蛇とチーター
「それは、ちょっと舐めすぎじゃないかい?」
僕の微笑みにぼうっとしていた女性は、頭を振って顔をしかめた。
「そうは思わないけどね。ほら、金貨って国によって価値が全く違うし」
そう言って、懐から金貨一枚を取り出し、投げ渡す。
「――へえ?あんたたち、一体どっから来たんだい?こんな高純度な金、この国じゃ、手に入らない代物だねぇ」
「それはあげるよ。で、どうする?この国の情報全てで、その高純度の金貨百枚と、僕と知り合いになれる。安いと思わない?」
僕は両腕を大仰しく広げる。
「それはまた、随分と自信満々だねぇ?」
「僕の場合、金では動かないからね。あと、情報でも」
専属護衛の給料でも、かなりもらっているのに、ステラでは九星としての給料と、そもそも持ち出していたお金と。――いや、持ち出し分はもうそろそろ尽きそうか。
それに、学費は自分で払っていないし、屋敷の維持費は、そもそもまだ書類上では僕の持ち物ではない。だから払う必要がない。
生活費も、僕持ちではない時点で、かなり優遇されているだろう。
そして、大体の情報は、僕自身で探れるため、欲しくなったら自分で探る。
今は、さっさとノア兄さんの指令を終わらせたいだけだ。
僕の発言に少し考えこみ、そして彼女は言った。
「――あんた、まさか同業者かい?」
「さあ、どうだろう?」
そんなこと、教えてやる義理はない。
「はあ、まあいいさ。トゥルク!あんたがついてやんな!」
「了解しました!姐さん!」
僕たちをここに連れてきた物乞い男――トゥルクが、勢いよく返事をした。
「改めまして、あっしのことはトゥルクと呼んでくだせぇ」
「じゃあ君に試験だ。僕が誰かわかる?」
早速、トゥルクの腕を図ることにした。僕は、顔の大部分を覆っていたぼろ布をどかす。
そして、翼も生やした。
「もしわからなければ……?」
「担当替えかな?」
「姐さん!」
「落ち着け、そんなに難しいものでもない筈だよ。まあ、極度の自惚れ屋でもない限りはねぇ?」
女性がおもしろいものを見るかのような目をしている。どうやら、僕の正体に気づいたようだ。
「ええっと、その翼に鋭い犬歯は蝙蝠族の特徴で……。あれ?でも蝙蝠族の髪は紫で、黒はいなかった筈……」
「おい……お前は何を考えているんだ」
「どうせすぐばれるし、ここに僕がいたことは、僕を知っている人物しか知らないよ?」
「だからってな……」
ヒュー兄さんが渋い顔をした。僕がここで正体を明かすのに、気が進まないのだろう。
「ええっと、黒い蝙蝠族……黒い蝙蝠族……」
「あんた、そんなに馬鹿だったかい?あたしゃそんなうつけに育てた気はないよ!」
「ええっと……蝙蝠……あ、吸血鬼?」
ようやく気付いたらしい。ハッとした顔をしたトゥルクだが、まだまだだ。
「なかなかばれないものなんだね」
「蝙蝠族=吸血鬼だったのか?それ、何のために魔族と獣人に分かれてるんだよ……」
ヒュー兄さんがそうぼやくが、流石に蝙蝠獣人ならわかるだろう。吸血鬼はそこまで獣人らしさはない。
「黒髪の吸血鬼……いそうで……」
「あんた……。黒髪と言えば、そもそも二人しかいないだろう……?」
「あ!皇月影!!」
「担当を変えたければ、いつでも言いな」
「一応正解したので、変えないでおくよ」
僕はにっこり笑って言った。
「あ、だからなんだ」
不意に、サージェント兄さんが何かに納得した。
多分、サージェント兄さんが言いたいのは、僕の身長についてだろう。
魔族は、子供の間、身長をいじることができる。
とは言っても、縮める方向にしか身長をいじることができないので、本体の身長より高くなるのは不可能だ。
だから僕は、僕が十三歳だった時の身長を基にしている。
この時、僕の身長はラース兄さんを超えたくらいだった。
最大は180あるリズ姉さんといい勝負をしている。ちなみに、今僕もそれくらいある。
そして、サージェント兄さんも意外と背が高いため、ようやく170くらいのヒュー兄さんが一番小さいのだ。
「俺は普通、俺は普通……」
「じゃあ行こうか」
僕は、女性に金貨百枚が入った袋を渡し、三人に声をかけた。
「あたしの名前はいいかい?」
「では一応」
「あたしの名はオルファ。蛇の獣人さ。そこのトゥルクはチーターだ」
「ちょ、姐さ~ん」
トゥルクは勝手にばらされ、焦ったようだった。
僕たちの視線を受けて、自分もぼろ布を取る。そこには、確かにチーターの耳が鎮座していた。
「あたしの特徴は、服に隠れちまってねぇ。よく人間と間違われるのさ」
見るかい?というオルファに、僕は片手で拒否した。
「僕は羊獣人のサージェント」
「俺はヒュー。……此岸だ」
「魔族が二人も!こりゃいいことあるなぁ」
トゥルクが、僕たちに向かって、両手を擦り編ませながら拝み始めた。
「この国は魔族がいないからねぇ。人間の国でも、魔族はいないだろう?だから、一か所に二人いるなんざ、とんでもないことなんだよ」
「それもそうか」
オルファからの説明に、僕たちは納得した。
そして僕たちは、未だに拝んでくるトゥルクを伴って、骨董品店から出ることにした。




