情報屋
「それにしても、よくあの王子様がお前の遠出を許したよな」
「え?」
ヒュー兄さんの言葉に、僕は驚く。
「会ったことあったっけ?」
「いやっ!ほ、ほらサティが言ってたんだよ、王子様とアインはいつも仲良しって」
「そう……?」
「そう!」
物凄く必死だった気が……。
サージェント兄さんがあまりにも必死に誤魔化すものだから、僕はあまり追求しないようにした。
ところで……なんでマティ様はわざわざ九星でもない、表向きはただの一般人な三人を訪ねたんだろう?
ただ、そんなことを考えても仕方ない。
できるだけこの旅を短縮させたい。
僕は、ポガチョスへの道を急いだ。
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――二日後。
あまり長旅に慣れていない二人を気遣ったのと、ステラよりも遠かったので、二日かかった。
ちなみに、文句たらたらなヒュー兄さんのために、一日目は街の中に入り、宿に泊まった。
二日目は野宿だったが、どうやら僕の料理はお眼鏡にかなったようだ。
シャンメルの下で、料理を学ぶのは、かなりきつかったが、今役立っているのが嬉しい。
ポガチョスに入る前、僕は蝙蝠の獣人に成りすまし、ヒュー兄さんはうさぎ獣人の変装をした。
サージェント兄さんは元々羊獣人だから、変装はしない。
「何でおれはうさぎなんだ……!」
「だって、草食系獣人と肉食系獣人は仲が悪いからね」
「お前は?」
「肉食系だね」
「おい」
すぐに前言を裏切る僕に、ヒュー兄さんが反応する。
「蝙蝠は、草食系もいるから、大丈夫だよ」
サージェント兄さんが追加説明する。
「そうなのか。それで、俺たちはこれから何をするんだ?」
「まずは、貧民街に行こうかな。ここで、感染症が流行った可能性があるからね。となると、一番その感染症の被害を受けているのが、貧民街だよ。それに、情報屋はこういうところにいる、という相場があるから」
だからこれ、と僕はぼろ布を差し出した。それに対し、ヒュー兄さんはとても嫌そうな顔をしたが、僕は無視した。
「……………………これを着ない、という選択肢は?」
「うーん、最悪身ぐるみはがされて殺されてもいいのなら……」
「そうだよな……」
ヒュー兄さんは、案外綺麗好きらしい。
でも、ぼろ布に慣れていた方が、戦場でも目立たないし、貧民街にも潜入できるから、ぜひとも今回の経験を機に、慣れていってほしい。
「うぅ……」
僕が差し出した布を纏ったヒュー兄さんは顔をしかめた。
ヒュー兄さんは魔族なのだが、もしかしたら久遠でそこそこ地位が高かったのかもしれない。
「あと、何も話さず、周囲も見ないでね。謎の三人組を演出するんだ」
「それはどうして?」
「だって、いきなり、食い詰めた貧民の振りをしろ、って言われたところで、難しいでしょ?」
「ああ」
ヒュー兄さんが自信満々に言う。素直だ。
「だから、お忍びの三人組。貧民から距離は取られるけれど、ただ者じゃない雰囲気を出せば、スリとかに狙われることはないし、情報屋からも情報を買いやすい」
「情報は買うんだ」
「そうだね。自分で集めることもできるけど、買った方が手っ取り早いし、そもそも貧民街は常に何かしらの感染症が漂っているし、治安も最悪。できれば、あまり近寄りたくないね」
「それもそうか」
納得してくれたらしい。
これからの動きも打合せして、僕たちは貧民街へと、足を踏み入れた。
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「くっさ……」
「そういうこと言わないの」
「俺、人狼の血が混ざってるんだよ……。だからにおいに敏感なんだよ……」
ヒュー兄さんがげんなりしたように言う。
確かに、それは大変そうだ。
「ねえ、情報屋の場所は分かるの?」
「全く?」
「え?」
まさかの僕の回答に、サージェント兄さんが驚く。
「でも、見たらなんとなくわかるよ」
「そうなんだ……」
サージェント兄さんは、僕の言葉に頷くしかない、という感じだ。
こういう貧民街にある情報屋は、基本的にお香がたかれている。
それと、見張りもいる筈だ。
やけに鋭い視線を送る浮浪者が、情報屋を見つける目印だ。
「金……金を恵んでくだせぇ……」
少し、貧民街を奥に進んだ時のことだった。
今まで見た浮浪者よりも、ずっと汚らしい浮浪者が、両手を必死に差し出している。
ハエが飛んでいるその浮浪者に、ヒュー兄さんは顔をしかめていた。
「えっと……」
「これくらいでいいかな?」
僕は、サージェント兄さんの前に立ち、物乞いに小銀貨を渡した。
銅貨では安すぎるが、金貨や銀貨では高すぎる。
じっと手の中の銀貨を見て、物乞いはニヤッと笑った。
「兄ちゃんいい目をしてんじゃねぇか……。ほら、こっちだ」
「え?」
「ん?なんだ?そういうことじゃねぇです?」
「そういうことだよ。ただ、ちょっと説明してなかっただけ」
「ふーん、じゃ、ついて来てくだせぇ」
僕たちは、その浮浪者についていった。ずんずん裏路地へ進む浮浪者についていくと、段々とガラの悪い街並みになっていく。
「こ、これは……」
「こういうところに、情報屋はあるんですぜ?知らねぇです?」
「……」
サージェント兄さんは、口をつぐむしかなさそうだった。
僕たちは、その後特に口を利くこともなく、そのまま情報屋へと入っていった。
「んん?なんだい、騒々しいねぇ」
ボロボロな骨董品店。骨董品に囲まれ、奥で煙管を吸う一人の若い女性がいた。
「客ですぜ、姐さん」
「客?なら却下だ。あたしゃ、もう客を取る気はないよ」
「でも姐さん……!」
2人の会話を中断させるためにも、僕は人差し指を立てた。
「なんだい?金貨一枚で売れる情報はないよ!」
「なにを言ってるの?」
「まさか、金貨十枚かい?足元みられちゃぁ……」
「そちらこそ、侮らないでもらえるかな。金貨100枚だよ」
「は……?」
女性は、呆気にとられたかのように、口を開いて固まっていた。
ちなみに、金貨百枚あれば、それなりに豪華な屋敷が王都に建つ。
要の家は、金貨六十枚相当の家だが、それは割と大きい家が、郊外に建っているからだ。
「だから、この国の情報、些細なものでも全て貰えるかな?」
僕はにっこり笑ってそう言った。
初めてまともに僕の顔を見たらしい彼女の顔は、ほんのり赤くなっていた。




