二人の距離
高級レストランで舌鼓を打つ。
僕は、先に毒見として料理を食べるが、問題なさそうだ。
それを確認した後、食事が始まる。
今日の襲撃者の目的は、一体何なのか。
この後近衛が取り調べをするのだろうが、僕も同席させてもらおう。
どうせ、碌でもない理由だろうが。
そんなことを考えつつ、僕は食事をつづけた。
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Side Sieghardt
王立美術館に訪れた。完全に貸し切っているため、他の客は見えない。
最初は、館長が美術品の作品をしようとしていたが、兄上が断っていた。
僕たちは今、静かで薄暗い空間で、飾られた絵を鑑賞していた。
「あら、この作品……。シルクリーン様の作品ですわ」
そう言って、ジェシカ嬢は一つの絵の前で止まる。
それは、女性の人物画だった。黒いドレスを着た女性と、怪しげな黒猫。全体的に暗い雰囲気が漂っているこの絵は、未亡人、というタイトルらしい。
「そうだな」
「知り合いですか?」
ジェシカ嬢に同意する兄上に、画家の知り合いがいるのか、と驚きながらも僕は尋ねた。
「ああ。学園生で、今三年だからな。お前も来年会えるぞ」
兄上は、僕に柔らかい微笑みを浮かべながらそう言った。
なんだか、来年入学するのが楽しみになった。
「それにしてもあいつ、こんな絵も描けるのか」
「そうですわね」
兄上が、感嘆としたように言うのに、ジェシカ嬢は同意する。
雲行きが怪しくなってきた。
「……もしかして、その人はその」
「腫物だな。こいつも迷惑をかけられたからな」
僕は、言いにくいことだから、途中で言葉を切ったのに、兄上はバッサリと言い切った。
そうなんだ……、と思うのも束の間、兄上はアインを指さし、言葉をつづけた。
アインは、曖昧に笑った。
兄上に名指しされるまで、そこにアインがいることに、気が付かなかった。
どうやら、かなり絵を描くのが上手いらしく、それが原因で、学園中の人気を集めてしまったらしい。
厄介な追っかけも現れたそうで、相当迷惑をかけられたらしい。
それがどれくらいなのかは、アインが浮かべる苦笑いと、ジェシカ嬢の苦笑からも、なんとなく想像がついてしまった。
そんなことを話しつつ、僕たちは誰もいない美術館を巡る。
なんだかよくわからないオブジェだったり、思わず見入ってしまうほどの緻密な模様が入った彫刻だったり。
素直に感嘆しながら、美術品を見て回っていたが、途中から兄上とジェシカ嬢に、暖かい目を向けられていたことに、気が付かなかった。
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その次は演劇。最近流行っているという、ラブロマンスのストーリーだ。
僕は、あまりラブロマンスに詳しくないため、そうなんだ、という感想しか出ない。
けど兄上か、ジェシカ嬢は違うのだろうか。
そう思いつつ、ボックス席に座る。
ブー、という開演ブザーが鳴り、ワインレッドの舞台の幕が上がる。
そこには、美しい容姿をした男女がいた。
どうやら、主人公と王子の出会いの場面らしい。
主人公ははじめ、相手が王子だという事に気が付かず、仲良くなって、恋人になる。
その後、二人のいる国が、他国に宣戦布告をされ、戦争の準備に追われる中、2人は皇子の忙しさで、なかなか会えなくなる。
主人公は、それでも健気に王子を待っていたのだが、ある日大衆紙で王子の素顔が公表された。
その王子の顔が、自分の恋人と同じ顔をしている、という事に気づいた主人公は、次に恋人に会ったとき、そのことを問いただす。
すると、王子はそれを認めるものの、主人公との恋愛は本気だ、と言った。
しかし開戦が近づく中、ついに二人は会えなくなってしまう。王子が戦争に出陣することを知り、主人公は王子が戦死してしまう可能性に恐怖する。
その中で、なぜか主人公は、戦争に兵士として出ることを決意する。
冒険者たちに武術を教わり、才能があったのか、段々と強くなる。そして、自分が女だという事を隠し、兵士に志願したのだ。
最終的に、戦争は勝ったが、王子に自分が兵士として参加していたことがばれてしまった。
王子は主人公のその行動に心を打たれ、また王は、主人公が掲げた戦果に、二人の結婚を許した。
というストーリーだ。
途中、ライバルも現れたりするが、なんで屈強な男が主人公のライバルとして立ちはだかるのか。主人公のことを好きになる展開じゃないのか。
王子の護衛として、主人公を見た時に惚れた、とか。なんで王子に惚れるんだ。
まだ、隣国のお姫様の方が、説得力はあった。主人公の言動が、かなりおかしかったが。
「このままだと、あの方が隣国のお姫様と結婚してしまうわ……!」
と言い、突然髪を切って武器を手に持ったときは、かなり驚いたが。
「……よかった……な?」
「それは、自信満々に言ってくださいまし」
兄上らしくない、自信なさげな物言いに、ジェシカ嬢はぴしゃりと言った。
ラブロマンスって、こんな感じだったんだ、と思いはしたが、兄上にはいつも、自信満々でいて欲しかった。
「最近は、ああいうのが流行っているんですね」
「そうだな。まあ、新鮮だった」
フッ、と笑いながら、兄上は演劇の感想を口にする。
確かに、男が男に恋する展開は、かなり新鮮でしょうよ……!
周囲の反応は、かなり好意的だったのが恐ろしい。
「もしかしたら、お前がモデルかもしれんな?」
「いやですよ!僕もジャスパーも女性が好きです!」
まさか、世間からはそう見られていたのだろうか……。
「でも頑なに、ジャスパーは婚約者を作らなかったじゃないか」
「あの剣一筋の男が、婚約者なんか、作りたがると思います?」
「ふ、それもそうだな。悪かったな、揶揄って」
「そうですわ。ジャスパー様は、そんな方ではありませんわ」
兄上は、笑いながら謝罪する。ジェシカ嬢は僕の味方をしてくれる。
「それに、どちらかといえば、演劇の王子の性格は、マティ様に似ていましたわ」
「そうか?」
「え」
先程まで、自分は関係ない、と思っていたらしいアインが、声を上げる。
「そうだよね!主人公に対し、ちょっと強引だったし」
ジェシカ嬢に同意しつつ、僕は二人の様子を盗み見る。
アインは、あわあわしながら、何とか否定の言葉を探そうとしていた。
兄上は、そんなアインを見つめていた。その視線に、熱があったように、僕は感じた。




