殺す理由
僕が起きると、ヒュー兄さんが宝石を渡してきた。
「呪いの宝石を作ったから、これを暗殺に役立ててくれ。使い終わったら、必ず回収してほしい」
「分かった」
僕は、色とりどりなその宝石を、やや神妙に受け取り、慎重に亜空間収納にしまった。
エリック兄さんの件もあり、弱い呪いでも、侮ってはいけない。
ヒュー兄さんが言うには、本来の呪いは人の感情で育つらしい。
魔属性魔法の呪いは、ただの弱体化だとも。そこの細かい違いを、あまり詳しく理解できないものの、これは、魔法ではないらしいことは分かる。
これを使うかどうかは悩むが、少なくとも今は使うときではない。
まだ、ウィキッドとのつながりが確認できていない。
怪しげな連中が、もしかしたら、僕たちが考えるものと、全く違うのかもしれない。
そのことについては、トゥルクの追加情報を待つしかない。
ほどなくして、帰ってきたのはサージェント兄さんだった。
「どうだった?」
「うん、経過観察は順調……。何事もなければ、一週間以内に治ると思うよ」
セオドアで、医師のまねごとをしていたらしいサージェント兄さんは、にっこりと笑った。
「それにしても、ウィキッドか……。会ったことねーな」
「普通に生きてきて、会うことの方が珍しいでしょ。人間と混ざれないから、人間の国に潜入している者も少ない」
ヒュー兄さんがそんなことを呟き、僕はそれを肯定したものの、サージェント兄さんは首を横に振った。
「ヒュー、魔法祭でステージに侵入したのが、ウィキッドでしょ?緑髪と紫髪。僕たちは、観客たちの流れに逆らえずに逃げちゃったけど」
「あそこで、入ってくる方が困ったよ。僕たちの関係が、あの場にいた全員にばれる」
「アインの味方なら、いいんじゃねーの?」
不思議そうにするヒュー兄さんに、僕は肩をすくめた。
「うーん、多分、マティ様は僕の味方じゃないように思えるんだよね……」
「あの王太子サマか」
「うん。なんだか、裏で動いているような感じがするんだ」
「そんなの、分からないもんなのか?」
僕の返答に、ヒュー兄さんが不思議そうにする。
確かに、蝙蝠を張り巡らせているのだから、動きが分からない、という事はない筈だ。
「終夜が僕の蝙蝠を手当たり次第に潰すから、変に蝙蝠を放てないんだよ……」
「金華の放蕩息子か……」
苦々しげにつぶやくヒュー兄さん。そんなヒュー兄さんに、サージェント兄さんは苦笑いだった。
「金華なんか嫌いだ。あそこの血を引く悪魔は、全員狂ってるだろ」
「終夜はかなりマシだよ」
「それでも、天使が好きなんだろ?性癖が歪んでる」
「そこまで言わなくとも……」
確かに天夜を襲った終夜には、本当に引いたが。
それにかなりの少年趣味……。
時雨兄上と同じ312歳なのに、265歳年下の天夜に手を出した。時雨兄上と仲が良かったから、僕も会ったことがあるのだが、あれ以来、セオドアで出会うまで、僕は終夜と連絡を取っていなかった。
単純に僕は、天夜と11歳しか違わないのだ。今まで感じなかった恐怖を、幼い僕は終夜に感じた。
「ああ、そうか。当時、そんなうわさも流れたな」
「えぇ、ショタコン……」
「人間に例えるなら、60歳の爺さんが、20歳の若妻を得ることは、別におかしくもなんともないだろ?」
「貴族なら、後妻とか、よくあることだよね」
うんうん、とサージェント兄さんは頷いていた。
「じゃあ、この二人の年齢を、15年前にしたら、犯罪になるよな?」
「45歳の男が5歳児にご執心……。ちょっと仲良くしたくないなぁ」
「アインにも、ちょっと色を見せてたから、4歳児にも気がある、かな?」
「……。ヒューが金華を嫌う理由がよくわかったよ」
うん、僕も嫌い。これが一番マシなんだもの。
「ただいま戻りやした!――お三人方、一体何を話していたんで?」
トゥルクは三人で向かい合っている僕たちを見て、不思議そうにしていた。
「ただの雑談だよ。ところで、何か新しい情報が?」
「えぇ、どうやら、青色の髪の男と、茶色の髪の女が、王族に会っていたようでさぁ」
「青色の髪の男と、茶色の髪の女……」
思わず、一瞬テンを思い浮かべてしまったが、違うだろう。
「他に詳しい情報は?」
「そうですねぇ……。女の髪は短くて、二人とも妙に言葉がたどたどしかったらしいんでさぁ。なんつーか、人間の喋りに慣れてねぇ感じで……。ちょいと、魔物じみてたらしいでっせ」
記憶をたどるように、トゥルクは言った。
僕は、魔物という言葉に引っかかりを覚え、トゥルクに疑問をぶつけることにした。
「その調査員に、会うことはできる?」
「もちろんでさぁ!いつにしやす?」
「いつでもいいよ」
「承知しやした!」
そう言って、トゥルクはまた出かけて行った。
そんなにすぐに行かなくても、と思ったが、止めはしなかった。
確かに、その調査員に急遽知りたいことができたからだったからだ。
「今日も張るのか?」
「うーん、結果次第だね」
「ノアの指令はどうするの?」
「やる予定だけど……。ウィキッドと関係ないなら、どうしようかな……。理由もなしに殺すのはまずいし。違法奴隷とかを見つけるしかないね」
僕は、できればすぐにこの国から出たいと思った。
しかし、いくら情報を買っても、この王族を殺すに足る理由が存在しない。
不平不満は聞こえてくるが。でも、別に特別非道という訳でもない。
ロースタスの方がやっていることがまずいしね。
ステラとしても、久遠としても、別にポガチョスがこのままでも別に問題はない。
獣人にとってはたまらないかもしれないが。
「蝙蝠でも忍ばせるか……。色々と、知られたくない腹の内がありそうだし」
「それが一番だな。なんで昨日しなかったんだ?」
「やったけど、特になかったんだよ」
まだ蝙蝠が、深くまで潜っていなかったのもある。
「何か……横領とか、獣人を使った国際法すれすれの行為とか、それを掴めれば、正当な理由ができるんだけど……」
僕はそう言って、亜空間収納にしまった宝石を思い出していた。
――何が正当性だ。昔は、殺せ、と言われたら、相手が誰であっても殺したのに。
なんとなく、思考が投げやりなっていくのを感じつつ、呪いの宝石の使い方を考えていた。
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