生まれ故郷
Side Kaname
「そンなに警戒すンなって!」
ラースは豪快に笑うが、普通に考えて、ここで人と会うことがあり得ないのだが。
「ここ、俺の生まれ故郷。またゴブリンどもが住み着いたらしくてな。――まあ、アンタが全部やってくれたみてェだけどな!」
「ああ。――故郷がゴブリンに占拠されたのか……」
「ン?ああ、違う違う。俺、ゴブリンの突然変異ってヤツなンだ」
「ああ、成程……」
俺は、ラースの言葉に納得した。
彼岸は、魔物から生まれる場合がある。
彼岸によって、どんな魔物から生まれるのか、違うのだが、鬼人はゴブリンから生まれることがある。
「へえ、深く聞かないンだな」
「俺は吸血鬼なもんでね。彼岸については、ある程度知っている」
最も、ラースも知っていそうな素振りだが。
にしても、魔物から生まれたのか。とんでもなく珍しいな。
久遠が、そういう魔族を減らすために、色々とやっているだろうに。
「なら、ここを潰すのは……」
「別に問題ねェぜ?俺、ここから出る時、ゴブリン集落のゴブリン、皆殺しにしたンだ」
けろっとしているラースの言葉に、嘘はないのだろう。
にしても見事に皆殺しだなァ、と周囲を観察するラース。
変に怒りを買わずに、俺はほっとしていた。
「アンタ、そう言えば吸血鬼だったンだな」
「あ、ああ。そうだが……」
「とんでもねェ怪力だな!俺の知り合いの吸血鬼は、鍛えすぎると飛べなくなる、と言って、筋肉あンまり鍛えねェんだよ」
確かに、俺のような吸血鬼は珍しいだろう。
吸血鬼の翼は、そんなに重いものを運べない。
だから、吸血鬼は細身の者が多い。当然、月影も戦っている割には細い。
「俺は人狼の血が入っているから、空を飛べる利点を手放しても、問題ないんだ」
「ああ、成程な!」
にっこり笑うラースに、すっかり俺は毒気が抜かれていた。
「結構残ってンなァ……。元々あった、廃墟化した家を使ったンだな」
「懐かしいか?」
「どうなンだろうな。もう、俺は九星の一員だからな。いくら、ここで過ごした時間が長くとも、俺はここから出ることを選んだしな」
「そうか……」
俺は、表面で何でもないように取り繕っていたが、思わぬところで、思わぬ名前を聞き、動揺していた。
九星は、月影が作った天才の部隊。
つまり、ラースは“終焉の狂戦士”だろう。鬼人の彼岸の力的にも。
それは、確かに俺は足元にも及ばないだろう。だが、まさか九星の一人が、ゴブリン村出身とは、流石に予想もつかなかった。
俺は、月影がやっていた研究や、月影がしばらくオケディアに滞在していたこと、月影がアインという名で、九星の一員であることしか知らない。
月影は、最も力を持つ組織を、自分のために使わない訳がない。
だからこそ、月影の自殺防止策の中に、九星を組み込まなかった。
果たして、目の前の男は情に厚いのだろうか……。
まあ、少なくとも、こんな血生臭い空気の中で、笑っていられる図太さを持つ理由は分かったのだが……。
「あんたは、どうしてここに来たンだ?」
「――指名依頼で、ここの調査を依頼されたんだ。ゴブリンがいるなら、討伐しろ、という追加オプションも付けて」
一瞬、言っていいものか逡巡を巡らした。
しかし、問題ないだろう、と考え、結局言うことにした。
「――アンタ、佐倉要か?」
「は……?」
一瞬で本名を突き止められ、何の反応も返すことができなかった。
しかし、それが認めているも同然だという事に考え付き、俺は何か反応を返さなければ、と思うが、焦りが先行して、結局何も言えない。
「悪ィ、俺、アインの正体を知ってる」
「……そんな訳ないだろ」
「いーや、知ってる。なンとなく、ピンときたンだ」
ラースの言った内容に、俺はなんだか納得してしまった。
野生児の野生の勘は、時々、かなり鋭いからだ。
恐らく月影も、突然そんなことを言われて、面食らったんだろうな、と思った。
いかにも馬鹿そうなのに、侮ることができない程の聡明さがある。
本当に、油断できないな。
「そもそも、ここ知ってンの、かなり限られてンのに、更にここの調査なんて、アイツ以外誰もしようとも考えねェだろうな」
「ここ、そんなに特別な土地なのか?」
俺は、ラースに気になったことを訊ねた。
「別に?」
「はあ?」
短く返答された言葉に、俺は思わず呆気に取られている。
「ただ、俺の出身地なだけ。ただ、アインにとって、別の価値があるのかもな」
「はあ、こんなんで指名依頼達成でいいものなのか……」
「いいンじゃねェか?」
「そんな楽観的な……」
軽いラースに、俺は頭を抱えた。
そんな俺を見かねたのか、ラースがとあることを提案してきた。
「なンなら聞くか?」
「は?聞く?」
「おう!九星は、テレパシーが使えるンだ!」
それ、言っていいやつか……?
俺は、口に出さずとも、そんなことを考えた。
ラースは、俺の返答を待たず、どうやらテレパシーで月影に聞いている。
笑ったり、しょげたり、くるくる変わる表情を見て、月影と会話しているラースを待った。
「怒られた」
「だろうな」
思い切りしょげてたしな。
「あと、いいって。そのままギルドに報告してくれ、って言ってたぜ!」
「ありがとう」
「これくらいなら、お安い御用だぜ!」
ニッ、と笑うラースは、いい人物なのだろう。
ただ、秘密を守るのは苦手そうだ。
俺はそんなことを考えつつ、ラースと共に帰路につくことにした。
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