協力要請
色々と、生徒会の仕事に奔走していたり、要とフィンレーが細部を調整したりをしていたりしている間に、時間は飛ぶように過ぎていった。
聖夜祭が終わって一週間経てば、一月程度の長期休暇が訪れる。
スーさんにも話は通して、ペスケ・ビアンケに護衛の依頼を出した。
要という、A級冒険者という名の武力がいなくなる以上、変なことを考える輩がいないとも限らない。
そのための対策なのだ。
スーさんは元踊り子で、かなり人気だったらしい。その美貌と、卓越した踊りの技術で、観客たちの心を鷲掴みしたのだとか。
そんなスーさんは、とある有名な旅芸人の一団に所属していた。そこは、久遠にも来国できるほどの有力な一団だった。
その久遠で出会ったのが要だ。
どうやら二人は一目見た途端、恋に落ちたらしい。しかし、要は僕という婚約者もいたし、何より最近没落気味だった実家からは、皇の血を引く吸血鬼を娶ることを、再三求められていた。
それは、一族に生まれる此岸の数が、他家と比べて圧倒的に多いことからの焦燥感に過ぎなかった。
だからこそ、その佐倉家次期当主の要と、人間で爵位もないどこの馬の骨とも知らない踊り子。
この二人の結婚は、認められなかった。
確かに、一夫多妻だとしても、必ず偏りが出る。それどころか、スーさんは要の半身だから、要は僕を放っておいてスーさんに夢中になる筈だ。
そう、佐倉家の連中は考えたらしい。
それは、僕も同じ見解ではあるものの、結局要はスーさんと駆け落ちした。僕に、何も言わずに。
当時、佐倉家がかなり荒れた。ただその時にはもう既に、僕は自分で自分を守る術を得ていたし、皇としては、最初から僕と要を結婚させるつもりはなかったらしい。
いくら要と僕が乳兄弟で知己の関係だったとしても、かなり渋っていた。結局、僕たちの婚約が成立したのは、唯一僕が家族以外に懐いていたのと、ちょっと特殊な吸血鬼だったからだ。
特殊と言っても、元々戦闘についての才能があっただけだ。その年齢でかなり強かったし、吸血鬼の空を飛べる特性を捨てたとしても、関係なかったという、稀有な吸血鬼。それが、要だ。
だから、たぶんA級冒険者よりも実力はあるし、元々森だったところを開拓して、家も自分で建てた要は、本当に同年齢なのか疑いたくなるくらいにしっかりしている。
だからこそ、要に任せていれば、ほとんどのことは何とかなる。
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次に、僕はサージェント兄さんたちと接触した。
「久しぶり、テン兄さん、サージェント兄さん、ヒュー兄さん」
「……久しぶり」
「久しぶりだね。ええっと……アイン?」
「さっさと入れ」
ヒュー兄さんは、顎をしゃくって僕を中へ促した。
僕は、すぐに中に入り、素早くドアを閉める。
テーブルを四人で囲い、僕は口を開くこととした。
「サージェント兄さん、ポガチョスという国を知ってる?」
「ポガチョス……?」
「何が言いたいんだ?」
テン兄さんは首を傾げ、ヒュー兄さんは敵意丸出しで会話に割って入る。
「――単刀直入に言うと、僕はしばらく、そのポガチョスの調査でセオドアから離れる。それに付き合ってほしいんだ」
「馬鹿なことを言うな。なんでサージがそこにいかなきゃならない?どうせ九星の任務だろ?」
「それが、そこは獣人の国なんだ」
「獣人の国ィ?別にサージがいなくてもいいだろ」
「サージェント兄さんはほら、獣人だからポガチョスに紛れ込みやすいと思う」
僕は、まっすぐにヒュー兄さんの瞳を見た。しかし、ヒュー兄さんは揺るがなかった。
「だろうな。だが、いなくても何とかなるだろ?」
「ずっと、姿を隠し続けていたら、何とかなるね。でも、僕はそれをしない予定だよ」
「は?なんでだよ」
ヒュー兄さんにギロ、と睨まれる。そこまでヒュー兄さんが止めるのも、何か理由がある筈だ。
けれど、ポガチョスについて、さっきまで知りもしなったのに……?
「ノア兄さんからの指令だよ。――必要になったら、王族を暗殺しろ。おかしいと思わない?」
「おかしいところ?確かに思うが、別にノアは人間だ、誰だってこういう言い方もあるんじゃないのか?」
「ない。未来が見えるなら、どちらの方がいい、なんて簡単に分かる筈」
「そんなに簡単にいく訳ないだろ」
ヒュー兄さんは皮肉に笑うが、僕はずっと引っかかっている。
ポガチョスの王族が死んで、九星は何の得を得るのか?
答えは、何も得ない。
なぜなら、ポガチョスの獣人が増えたところで、ルーヴァ・ハティート・ポガチョスは結局負けるから。
どんなに戦力を投じようが、僕たちが暴れたどんな戦場と、大きく逸脱している訳でもない。
だからこそ、ずっとステラの王として、ステラの得になることを考えているノア兄さんの考えが、全く読めないのだ。
「僕は、行くよ」
「おい!」
「ねえ、アイン。一つ聞きたい。――僕の異能力が、必要?」
慌てるヒュー兄さんを尻目に、サージェント兄さんは僕に問いかける。その質問は、僕を試しているかのようだった。
「必要。今ちょっと調べた限り、感染症が広がっている。それに対して、僕は特に医学的知識がある訳でもない。――だから、僕はサージェント兄さんについてきてほしい」
「分かった」
「ありがとう」
ホッとした。これで、合法的に王族に近づけるかもしれない。そして、探る。ウィキッドが紛れ込んでいるか否か。
肩の力が抜けた僕に対し、未だにヒュー兄さんは厳しい表情を作っていた。
「俺も連れてけ」
「え?でも、サティ姉さんはここに帰ってくるんじゃ……?」
「サージと急用ができた、とでも言えばいいだろ。テンは留守番な」
「分かった……」
ヒュー兄さんの言葉に、テン兄さんは頷く。
かくして、僕のポガチョスへの旅は、サージェント兄さんとヒュー兄さんが付いてくることとなった。




