ。それに僕は、何が何でも女性と結婚しない」
僕はきっぱりとそう言い切る。
だって、相手の女性が色々と可哀想だし。
それに僕、まだ要との婚約も解消していないのに。
少なくとも、婚約者を作るなら、要との婚約を何とかしなくてはならない。
「え?アイン君は男色だったの?」
「いや、違うけど」
別に僕は男色ではない。たまたま好きになった人が男だっただけで。
でも、その人にはもう相手がいる。
「できればアイン君には、婚約者を作って欲しいんだけどね」
「無理だね。それに、僕だけの話じゃないでしょ」
僕が適当な誰かと婚約したとして、結果こういう騒動が収まるか、といえば否な気がする。
「確かに、九星には婚約者がいる人、誰もいないんだよね。だから、ゼスト君にも同じことが言えるんだけどさ」
「俺も結婚はいい。仕事と結婚する」
いかにも相手がいなさそうな九星の中では、僕の次に年少なゼスト兄さんが言った。
明らかに、名誉貴族になりたい僕よりも、優良物件のように感じる。
この国の宰相だし。
娘と離れ離れになりたくない親なら、一番いい選択ではなかろうか。
「まあ、それはいいよ。無理して決めるものでもないし。ミリアちゃんとエリック君を除いて、皆平民出身だからね。いきなり政略結婚しろ、とか言っても、ピンとこないだろうし」
「うん、そうだね」
ノア兄さんは、僕に目を向けながらそう言った。
僕は、その意図を図りかねて、曖昧に返事をするだけにとどめた。
ノア兄さんのニッコリ笑顔に、何か知られてはいけないことを、知られているのかもしれない、という錯覚に陥る。
そんなことはない。ノア兄さんには、知る術はない筈なのだから。
「それが用件?」
僕は、脱線した話を元に戻した。そろそろ、痛い腹でも探られそうだったからだ。
「まあ、関係しているよ。――あの件で、婚約破棄された令息たちがいるでしょ?」
「いるね」
例えばヴァルラリア侯爵令息とか。
「再び同じ人と婚約を結び直させる訳にもいかないでしょ?」
「僕なら絶対に嫌だね」
まず信用ならない。今後、一方的に約束事を反故される可能性が付きまとう。
相手がよっぽど魅力的なら、我慢するほかないが、他にいい相手がいるなら、そっちと婚約したい。
「実はね、ミリアちゃんとリズちゃんでも同じことが起きていて」
「この国大丈夫?」
「皆事前に降爵処分を下していたから大丈夫」
「それはそれでどうなの……」
「一応きちんとした理由はあったよ?不敬とか、脱税とか。いくらなんでも、相手が若造だと思ってやりすぎたね」
楽しそうに笑うノア兄さんを見て、理解はできる、と思った。
ノア兄さんは、なんとなく御しやすそう。顔に威厳がないのだ。
声も、優しそうだし。
だから、舐めたら痛い目を見ることを、証明する他ない。
今は、ほとんど舐められていないんじゃないかな。いつの間にか不正がばれているし。
それもこれも、僕が残した資料とノア兄さんの異能力によるものが大きいだろうが、それ以上にノア兄さんは為政者に向いている。
「なら、重要なポストからも退いてもらっていたの?」
「信用できない人に任せる気はないよ。その結果が今だし」
確かに、かなり顕著に表れている。それに気づいた人物はどれくらいいるのだろうか。
「だから、そんな彼ら彼女らにお相手を見繕ってもらいたくて」
「……僕が?」
「そう!できれば、恩を売っておきたい人物に対して、いい縁を結んで恩を売っておきたいしね」
「でもそれぞれ勝手に婚約相手を探すんじゃない?下手に王家が絡むことはないよ」
歳が問題だろうが、令嬢側にも同じことをされた人物がいるなら、問題ない。
きっと大丈夫。
「そういう人は除いてだよ。ほら、ポニー男爵は優秀だけど、親が残した借金の所為で、令嬢をフェット伯爵令息の下に嫁がせなきゃいけない。ミリアちゃんに鼻の下伸ばしてたのにね」
確かに、それは可哀そう。
ポニー男爵令嬢は、気立てのいい、非の打ちどころも少ないお嬢さんだ。
対してフェット伯爵令息は、だらしない体形の、癇癪持ちで横暴な人物だ。
ゼスト兄さんの話によると、一方的に婚約破棄を突きつけたのに、ミリア姉さんにバッサリ振られてしまったため、八つ当たりした挙句に婚約の継続を強要した。
「……なら、あとでリストを作るよ。だけど、王家の介入は最低限にして。こういうのは、貴族同士で解決するのが筋だよ」
「そういうもの?」
「王家は力が強すぎるから、変に問題が複雑になる。何も言わなかったら、王家から許されたとかで終わるから。基本的に後ろで大きく構えていればいいの」
「ああ、だからか……」
ノア兄さんの不穏な呟きに、僕は少し身構える。
「もう何かやらかした?」
「いや。ただ、なんか未来が芳しくなくて……」
「王家の介入ほど、貴族にとって面倒なものはないから。ただ、この男爵令嬢は救ってもいいんじゃない?ただあくまで、相手の令息の家への打診程度にとどめること」
ノア兄さんはお人好しだから、命令を下したがる筈。
僕は、さっさと釘を刺した。
「何で?」
「フェット伯爵から恨みを買うでしょ。一応、婚約破棄の件は、彼らの間では解決しているんだから」
「そうか……」
「逆に、ポニー男爵令嬢が悪くなる可能性すらある。だからこればっかりは、ポニー男爵の手腕にかかっているね」
貴族社会は、全く単純じゃない。こういう問題は、王になって二年のノア兄さんより、貴族たちに任せた方がいい。
伊達に貴族として生きている訳ではない。
「色々とありがとう」
「いいよ。もし、気になることがあったら、いつでも聞いて」
「分かった。そうするよ」
「でも一番は信用できる貴族に聞いて」
「分かりました」
ノア兄さんは、うなだれた。
「悪かったな、急に呼び出して」
ゼスト兄さんが、そう言って、僕の頭を撫でる。
「いいよ。僕、革命のとき何もできなかったから」
「まだ言うか。――今日は本当に助かった」
ゼスト兄さんは、そう言って笑った。
僕はそれを見て、むず痒い感覚に襲われた。
役に立てて、よかった。
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