堀を築く人と堀を埋める人
Side Noah
僕は、影からこっそりと、その一部始終を見ていた。
「さすがだね」
「まさか、あそこまでやるとはな……。貴族の教育なんか、全く受けてないだろ?」
「それでも、普段から貴族に囲まれて過ごしているから、自然と学んだんじゃない?」
僕は、ゼスト君と一緒に婚約破棄騒動を、アイン君がどう解決するのか、見ていたのだ。
「それにしては、色々と慣れてた気がするがな」
アイン君は、僕たちの存在に気づいている。先ほどから視線が送られてくる。
その視線の中に、助けて欲しそうな色はなかったが、少し僕たちを非難するようなものが混ざっていた。
貴族の統制はうまく行っていないと思われたかもしれないが、ある程度は本人の良心とともに政治をする。
こんな身勝手に、目先の利益に囚われて他人をないがしろにするような人材を、近くにはおかない。
唯一無二の価値を示してもらわない限りは。
「ところで、アイン君は名誉貴族になるって」
「意外だな。アインなら、貴族になるメリットも分かる筈なのに」
「そのメリットが、魅力的じゃなかったんじゃない?だって、絶対に誰とも婚約しない、って前々から言われてたよ?」
蝙蝠に括りつけられた手紙から、貴族になりたくない、という文言と共に送られてきていた。
「なんだか、色々とフォローする必要もないくらい慣れていたし、拒否の理由は、気遅れじゃないのは確実だな」
「そうだね。アイン君、なんだかんだ言って遠慮しちゃうけど、あれは違うね」
そもそも、アイン君はきっと、これを考えての辞退だっただろうし。
アイン君の生まれは、久遠の魔王族。そこの第九魔王子。
だからこそ、貴族への対応は手慣れているし、面倒な事態を避けるためにも、叙癪を固辞したのだろう。
結果、僕にほぼ強制的に貴族にされたが。
リズちゃんに指輪を先に作ってもらってよかった。そして、それを伝えておいてよかった。
アイン君は、リズちゃんのお願いに案外弱い。
それは、自分の武器を作ってもらっている、という感謝の念からくるものだ。
だから、公爵位を証明する指輪を付けて欲しい。もう作ってあるんだ、と頼まれれば、流石のアイン君も頷かざるを得なかっただろう。
「それにしても、あいつら覚えておかなきゃな。役職の方も、考えておかなくてはな」
「そうだね。それと一緒に令息の方の婚約者も、見繕ってあげなきゃね。流石に、九星が起こした問題だから」
アイン君に目が眩んだ結果だ。
あの子は、見た目だけの存在じゃない。
というか、九星内で最も頭がよく、そして立ち回りも上手い方だ。
かなり苦しい立ち回りばかりを要求されるが、多分あの子のことをよく知っていたとしても、あの子の思いのままにしか動けないんじゃないだろうか。
未来が見えない僕にも、同じことが言える。
だから正直、ラース君に色々と話を聞けて、そして僕に協力して貰えたのは、かなり嬉しい。
アイン君は、相手に自分がさせたいことを強要させる。
だからこそ、相手が自分に強要することも、最終的には受け入れる。
だから僕は、ずっと強要する。アイン君に、これから先を生きることを。
そしてそのためには、外堀も内堀も埋めなければいけない。
そう簡単には埋めてくれないだろう。
でもこれは足掛かりだ。僕は、しばらくはアイン君の名誉貴族化を受け入れるつもりはない。
いずれかは認めなきゃいけないだろうけれど……。それは、まだ先の話だ。
「はあ、そういうことは、俺にすべて任せるんだろ?」
「もちろん。頼りにしてるよ、ゼスト君」
面倒くさそうな表情を擦るゼスト君に、僕はとびっきりの笑顔を浮かべる。
そんな僕に、ゼスト君は溜息を吐いた。
「アインにも協力してもらうか……」
「そうだね。アイン君、結構貴族に関しての情報を持ち合わせてるし」
アイン君が皇月影なら、知っていても当然だと思うし。
ミリアちゃんの実家である、ツァオバークンスト侯爵家を潰したのは皇月影だ。
元々、軍にあまりいい感情を抱いていなかった、選民主義の魔術師一族。
だからこそ、あそこの当主は皇月影にもいつも突っかかっていたらしい。
それを邪魔に思った皇月影によって、殺された。
不正をでっちあげて、議会で糾弾したのだ。
ツァオバークンスト家がそんなことをやっていないことは、恐らくかなりの人物が知っていただろうが、もはや手遅れだった。
証拠はすべてそろっている。あとは、処分を下す。たったそれだけ。
それに、皇月影はかなりの権力者だ。
彼の意向をすべて無視した処分を下すこともできなかった。
一番は、彼が九星という、手駒を持っていたからだろうが。
そういうこともあり、アイン君はかなり貴族の情勢に詳しい。
「そうなのか?これからいろいろと調べてもらおうと思っていたが、手間が省けたな」
ゼスト君は嬉しそうだが、そもそもアイン君が生活している国は、セオドアだ。
アイン君だから、全て知っていても許されるのか?
そんな馬鹿な。あの子まだ13歳だぞ!?
「確かに、この国の貴族を昔暗殺しまわっていたし、他国の貴族のことも詳しそうだな。アインは几帳面だから、情報の更新は欠かさないだろうし、理解できるかもな」
ああ、確かに……。でもアイン君は情報を取る前に暗殺していると思うよ。
でも、そんな不自然なことを言える訳もなく、翌日にアイン君を呼び出すことを決めるのだった。
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