唯一の大切かもしれない存在
Side Jessica
「三つ目は何ですの?先程言っていた半身……?に関係がありますか?」
「ある、というよりそれそのものだな。彼岸には全員もれなく一人存在してるな」
また脱線した話を元に戻す。
今ここで、ジェシカが半身を知っているのは不自然だ。
アインはマティアスに身が焦がれる程の恋心を抱いてないし、そもそも私たちは魔族自体会ったことがない。
人族について、此岸と彼岸の見分け方なんて存在しないのに、半身という存在を知れる筈がない。
「ああ。先程出ていたな。つまり、アインにも貴様にも半身がいるということになるな」
マティアスも私と同意見のようだ。
「ああ、いるぜ?互いに半身が誰かも判ってる。けど、それを教えンのは、余程の信頼がないと無理だな。たとえ九星でも、簡単に殺せてしまう、要はアキレス腱だ」
「アキレス腱……」
そこまでとは思わなかった。マティアスが心なしか呆然として呟いている。
――マティアスはアインの半身。私たちが知っているアインは、動く人形のような状態だから、アインにも弱点があるなんて、意表を突かれたわ。しかもマティアスの場合、その弱点そのものだからこそ、なおさら驚いたでしょうね。
「いやー、時たま弱点にすらなれン半身もいるモンだからさ、別に気にしなくていいンじゃねェか?ほら、弱点になれン位想われてねェんだし」
マティアスが不安に思っていると思ったのか、マティアスを見ながらラースは語り出した。
「そういう奴は、基本的に呆れかえるほどのドクズだしな。
そもそも性癖ぴったりの奴にグッと来ねェ存在はいねェだろ?しかも、そいつは衝動を収めてくれる。両想いじゃねェと無理だけどな。どうやって嫌うってンだ?」
ラースはにかっと笑った。
まあ、話がわからないでもない。基本、半身は彼岸に愛される、という事だろう。
「俺たちにとってはさ、半身はこの世界の希望なんだ。彼岸の由来は、魔族の先祖が彼岸の者だったからだ」
「え……」
なんというか、知らない裏設定。私もマティアスも驚いて体が固まる。
「精霊が、創世から古代にかけての一億年のどこかで、彼岸の者を連れてきたのが、魔族の先祖。とは言っても、この世界にとって彼岸の者はあまりにも異物すぎたし、なんならこの世界は彼岸の者にとっては毒なんだ。魔清とか、聖水とかな」
精霊は、空想上の生物だ。別の世界に住んでいる、羽が生えている小人だ。日本での妖精と大した違いはない。
魔清や聖水の力は、その精霊の御力だとされているが、聖属性さえあれば誰でも作ることができる。
「ほう、だからアインは聖水を飲んで弱っていたのか」
マティアスが納得したように言った。
話の流れからして、確かにそうだ、と納得はできるが、いつの間にそんな大きそうなイベントが起きていたのかと驚く。
「ああ。だけど、彼岸の者は、聖水なンて、掛けられたら、一瞬で消えちまうンだぜ?存在ごと」
おどけるようにラースは言った。
……毒にも程があるでしょ。
「それを止めるために、精霊は彼岸の者の不文律を変えたンだ。この世界は等値交換が原則らしい。魔清、聖水に少しだけ耐えれる力と引き換えに、衝動を作った。彼岸の者が生きやすいように半身を作り、衝動を抑える鍵にした。そうしてできたのが彼岸の魔族なンだ」
「彼岸が先なのか。では此岸は後に出てきた存在になるな、勿体ぶらずに教えろ」
マティアスは傲岸不遜という言葉が似合うような態度で先を急かした。
「ヘイヘイ。少しはこの世界――此岸で生きやすくなったとはいえ、半身はこの世界でもたった一人の存在。その半身を探し出す前に、半身が死ンじまってたり、立場が違って敵対してたり、何なら既に家庭を持ってたりしてたンだ」
「それは……なんというか、悲惨だな」
「そうだろ?それで自殺した奴もいンだぜ?」
私は思わず息をのんでしまった。ラースの言い回しの苦々しさから、恐らく彼岸の者は無理やりこの世界連れてこられたのだろう。
その上、救済措置であるはずの半身に絶望する。私ならやってられない。
「だからこそ、彼岸は血を薄めれば、厄介な衝動も半身もなくなンのではないか、と考えたンだ。まあ、厄介だよな。個々人としては、半身がいれば幸せだけどさ」
「ああ、政治的な観点か」
マティアスが推察する。確かに、子供を政略結婚させるのに、どこの馬の骨とも知れない半身に乱されるのは嫌だろう。
「よく分かったな!俺は分からンかったぞ。
そこで、人族と交わってどんどん混血化して衝動や半身がなくなったのが、此岸の魔族だ。
彼岸は、先祖の特徴をそのまま引き継いでいるから、先祖返り、と呼ぶ奴もいる」
それが所謂此岸と彼岸の違い。彼岸は、この世ならざる存在。此岸は、この世の存在。ただ、それだけの違い。
「苦しみが多いこの世界を、かなり楽にしてくれる愛しい存在を、命をかけて守りたいのが彼岸の心理だ。そして半身が自分より圧倒的に弱い場合が多い。
だから、真っ先に半身が狙われる。それを、命を懸けて彼岸は守ろうとして、死ぬこともあるンだ。
それがアキレス腱と呼ばれるようになった理由だ」
そう言ってラースは話を締めくくる。確かにそれはアキレス腱だ。
ゲームのアインもマティアスにそういう想いを持っていたのだろうか?
真相を知る人物はいない。
知らなくてもいいことだろうが、あれは彼岸にとって悲劇の一例だったに違いない。
気になり始めると止まらない。未だにマティアスにもたれてる……と言うか瞳はそんなに蕩けてない?歩くR18禁になりかけていた色気が無くなっている。
「おい、起きたンだろ」
「……無視していい?」
アインって真面目キャラじゃなかったっけ?
「止めろ。俺が来た理由は他にもあンだよ。ほら、通信方法」
「僕が前に研究してたやつ?」
「それだ。あれを不完全ながらにミリアが組み立てたからさ、アインも参加しろ」
「術式は?――取り敢えず、回線は繋げれるのか」
アインはラースから魔法陣の書かれた紙を受け取ると、熟考し始めた。
「――へぇ。―――成程?――そう考えたのか。盲点だったな……。――――やっぱりこうがいいか。――うん、こうすれば……。――興味深いね。こうなるなんて……。―――ああ!そこでこれを応用しながら組み合わせるのか!―――――よし、これで……」
「どうなったんだ?」
「いつでもどこでも受信発信できるようになった。世界の果てでも届く。それと、態々声に出さなくてよくなった」
サクッと術式を改良したアインに驚く。それと同時にラースが虚空と会話していたのを思い出した。
――あれってそういう仕様だったのね……。
「声出さなくていいのか!?ミリアが、あれを改良するのは一番難しそうって言ってたンだが」
「そもそもの術式が違う。ラース兄さんに説明しても意味わかんないと思うし、多分ミリア姉さんでも二割理解出来たら上出来。
そもそもミリア姉さんが得意なのは、魔法理論学で、こっちは異能の力を使っているから、基本的に精霊学を使う。
教科書があるとはいえ、畑違いの魔法を組み立てれる時点で、ミリア姉さんはセンスがあるね」
アインが長文で褒めてる。ラースがウザい位にミリアと言う人を自慢していたのはそういうことだったのか。
「どうせ、ラース兄さんが自慢してたんだろうけど、そもそも精霊学研究している人もいないからね?それ分かってる?」
「ああ、お前11か。――凄いな?!」
「身近に精霊学があり過ぎて、マイナーなこと分かってなかったの……?」
「あったンだな!」
「「「……」」」
「ん?」
「僕たちの人体改造は精霊学がベースになってるんだよ……?」
アインは信じられないような目をラースに向ける。
嘘でしょこの鬼人分かってなかったの?と言うようにアインは両手で顔を覆っていた。
――私も分かるよ、その気持ち。




