ないものねだり
ちょっとしたトラブルはあったものの、無事貧民街から外に出た。
「まず何するの?」
サージェント兄さんが語り掛ける。僕は、トゥルクの方を見て言った。
「いい宿知ってる?防犯がしっかりしている、貴族御用達の宿」
「もちろんでさぁ!ささ、こちらですぜ」
そう言って、トゥルクは歩を進めようとしたが、僕は待ったをかけた。
「どうしたんでっせ、月影様」
「その恰好で行くの?服装規定があるのに、そんな恰好で行けば、間違いなく門前払いだよ?」
「あ、そうでございやした。どうしやしょうかね?」
トゥルクの質問に、僕は二着の豪華な服を亜空間から取り出す。
「これに着替えよう。――その服はあげるよ。ただ、トゥルクの分は仕立ててないから、まず行くのは服屋だね。仕立て屋じゃあ、時間がかかりすぎるから」
そう言って、服を受け取ったサージェント兄さんとヒュー兄さんはおっかなびっくりその服を抱えた。
「いいんですかい?」
僕は、その問いに静かに頷いた。
そもそも、僕たちが止まる宿に自由に出入りできなければ、僕たちも困るからだ。
金もあるし、必要経費だろう。
「というか、俺たちも仕立て屋に言った記憶がないんだが?」
ヒュー兄さんが怪訝な表情をする。
「それは、僕が事前に調べておいたから、大丈夫だよ」
「こっわ。流石と言えばいいのか、普通に気持ち悪いと言えばいいのか」
「いつか使えるかも、と思ってね。案外早めに使える機会が来てよかったよ」
「つまり知ったのは最近……!?」
ヒュー兄さんの顔色が悪くなるが、単純にそれは僕の目測だ。本人たちが知らないことを、僕が気づかれずに知れる訳がない。
まあ、一応ちょっと大きめに伝えているから、多少は余るだろうが、大丈夫だろう。
「服屋で着替えるか。――なあ、お前はどうなんだ?まさか――」
「僕のは、いい生地が使われている服だからね。これだけでも、服装規定は軽くクリアしているよ」
「いいなあ、学生は」
「その分、学費はものすごく高いでしょ」
「冒険者じゃなければ、そしてサティが特待生じゃなければ、とても払うことはできませんでした」
サージェント兄さんは、どこか遠くを見ているが、別に学費免除がなくても、全く払えなかった訳でもないだろうに。
「でも、制服でいつまでもうろつくことはできないから、僕も一緒に着替えるけれどね」
僕はそう言った。
この制服は、何故かマティ様が入学の際に、仕立てるよう指示した、今の僕にとってはぴったりな制服だ。
今の僕の身長は180cm近くある。普段の身長が、170cm足らずなため、この服を普段使いするには大きすぎる。
たまに、マティ様が未来が見えているのではないか、と錯覚することがあるのだが、本当に不思議だ。
ただ、僕は本来180cmと少しあるので、たぶん未来を見透かしてる訳ではないのだろう。
僕たちは、服屋についた。戦闘にいた、服装規定を満たしていないトゥルクに、店員は顔をしかめたものの、すぐ後ろにいた僕を見つけ、顔に笑みを張り付けなおした。
「いかがいたしましたか、お客様!」
猫なで声の店員に、僕はトゥルクに似合う服を何着か見繕ってほしい、と言った。
そんな僕に、トゥルクは遠慮していたが、僕は無理やり受け取らせた。
店員は、サージェント兄さんやヒュー兄さんの方をちらちらと見ていたが、着替えれる場所を探している、と言うと、すぐに案内をしてくれた。
僕も一緒にそこに入り、着替える。
「和装じゃないんだな」
「そうなると、必然的にヒュー兄さんが主人になるよ?僕、久遠から逃げ回っているから」
藪蛇になってはいけないため、久遠のことに関しては、調べていないのだが、恐らく兄弟の誰かから、追手が出ているだろう。
多分、仕事の詰まり具合や、関係値的にも、琥珀兄上が有力じゃないかと思う。
時雨兄上や、梅姉上、雪影兄上や御影姉上は、いつ会っても忙しそうだったし、かと言って、琥珀兄上以外と、そこまで親しかった訳でもない。
皆、僕を嫌っているか、無関心か。
それに、琥珀兄上は、僕を本気では探さないだろう。
だって、僕が見つかってしまったら、年齢的にも、権力争いが勃発する。
だから僕だって、見つからない努力はすべきだと思う。――本当は、一か所にとどまることがいけないとはわかっている。
早く、邪神を倒さなければ。
だが、その前に目の前の仕事をこなさなくてはならない。
未来が見えるノア兄さんの言う事だ、きっと邪神討伐に繋がる。そう、信じて。
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「うおっ、皆さん格好いいじゃねぇすか」
「そうかな」
「うわー、慣れない」
「和装なら慣れてたんだがな……」
しきりに自分の姿を見る二人に、僕は苦笑する。
「トゥルクも、似合ってるね」
「へへっ、そうですかい?」
僕の言葉に、トゥルクは照れた。
チーター獣人らしく、童顔で可愛く見られるらしい。
よく、オルファにいじられているのだとか。
僕も、似たような悩みがあるため、気持ちは痛いほどよくわかった。
僕は若干女顔だ。女性に間違われることはない。ただ、もうちょっと雪影兄上に似ていたらな、と思った。
僕には、妖狐と雪女の血が入っている。
対する要は、人狼の血が入っているらしく、顔立ちも精悍だ。
いいな、と昔要を羨んだら、微妙な顔をされたのを覚えている。
ちなみに、トゥルクとそんな話をしていたら、ヒュー兄さんが、美形のないものねだり程鬱陶しいものはない、と文句を言ってきた。




