とんでもない証拠
深夜。演劇を見た後、ジーク様は馬車に乗り、城へ帰った。
学園の寮まで、僕はマティ様とジェシカ様を見送った後、すぐに学園から出た。
目指すは、城の地下牢。
警邏に連行された襲撃者二人が、そこにいる。
マティ様の専属護衛として、目的を知っておきたい。
そして、最初に捕まった男はともかく、偽店員は、同業者の臭いがした。もしかしたら、拷問では目的を吐かないかもしれない。
ジャスパー様にもこのことを共有し、警戒しておかなければならない。
そんな考えで、僕は近衛騎士の一人に、声をかけた。
「ちょっといいですか?」
「もちろんです!」
「襲撃者の下に、案内してください」
「は!承知しました!」
僕たちのそんなやり取りに、騎士は胡乱な目を向ける。
当然だ。近衛騎士団がおかしいのだ。異例の抜擢を受けた平民に、鬱陶しいと思わない訳がないのだ。
「あいつ、失礼ですね。アイン殿よりも格段に弱いのに」
「僕に対して、そういう態度を取るのは、近衛だけですよ」
気にしないでください、と憤る彼をなだめる。不承不承ながらも矛を収めた彼に、僕は地下牢へと案内される。
するとそこには、エドガーさんと数人の近衛騎士、二人の椅子に縛られた罪人、更にジャスパー様もいた。
「ジャスパー様もいらっしゃったんですね」
この後、報告しようと思っていただけに、なんだか拍子抜けしてしまう。
「ジャスパーはジークハルト様の専属護衛騎士ですから。全く、妻も困ったものですよ。ジャスパーには、護衛の経験を積ませたいのに」
そう愚痴るように言い、溜息を吐くエドガーさん。
そう言えば、ジャスパー様とエドガーさんは、親子だった。
わざわざ僕が出向かなくとも、エドガーさんから話は伝わる。
ジャスパー様はシモンズ夫人似なために、時々忘れるのだ。
性格も、近衛騎士団全体が、エドガーさんに似ているため、あまり重要視していなかった。
「すまない、アイン。そしてありがとう。ジーク様を守ってくれて」
「いえ、仕事ですから」
ジャスパー様が差し出した手を、僕は握った。
しかし、そんなジャスパー様に、エドガーさんは少し顔をしかめていた。
「お前……アインさんにそんな態度を取っているのか?」
「ち、父上!それは、その――!」
「ふふ、僕は構いませんよ」
冷や汗をかきながら、言い訳をしようとするジャスパー様が新鮮で、僕は思わず吹き出す。
そもそも、平民に対する対応は、ジャスパー様の方が正しいのだ。
「それに、ジャスパー様?お前など、呼び捨てで十分だろ。そして、アイン様と呼べ!」
「父上、そういうの、アインはあまり望まないよ……」
ジャスパー様は、鬼気迫る様子のエドガーさんに、心底呆れた様子だったが、周りにいるのは、近衛騎士。エドガーさんの言葉の方がこの場では正しい。
「お前はいつ、自分より強い相手より強くなったんだ?それにな――」
「ひとまず、彼らの話を聞きましょう。話はその後でもできますよ」
僕は、長くなりそうだったエドガーさんの言葉を切り、そして意識を罪人二人に向けさせる。
「お前らに、何も言う事はない……!」
そういう偽店員は、血で濡れており、拷問官に拷問をされた後だという事が見て取れた。
一方は、全くの無傷だ。こちらは、身のこなしからも一般人らしいし、偽店員が拷問されているところを見せたら、簡単に情報を吐くだろう。
だが、そんなに情報を持っていないというのが、一つの懸念点ではあるが。
「目的はジェシカ嬢の殺害だそうです」
「ジェシカ様の殺害……」
成程、そっちか。恐らく、マティ様の婚約者の座を狙ったのだろう。
問題は誰が、という事だが。
「それはこの男に話してもらいますか」
僕は、偽店員の方を見て言った。
「しかし、一通りの拷問を耐えきってしまったので……」
「それでも、彼岸に対しての耐性はないですよ。人族と魔族は、ほとんど混ざり合わないので」
僕はそう言って、赤髪赤眼の吸血鬼の姿になる。
偽店員は、そんな僕の姿に情けない声を上げて怯えた。
「少し離れていてください。巻き込まない自信はありませんので」
そう言って、異能力“抹消”を使う。対象は、エドガーさん、ジャスパー様、そして近衛騎士たち。効果は、彼岸の力による影響の抹消だ。
僕は椅子を持ってきてそれに座り、二人に声をかけた。
「さて、素直に放してもらうよ。拒否権はない。いいね?」
僕は、偽店員に向かって声操術を使い、魅了をかける。わざわざ吸血鬼の姿になったのだ。きちんと効いてくれなきゃ困る。
「はい……」
ぽおっと、頬を赤く染める二人。僕はそれに満足げに微笑みつつ、質問をした。
「君たちは、どこの手の者?」
「分かりません……。その男に、妹を人質に取られて……」
最初に捕まった方は、どこか様子がおかしい。顔が赤くなっているが、僕はそれを意に介さない。
「嘘はいけないよ?」
「嘘ではありません!」
疑ってみたものの、本当らしい。調べてみればわかる真偽は分かるため、ここで審議を問いただす必要はないが、妹は手遅れだろう。
きっと、翌朝には用水路に死体が浮かんでいる。
「そう?僕、嘘は嫌いだからね?」
「もちろんです!」
男は、もう僕の言いなりだろう。
僕はそれに満足して頷き、ゆっくりと偽店員の方に顔を向けた。
「今度は、君とお話ししたいな。――この件について、何か知ってる?」
「もちろんでございます!俺はジャクソン公爵家お抱えの陰でございます!」
「へえ、ジャクソン公爵家の……。証拠は?」
「はい?」
僕が笑顔で聞いた内容が理解できなかったのか、偽店員はきょとんとしていた。
「僕、平民だから貴族に疑いを向けること、できないんだよね。それこそ、しっかりとした証拠が欲しいな。あるでしょ?」
「すみません、今持ち合わせていなくて……」
心底申し訳なさそうに言う偽店員。僕は、彼に冷たい視線を送る。
「そんなことないでしょ。ほら、ジャクソン公爵家の人間じゃないと、知らない情報。あるでしょ?」
「し、しかし、それをここで言うのは――」
僕に失望されそうになり、慌てている。だが、まだ理性はあるようだ。
「何で、ここで言う事がだめなの?そんなに不味い情報?」
僕は、興味なさげな態度を取る。彼岸の力で、僕以外が視界に入らないように、魅了を強める。
そんな偽店員は、そんな僕の興味を引きたいのか、慌てて情報を追加した。
「は、はい。ジャクソン公爵家の裏帳簿の話です」
「ふうん。それ、どこにあるの?」
「え?」
僕の態度が変わったからか、男は一瞬呆気にとられる。しかし、すぐに笑顔になった。
「探してきてあげる。そうすれば、君がジャクソン公爵家の手の者だっていう証拠、出るでしょ?」
「もちろんです!」
そう言って、偽店員は僕に情報を渡してくれた。まさか、ジャクソン公爵家の不正の証拠までくれるとは、予想外だ。
「じゃあ、おやすみ」
僕は二人を声操術で眠らせる。変に魅了を解くよりかは、こっちの方が騒がれない。
どうせ二人は国家反逆罪で絞り首だ。何をやっても問題はない。
「……とんでもないな」
エドガーさんが、ぽつりとつぶやいた。
「吸血鬼の本来の力の使い方です。――それより、相手はジャクソン公爵家ですか」
僕は、人間の姿に戻りながら、ジャクソン公爵家についての情報を頭に思い浮かべる。
ジャクソン公爵は財務卿だ。国庫の管理や税収報告、予算編成など、金回りの仕事を行っている。
恐らく、その公爵家の裏帳簿は、国庫から横領している記録なのだろう。
そんなものが公になればどうなるか……。当然、一族郎党で処刑だ。
財務卿の裏帳簿の存在は、まことしやかに囁かれていたが、本当にあるとは……。
その存在と在りかを知っている以上、彼はジャクソン公爵家の手の者であるのは確実だろう。
別に証明できなくとも、他の使用人に証明して貰えればいい、と思っていたのだが……。
少なくとも、この件は僕が公爵位を得た後の話になりそうだ。
星、評価、感想お願いします!




