記憶、追憶
王立温室庭園。
そこは、国内外から多くの花を集めた、美しい庭園だ。
二人掛けのベンチが、多く設置されている。
花も美しく咲き乱れ、レンガ畳の地面には、色とりどりの花びらが舞い散っている。
普段は人であふれているここも、貸し切りにしているので、誰もいない。
特に気を使う必要もなく、この色とりどりな庭園を巡っていた。
「あら?あれはバラですわね。――とても可愛らしいですわ」
ジェシカ様は、ピンクの花を見て、感激している。
バラと言えば、ワインレッドの、花弁の先が尖った八重咲きの花をイメージする。
しかし、この花は一重でパッと見ただけではバラだとわかる者は少ないだろう。
「そうだな。ジーク、お前はあの花が好きではなかったか?」
「覚えていたんですか、兄上!」
マティ様が指さすのは椿だ。セオドアでは、カメリアと呼ぶ。
ジーク様は、マティ様が自分の花の好みを覚えていたことが、かなり嬉しいようだ。
ジェシカ様や僕は知らなかったため、本当に幼い頃に言ったことなのだろう。
「当然だ。ジークは俺の弟だからな」
「ジーク様はカメリアがお好きですのね……」
「あまり知られていないがな」
「贈り物には向いていない花ですしね」
ジーク様は、眉尻を下げて、そう言った。
カメリアは、あまり日持ちがしない花だ。更に、花全体がボトッと落ちるように枯れるため、軍関係者や騎士、王侯貴族にはあまり好かれない花だ。
どうやら、首落ちを連想させるらしい。だから、贈り物にカメリアを避ける傾向がある。
「アインの好きな花はあれだろ」
「え……?どうして知って……?」
マティ様が指さした先にあるのは、木春菊。セオドアではマーガレットと呼ばれている花だ。
明るい、フリルの付いた花弁が、僕はない希望が満ち溢れている感じがするのだ。
しかし、そんなことは久遠にいた頃でさえ、ほとんど言わなかった。
だから僕がマーガレットを好きだと知っているのは、この花を贈ってくれた琥珀兄上と、一緒に離宮で暮らしていた要、そして雨影母上と氷雨母上くらいなのだ。
「――なんとなくだ、なんとなく。それに、他の花よりも熱心に見ていたしな」
「そ、そうだったのですね」
そうマティ様は、誤魔化すように言うが、僕は護衛の任務についているため、あまり花を楽しんではいない。
いくら貸し切りと言えど、刺客が現れないという道理はないのだ。
だが、無意識に見ていたのだろうか……?そんな気はなかった。
だが、恐らくそうなのだろう。マティ様は異能力者ではない。
心を読むという異能力がある、という事は知っているのだが、非異能力者であるマティ様には当てはまらない。
僕は、より一層護衛の任務に集中しよう、と気を引き締めなおした。
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温室庭園を巡った後は、王都の街並みを歩く。
普段は馬車の移動が多いため、マティ様やジーク様、ジェシカ様は王都を歩いたことが少ない筈だ。
たびたび店に入り、アクセサリーや小物を物色する。
笑顔の店員は、僕にも接客を始めたが、丁重に断る。
少しへこんでいたが、仕事中だ。仕方ない。
「――!」
「……?」
どこかで、叫ぶ声が聞こえた。僕は蝙蝠を飛ばし、その場を偵察すると、そこには近衛騎士たちに取り押さえられた、汚らしい身なりの男がいた。
その男の物だろう短剣を、騎士は慎重に持ち上げる。
「おい!放せ!俺はぁ……!俺はしなきゃならないんだよぉ!!放せぇ!!!」
男が喚くが、誰もその訴えに耳を貸さない。
すぐさま警邏が駆けつけ、男は連行されて行った。
すると、エドガーさんが僕に近づいてくる。僕は、その場に蝙蝠を残し、三人から少し離れた場所に移動した。
「先程、襲撃がありました」
「そのようですね。――警戒レベルはあげましょうか。できれば、僕の出番がない方が望ましいですから」
「そうですね。私の方から言っておきます」
「よろしくお願いします」
僕たちは手早く会話を済ませ、持ち場へと戻る。
そこには、新たな店員の接客を受けている三人がいた。
僕は蝙蝠の記憶を貰い、僕が不在中だった時に何があったのかを確認した。
特筆すべきことはなかったが、強いて言うならば、あの店員は接客にあまり慣れている感じではなかった。
所作が、どことなく同類を連想させる。それに、何かを隠し持っていそうな動きだ。
それも、ゼノフォンという前例があるため、断定はできないが……。
マティ様に、店員が怪しいと、合図を送る。それに対し、マティ様は一回瞬きをした。
これは了承の意だ。僕は、外側からくる刺客にも警戒する。
すると、今度は近衛騎士が、僕の方へと駆けてくる。
「あの、すみません。ここで失礼します」
「はい、どうしましたか?」
「あの店員、見たことがない顔です」
「――成程」
僕は、にこやかに商品をプレゼンしていた店員に近づく。
それを合図に、マティ様は自然とジーク様とジェシカ様を連れて、外に出た。
「――特に若い女性に大人気なんですよ!貴女様もぜひ、どうですか?」
「そうね……」
店員の言葉に迷った表情をするジェシカ様。
「ジェシカ。お前は一体どれだけ買うつもりだ。それにそろそろ昼だ。買い物は終いだ」
「え?マ、マティ様?私はまだ――」
ジェシカ様は、マティ様の言葉に戸惑ったような声を上げるが、マティ様はお構いなしだ。
「そう言って、それは7個目だろう。――ほら行くぞ、ジークもだ」
「あ、兄上?」
「飽きた」
「そうでしたか。それは気づけず、申し訳ございませんわ」
マティ様の一言に、ジェシカ様は笑ってマティ様に続いた。ジーク様は戸惑いつつも、そんな彼らについて行った。
「……」
「貴方、武器をお持ちですね?」
「え?」
僕がそう言うや否や、左手を捻り上げる。
男は呆気にとられたような声をした。袖に隠されたナイフが、床に落ちて甲高い音を鳴らした。
「確保!」
エドガーさんの、その掛け声とともに、店に一気に騎士たちが雪崩込む。
店員は、それにかなり慌てていた。
「ま、待ってください!私が何かしましたか!?」
「お前、ここの店員を殺して成り済ましただろう」
「……!」
エドガーさんの言葉に、店員は息をのんだ。
どうやら、本物の店員の死体を、見つけたらしい。先ほどの騎士の伝言は、それを知らせに来たのだ。
「では僕はこれで」
僕は、さっさとその場から立ち去る。
恐らく、この一連の襲撃は、第二王子派によるものだろう。その第二王子も近くにいるのだが。
古今東西、そういう話は尽きない。
「マティ様、確保いたしました」
「ご苦労」
僕は、小声でマティ様に報告をする。マティ様の声は、満足そうだった。
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ピンクのバラの花言葉「感謝」「温かい心」「幸福」
椿の花言葉「誇り」「控えめな優しさ」
マーガレット(木春菊)の花言葉「心に秘めた愛」「貴方を愛します」「信頼」「絶望」




