身勝手な契約破棄
僕は自室に戻り、ネクタイを取り、第一ボタンも外す。
そのままベッドにあおむけになる。
婚約の申し出が、会場にいる間、ずっとあった。
父娘で僕の下にやってきて、婚約を打診する。
更に、ダンスをしている最中に、令嬢に誘われた時もあった。
見た目が幼く、また平民上がりなこともあり、貴族から下に見られているのだろう。
ただ、僕はアストロロジーの名を冠している。国王と同じその名は、国王の庇護にあるという証拠だ。
だからこそ、礼を失しないように接された。
僕がただの平民上がりなら、もっと高圧的にこられていただろう。
僕は当然、社交界の知識はあるため、無難な対応ができないことはない。
でも、明らかに婚約の申し出が多かった気がする。普通、生まれる前から相手は決まっていると思うのだが。
それに、九星は男性が多い。ノア兄さんは既婚者だし、ラース兄さんは心に決めた人がいる。
ステラでは重婚ができない。だから、残りは僕、ゼスト兄さん、エリック兄さん、オットー兄さんがいる。
確か、全員婚約者がいない筈だったが。
全員薹が立っているが、女性じゃないんだし、そこまで考慮されない。
そう思っていたけれど……。
今宵のパーティーについて、考えをまとめていると、外が騒がしくなった。
怒鳴り声や、叫び声が、風に乗ってここまで聞こえる。
僕は不思議に思って、様子を見るために窓から外に出た。翼を広げ、空から様子を偵察する。
すると、いくつか見知った顔が、同年代の男性とその父親らしき男性と、何か言い争っていた。
「一体、どういうつもりだ!」
「あら、貴方よりもあの方の方がいいと思ったからですわ。何がいけないんですの?」
「これは家同士の契約だ!ただの口約束だと思っていたのか!?一方の事情で勝手に破棄することは許されない!」
「この婚約は、家を成長させるものですわ。貴方の家より、あの方との婚姻の方が、家を成長させますわ。――自明の理でしょう?」
僕に婚約を申し込んだザフィア辺境伯の令嬢が、恐らく婚約者であろう令息と言い争っている。
その親同士も、かなり白熱とした言い争いを繰り広げている。
――貴族って、そんなに感情を露わにしないのが普通じゃないのかな……。
同じような場面が三、四件……。なるほど、婚約者がいながら、僕に婚約を申し込んでいただけなのか。
道理で婚約の打診が多かった筈だ。普通、同年代の令嬢が、都合よく婚約者がいないという事はあり得ない。
嫁き遅れは、貴族の中ではかなりの恥だからだ。
十八を過ぎたら、女性は嫁き遅れになる。だから、幼少期から婚約者が決まっているのだ。
だからと言って、家同士の契約を、簡単に反故にするのはあまり好ましくない。
きちんと、令嬢側の親の顔を覚えた。後でノア兄さんとゼスト兄さんに報告しよう。
僕はあえて音を立てて地に降り立ち、彼らを仲裁する。
僕が彼らと違うことを示すため、僕は意図的に翼を収めずに話を始める。
ザフィア辺境伯令嬢は、僕の方をうっとりとして見つめている。
「一体、どうしましたか?」
「――!?こ、これはこれはマレフィック閣下」
「お見苦しいものをお見せしました……」
令息側の親――ヴァルラリア侯爵が、頭を下げた。令息も、同じように頭を下げる。
周囲で言い争っていた貴族たちも、いつの間にか静まり返り、じっと事の行く末を見守っていた。
僕の一挙一動に、たくさんの視線が集中しているのを感じる。
「構いません。それで、かなり揉めているようですね、ザフィア卿?」
「いえ!彼らが、私めに言いがかりをつけているのでございます!」
「何が言いがかりか!勝手に婚約を破棄しておいて!」
「貴方の甲斐性がないからでしょう!?」
また言い争いを始める彼らに、僕は鋭い血の針を、眼前につきつける。
急に訪れた命の危機に、彼らは口を閉ざして喉を鳴らした。
「諍いはやめてください。――ところでザフィア卿、ヴァルラリア候のおっしゃることが正しいなら、貴方は婚約者がいるご自身の娘を、陛下の覚えめでたい僕と婚約をさせようと思っていらっしゃった、と。何か釈明はありますか?」
僕はまず、ザフィア卿から話を聞く。上から聞いている限り、ザフィア卿に非があるだろう。
僕は、無表情を貫く。ザフィア卿は、それに戸惑っていたが、すぐに弁明のために口を開いた。
「そ、それは勘違いでございます。あの時にはもう既に、娘に婚約者はおりませんでしたぞ」
「――そうらしいですが、ヴァルラリア候。何かおっしゃりたいことはありますか?」
「ぐッ、た、確かにそれは事実ではあります。ただ、突然、かなり一方的でした!息子は、ザフィア伯の身勝手で、瑕疵を付けられたのですよ!?」
ヴァルラリア候は、唾を飛ばす勢いで叫ぶ。彼の目には、僕も同じく憎く見えるのだろう。
「まず、ザフィア卿、僕は誰とも婚姻を結ぶつもりはありません」
「はは、御冗談を。貴族として、子孫を残すことは義務ですよ?」
「元々この爵位は、身に余る光栄だと思っております。そのため、陛下に名誉貴族となることを願い出るつもりです」
僕は、うろたえて乾いた笑いしか上げられないザフィア卿に、追撃した。
そこで、ザフィア卿含め、令嬢の父親たちの顔から、表情が消えた。
「ハハッ!とんだ捕らぬ狸の皮算用でしたな!マレフィック閣下、非礼をお詫びいたします」
ヴァルラリア候は、それを見て楽しそうに笑う。
そして僕に向き直り、手を差し出した。
「いえ。親として、自分の子供をいい加減に扱われれば、誰だって怒りますよ」
僕は口元に弧を描き、その手を取って握る。
ヴァルラリア候は、家族思いでかなり評判がいい。元々子爵だったのを、ノア兄さんは彼を信用し、陞爵したのだ。
「寛大なお心遣い、心より感謝申し上げます」
ヴァルラリア候は、僕の手を強く握り返す。
ザフィア卿は、ただそれを呆然と見ているだけだった。
星、評価、感想お願いします!




