彼の願いを無視するには
Side Sergent
アインが帰る。調査旅行についていきたがったヒューは、ただじっと、その背中を眺めているだけだった……。
「ヒュー、どうしてついてくることにしたの?」
「ああ、一応な。テンやサージが気にすることはない」
「……もしかして、呪いの件?」
ヒューは、基本的に他人に頓着しない。それはアイン――月影にも同じで、だから月影は自分の味方に引き入れたのだろう。
九星側にするには、あまりにもノイズすぎる。
月影がやりたいこと。恐らく、彼は九星から冷静さを奪ってから、やり遂げるつもりだ。
しかし、それをするには、ヒューの他人への興味のなさがネックになる。
あとは、単純にヒューに自分を延命させたいだけか。
命を蝕む呪い。ヒューがいなければ、月影は志半ばで倒れることになっていただろう。
「……あの呪いは、本来は何の効力もない。外見にも、全く影響を及ぼさない、要はゴミだ」
「ゴミ?」
「そんな訳……」
テンと僕はヒューの説明を信じられなかった。
彼岸の始祖。この世で、最も強いとされる生き物を殺す呪い。そんな呪いが、まさかゴミ呼ばわりさせるものな訳がない。
「あれは、発動条件が厳しいんだよ。まず、あの呪いの効果は夢見を悪くするだけ。そして、その悪夢は、実体験を基にすること」
「……なんだか、効果がしょぼい?」
案外、なんてことない呪いだ。
でも、あんなに月影が苦しがっていた。多分、それだけじゃないんだろうけど……。
「まあ、効果がシンプルな分、絶対に解けないようにする仕掛けも作れるし、改造もできる。だから、月影にかけられた呪いは、正しくは夢見を悪くし、その被術者のストレスがそのまま毒となり、被術者を侵す」
「それ、かなり強力な呪いじゃないか……!」
ヒューの言葉に、僕は驚く。
つまり月影は、呪いの毒によって、苦しんでいたという訳か!
「どこが?」
ヒューはなんてことない風に言う。
「ストレスを感じると、毒になるって……」
僕はうろたえながらそう言うが、ヒューは首を振った。
「そもそも、悪夢以外のストレスは、一切呪いの対象にはならない上、呪いによってもたらされている訳でもない悪夢も、呪いの対象にはならない。そして、そもそもトラウマになる実体験がない限り、呪いは悪夢をもたらさない」
「それって……」
「普通に暮らしていれば、そもそも呪われてることに、本人も、周囲も気づかない、そんなやるだけで無意味な呪いだよ、これはな」
つまり、月影が苦しんでいるという事は、そういう訳で……。
「だから、魔族が成人まで持たない、というのもおかしな話だ。本当なら、ずっと付きっ切りで見た方がいいんだろうが、そういう訳にもいかない。だから、俺は一緒に行く。呪いがどれだけ進んでんのか、分かんないしな」
そう言うヒューは、どこか悲しげに見えた。
自分では、月影を救えない。それを、誰よりも知っているからだろう。
あの男がこの家に訪れて、僕たちは邪神について探った。しかし、邪神についての情報が表に出回っている訳でもなく、そして情報屋は、そもそも邪神の存在については知らないらしかった。
しかし、あそこなら知っているかも、と言われ、出された名前は、ペスケ・ビアンケ。ギルド員不明の情報屋ギルド。どうやら、そのギルドに加入するには、かなり厳しい条件をクリアする必要があるらしい。
そのためか、彼らの腕はピカイチで、どんな情報も集まる――という噂がある。
ペスケ・ビアンケに依頼するには、合言葉が必要らしく、完全紹介制。
僕たちは、その伝を一切持っていない。
恐らく持っていそうな人はいるが、彼に知られずに動きたいため、実質ないに等しいのだ。
「この方法を、どうにかして、九星に伝えたいが、まあ無理だろうな。それに、九星に伝えたところで、実行してくれるかも怪しい」
「アインが月影だという事を、知られたら、呪いは絶対に解呪して貰えないだろうね……」
「だから、嫌われる、ように、振舞ってる」
テンの言う通りだ。恐らく、邪神討伐の時に最も強いのが、九星になる。
月影を救いたい僕たちにとって、誰が障壁になるか。月影は、それも考えて動いている。
「誰も彼もが自分の目的のために動いているからな、色んな思想がごっちゃになってる」
「ノアの思惑もわからない以上、協力を気軽に申し出る訳にもいかないしな」
正直、九星を完全な味方と認定する訳にはいかないだろう。
そしてあの男。あの男の言葉通り、月影を救済してもいいのだろうか。
月影が自死を望むのは、それなりの理由がある。それを全て無碍にして、結果どんなことが起こるのか。
そして、僕たちはそれに対し、責任が持てるのか。
救いたい、という気持ちだけが先行して、本人の意思もすべて無視して、そして世界が滅んでしまったら。
考えたくもない。僕たちには、ノアのような力はない。
まだ、僕たちには情報が足りない。一体何が最善の未来なのか。いい加減、サティという英雄の卵のお守りだけではなく、世界を見て回って、情報を集め、自分たちなりの答えを得なければならない。
月影の意思を無視してもいいと、自分たちが思えるだけの根拠。ただ僕たちは、それが欲しい。




