サティがしたいこと
Side Sattie
私は、幼少期の記憶がなかった。
いつの間にか、私はセオドアにいて、テンとサージェントとヒューと、四人で暮らしていた。
親はいないのか、とか、全員全く顔が違うから、血の繋がりはないだろうけど、なんで一緒に住んでいるんだろう、とか。
何も考えなかった訳でもない。
それでも、それを気に止まずに済んでいたのは、ひとえに三人がとても優しく、私を妹のように愛していたからかもしれない。
だからこそ、私は引け目も感じずに、三人に甘えることができた。
異能力は、急に発現した。単純な興味だった。魔法と魔法を掛け合わせたら、どんな感じになるのか。
その魔法を操っていたテンに、すぐに気づかれた。
私は、その日、その力は魔法に飲み、使うようにしなさい、と言われた。だから私は、それ以外を“融合”しようとは思わなかった。
そういう経緯があって、私は自分の異能力の使用範囲を、自分で絞っていたのだ。
それに私は、魔物を狩りに行く三人を、家で待つ以外はさせてくれなかった。だからこそ、言葉でしかわからなかった。
私の異能力が、どれほど強力なのかを。
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私は、記憶を取り戻した。その記憶は、私が異能力の訓練をしていたという内容も含まれていた。
もちろん、テン、サージェント、ヒューの正体も一緒に。
私は、アインに会ったことがあった。それと、夏休み前にいたあの背が低いラース先生も。
私は、アインからその事情を聴いた。
その上で、アインは私に嘘を吐いた。
私だってわかる。そこまで馬鹿じゃない。
……私の記憶喪失は、アインが引き起こしたことで、いつかは必ず思い出す必要があったことを。
何故、そんなことをしたのか、私にはわからない。
でも、私を騙そうとしていた訳ではないことくらいは分かる。だって、アインは優しいから。自分の気持ちを度外視して、他人に尽くす。そういう人(?)だから。
アインの異能力は抹消。私の記憶の一部を抹消することくらい、簡単だった筈。
その証拠に、私は、記憶を取り戻す前にはなかった力があることに、早々に気づいていた。
それがどういう力なのか、よくわからない。
でもなんとなく、私の異能力を強力にしてくれる力だ。
そして、アインはその力について一切言及しなかった。
隠す必要がないなら、話す筈だからだ。
とは言っても、すべて私の憶測。実のところ、私の記憶喪失は、九星にとって予想外のことだったかもしれない。
それにしても、アインが元気そうでよかった。
私の、失った記憶の最後の光景は、アインが倒れるところだったから。
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Side Ain
ここは、訓練場。元々魔法学園だったここには、魔法を練習するための広い訓練場が存在するのだ。
「強くなりたいの?」
「うん。記憶を思い出して、考えた」
サティ姉さんは、とてもやる気のようだ。
「なんのために、どれくらい強くなりたいの?過ぎる力は――孤独だよ?」
僕は、鋭い視線に殺気を混ぜて、サティ姉さんを睨んだ。
サティ姉さんは、グッと怯み、自然と足が後退する。それでも、僕を見据えた瞳は、変わらなかった。
「私は、九星と同じくらい強くなりたい。――私だって九星の一員みたいなものでしょ?全部、九星に背負わせる訳にはいかない」
予想外に強い口調で、サティ姉さんは言った。
「だめ。せっかく、役目から逃れることができるのに、自ら巻き込まれに行くこともないでしょ」
「私がいないと、邪神討伐は大変になるんじゃないの?」
僕は、奥歯を噛み砕かんばかりに噛みしめる。
実際その通りだからだ。正直、サティ姉さんが思っている以上に、サティ姉さんの役割は大きい。
「その反応は――当たりね!」
「何でそんなに嬉しそうなの……」
「だって、問題に正解したら嬉しいでしょ」
「嬉しくない問題もあるでしょ……」
僕は力が抜けてしまった。
「まあ、そう言うと思って、対戦相手は連れてきてはいるんだけど」
正直、あまり気が進まない。けれど、僕が我儘を言ってもいい訳がない。だから僕は、その相手を連れてきた。
「さっきから話を聞いたから一応知っている。――突然場所を変えよう、とか言われて、不思議だったんだ」
そう言いながら姿を現した彼の背中には、純白の翼が存在していた。
「あれ、ラファエルさん?」
「僕だと、うっかり殺しかねないから。急所に的確に投げちゃったら、ラファエルはともかく、サティ姉さんは死んじゃうでしょ?」
「俺はいいのかよ」
「ラファエルは死なないから」
「そんな適当な……」
僕は、制服の中に隠している暗器を手に取り、僕が立っている所から最も遠い、金属製の人型の頭に投げる。
寸分の狂いもなく僕が投げたナイフは人型の頭に当たり、そしてめり込んだ。
これでも、軽く投げた程度だ。
吸血鬼は、やはり魔族なので、力は強い。そして、投げナイフは近接戦が最も輝く。僕の場合は、気配を殺して遠くから狙撃したりしているから、精度がかなり高くなっているのだが。
ナイフは刺さりはするものの、そもそも毒を塗っているため、刺さらなくともかすれば問題がない訳だし。
そんな僕に、二人は戦慄したようだった。
「お前、本当にすごい暗殺者なんだな……」
「あんなに遠い的に当てるなんて……」
「僕は基本的に、超近距離で戦うけれど、その距離でこれ、避けれる?」
「「無理」」
即座に首を振る二人。ラファエルはともかく、サティには避けて貰わないと困る。
「だから避けれるように頑張って」
「スパルタすぎるだろ!!」
「九星ってみんなあれ避けれるの……?」
サティが、声を震わせながら聞いた。僕は、その問いに首を振る。
「避けれるのは、ラース兄さんとエリック兄さんくらいだよ。あとはララ姉さんの回復魔法頼りか、自分で張った結界に頼るかだね」
「なら私も!」
「でも、そもそもゼスト兄さんもノア兄さんも、僕と戦うときそこまで僕に近づかないし、ミリア姉さんとオットー兄さんは常に結界を何枚も張っている。ララ姉さんは異能力で、こんな攻撃はかすり傷にもならないし、リズ姉さんはそもそも戦場にはあまり出ない。だから問題はないかな」
「ああ、立ち回りとか、自己防衛とか、そこがしっかりしていればいいのか……」
そうなのだ。結局、ララ姉さん以外は僕の投げナイフに当たる人物はいない。
「私は……」
「自分なりに頑張って」
多分融合で何とかできるんじゃないかな。自分で気づいて欲しいから、何も言わないけど。
僕の言葉に、サティ姉さんの目の光が、無くなったように感じた。




