叙爵式
「アイン、大丈夫か?」
「大丈夫」
僕は、心配そうなノア兄さんに、笑顔を作って返す。
ノア兄さんはそれでも心配そうだったが、ララ姉さんに回収された。
ゼスト兄さんは、かなり心配性なノア兄さんに呆れていた。
今日は、叙爵式だ。九星最後の叙爵。ここまで遅くなったのは、単純に逃げ続けていただけなのだが、ゼスト兄さんはそれを美談に仕立て上げた。
そうじゃないと、国としてまずいからというだけなのだが。
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大勢の参列者。招待状を入り口で提示し、順番に入場する。彼らは、この時を祝福していた。
空の玉座の左右には、ラース兄さんとミリア姉さんが立っている。
その表情はとても優しかった。
ノア兄さんとララ姉さんが、ゼスト兄さんの紹介と共に入場し、玉座に着席した。
「これより、叙爵の儀を執り行う。陛下の命により、候補者アインを召し出す」
ゼスト兄さんの、普段とは違う、厳かな声が会場に響く。
その声と共に、会場の厳かな扉が開く。僕は宮廷音楽と共に、玉座の前まで歩く。
儀式用に仕立てられた、豪華な軍服。それに合わせてデザインされたマントは、観客の注目を一気にかっさらう。
一部で、感嘆のどよめきが起こる。
僕はあまり服飾に詳しくないため、全てをデザイナーに任せていたが、よかったらしい。心なしか、叙爵式が始まる前、ミリア姉さんとララ姉さん、リズ姉さんが自慢げだった。
玉座の前に着き、跪く。それと共に、音楽が鳴りやみ、この場が静まり返った。
ノア兄さんは、玉座から立ち上がり、口上を述べる。
「ここに、王国の栄光の下、平民アイン。汝の名に、新たなる家を授ける。以後、汝はアイン・マレフィック・アストロロジーと名乗ることを許し、王国は汝をマレフィック公爵と認める。この名と共に、王国を支える柱たれ」
ノア兄さんの、威厳のある声が、静かな会場中に響く。
そしてゼスト兄さんは、銀のお盆を持ち、ララ姉さんにその上のもの――指輪を差し出した。
ララ姉さんは、ゼスト兄さんから指輪を受け取り、跪く僕の左手を取る。
「マレフィック公爵、この指輪は、マレフィック家の証。その指をはめる時より、汝は家を持つ者、血を継ぐ者となる」
そう言って、ララ姉さんは僕の左手親指に指輪をはめた。
すると、ガーネットがあしらわれた、シンプルな金の台座が光りだし、青い宝石のような紋様を描き出した。
まるでそれは、僕の翼の色とそっくりだった。
ララ姉さんは、一歩後ろに下がり、ノア兄さんと並ぶ。
僕は、ノア兄さんとララ姉さんに頭を垂れ、宣誓をする。
「陛下の恩命、身に余る光栄にございます。この名、この命を持って、陛下と王国に長く仕えますことを、ここに宣言いたします」
僕の言葉に、参列者は席を立って拍手する。
「マレフィック閣下、万歳!」
「王国に栄光あれ!」
貴族たちは、歓声を上げた。拍手が会場を満たす。
その中には、エリック兄さんやオットー兄さん、リズ姉さんがいた。
音楽もまた、この瞬間を飾り立てる。ノア兄さんとララ姉さんは、柔らかい表情を浮かべた。
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「どうだい、この指輪。アタシが作ったンだ」
「かなりすごいね。なんだか、魔力に反応したような感じだったけど」
リズ姉さんは、かなりご機嫌だ。
それも納得なくらい、この指輪はすごかった。
「あら、それマティアス王太子の瞳の色じゃない」
ミリア姉さんが横から割って入る。
ちなみに、ララ姉さんは妊婦なため、パーティーには参加しなかった。
「あ……」
僕の翼の色は、マティ様の瞳の色と一緒だ。別に僕の意思でこの色に染まった訳ではないが、なんだか気恥ずかしくなった。
「そう言うミリア姉さんの色は、黄色と紫ですか」
「そう。綺麗よね」
そう言って、ミリア姉さんは右手の中指に収まっている、爵位を示す指輪を見せた。
「普段はつけないんだけどね」
「そうだよ、全く。ミリアはいつも指輪をペンダントにしているのさ。勿体ないと思わないかい?」
「ふふ……。僕はつけるよ。この指輪」
「アインは本当にいい子だねェ!」
僕の言葉がよほどうれしかったのか、リズ姉さんは、綺麗にセットした僕の髪をぐちゃぐちゃにする。
ちなみにそう言うリズ姉さんは、左手の小指に指輪を付けていた。
リズ姉さんの性格は豪快だが、つけている指輪はとても繊細だ。
木の葉をあしらったデザインで、その部分がほんのり緑に染まっていた。
「あ、ちょっと!」
「いいじゃないか。さて、アタシはこれから飲んでくるよ」
「でも、主役のアインがそもそも酒にめっぽう弱いんだから、そもそもないんじゃ……」
「一応、異能力を使えば、影響はないよ」
「ああ、異能力か……」
ミリア姉さんは、納得したように頷いていた。
「そろそろ解放しなきゃかしら。嫉妬、されないようにね」
「嫉妬……?」
ミリア姉さんは、ただ笑うのみである。ミリア姉さんの示す先には、僕のことをじっと見つめている令嬢たちが……。
「さ、流石にここのことなんて、マティ様にはわからないよ」
「さあ?あまり舐めない方がいいわよ」
ミリア姉さんは、そんな不穏なことを言って、立ち去っていった。
「マレフィック様、今宵は私と共に踊りませんか?」
「いえ、私とはどうです?ダンス、とても得意ですの」
「マレフィック閣下、ぜひうちの娘と共に」
僕は、一気に囲まれてしまった。
流石に、僕は主役だ。何度かは踊らないといけないだろう。
僕は、その中で最も位が高そうな令嬢を選び、ダンスの誘いを受けた。
これが一番衝突を避ける。流石に、主役が一度も踊らないのはまずいし、更に何度か別の令嬢と踊らないと、今度はあらぬ噂がささやかれる。
九星の女性陣とも踊りつつ、僕はできる限り、令嬢のダンスの誘いを受けた。
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「いいですかな、マレフィック閣下」
「ええ、構いませんよ、ザフィア卿」
休憩スペースに逃げ込んだ僕に、話しかけてきたのは、恰幅のいい男性だった。隣には、先程一緒に踊った令嬢がいた。
「どうですかな、うちの娘は」
「ご令嬢には、楽しいひと時を過ごさせていただき、とても光栄でした」
「そうですか!私、閣下とは、いい関係を築きたいと思っております」
笑顔を浮かべるザフィア卿に、頬を赤く染める令嬢。歳は、同じくらい。
だが、そもそも僕は人族の女性とは絶対に結婚しない。
相手も可哀想だろう。こんな見た目だけの男に嫁いだところで。
それに、近い未来、僕は死んでいる。だから丁重に断らせていただこう。
「大変魅力的な方と感じておりますが、まだ身に余るご縁を頂く身ではございませんので……。光栄なお言葉だけ、ありがたく頂戴いたします」
僕は、努めて無難に返す。
「いえいえ、閣下との縁を誰が欲しないとおっしゃるのでしょうか。うちの娘は気立てがいいのです。ぜひ、貰ってやってください」
笑顔のザフィア卿と、頬をより赤で染める令嬢。
僕は、ぶどう水を一口飲む。ゴクリという、つばを飲み込む音が、聞こえた。
「過分なお言葉、恐れ入ります。ご令嬢のご評判は、私も耳にしております。しかし、今はまだ職務に専念すべき時期ゆえ……。このような栄誉は、時を改めて考えさせていただければと存じます」
僕の言葉に、ザフィア卿は一瞬考えを巡らした。
「はは、真面目なお方ですな。――考えが変わることを、期待しておりますぞ」
ザフィア卿は、どうやら僕と自分の娘の縁談を結びたかったようだが、諦めたらしい。
令嬢は、ずっと僕の方を見つめていたが、ザフィア卿に連れられ、この場を後にした。
僕はホッと一息を吐く。
これが、社交界にいるたびに続く。体よく断れる事情があってよかったと、僕は心底思った。
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