世紀末な事情
「いや、教えて貰う。同じ魔族として、人間の国に危害を加えるのを黙って見ている訳にはいかない」
「ならお前は死んでくれ。――人間の国に危害を加えたくないんだろ?」
「今じゃない。――別に、ペスケ・ビアンケには何もしない。それに、その魔族を殺すことになったとしても、決して苦しませずに殺すことを誓う」
「去れ。ここはお前がいていい場所じゃない」
「いていいかどうかはロレンツォが決める。君も僕も、決定権は持ち合わせちゃいない」
僕も負けじと言い返す。
単純に、僕は彼らの目的を達成するために生かされているだけ。何故、僕に死んでほしいのか。正直欠片もわからないが、九星や要は僕に死んでほしくないと言う。
ここは、唯一僕に死んでほしいと思っている味方なのだ。
何が何でも手放す訳にはいかない。
九星や要に接触して、心変わりをしないように。
「まあまあ落ち着いて二人とも」
「少し、討論に熱が入りすぎてしまったようで」
「はあ?お前、タラヴを殺そうとしただろ」
僕のロレンツォへの弁明を、遮る低い声が、隣からする。
その声だけで、激怒していることを察した。
「殺すかどうかはまだ決めてない」
「殺す選択肢が入ってる時点で、信じられんな」
「仕方ないでしょ。魔族には、ロースタスの件がある。あれを、二度と引き起こしてはいけない。それが、妖狐や吸血鬼の仕業だったら――その二種族の虐殺が久遠で始まる」
「はあ?」
恫喝の声。僕は、無視して続ける。
「生まれるだけで罪、という存在がいるんだよ。ここで生きていても、周囲を含め、不幸にしかならないなら、ここで殺した方が、まだ幸せだろう」
思い出すのは、蘇芳兄上の言葉。あれが、魔王太子派の言葉なのだ。
死ぬべきだ、息をするだけでも罪深い、みっともない、下劣な淫魔……。下手したら、奴隷のように扱っても、何の罪にもならない時代になるかもしれない。
そんな社会で、金華の誰かの妻になる……。想像するだけで、最悪な気分だ。吐き気がする。
処刑になったとて、温情もないだろう。きっと、むごい死に方になるだけだ。なら――僕が殺ぜばいい。
「手前……!」
青筋を立てて青年がキレる。ここは、とても仲間思いだ。だからこそ、一度仲間に引き入れた存在を殺す、と言われ、頭に血が上ったのだろう。
「ここにいる時点で、自分の能力の使い方を知らない可能性がある。そこのラファエルのように。だからこそ、僕が使い方を教えることもできるし、僕なら不測の事態にも対処することができる」
「いらねえ。手前がいなくとも、俺たちだけでやれる」
「ラファエルがいれば、ある程度はうまく行くかもしれない。けど、それだって限度がある」
「それでも手前の手は借りない」
僕たちは、睨み合うこととなった。互いに一歩も譲ることができない。きちんと芯のある信念が、互いの対立をお膳立てしているのだ。
「アイン、この子が例の子だ」
「ラファエル!ついに仲間を売ったか!!」
目の前の青年が怒鳴る。ラファエルに連れてこられた幼女は、その声に酷く怯えた。
「……意外に大きい」
「そこ!?」
「今何歳?」
「4歳だって」
僕の質問に、ペスケ・ビアンケの少女が答える。まあ、嘘だろうな。
「今、何歳?僕、吸血鬼なんだけど」
「37歳……」
消え入りそうな声で、しかし確かにそう言った。
彼女は、妖狐だ。それも混血に近いが、純血の。
「……不味いかも」
顔から血の気が引いたのを感じた。
「どうしてだ?」
ラファエルが、暢気な顔で、暢気に聞く。
「君、今までどこにいた?今まで、どれくらい力を使った?」
僕は、妖狐の細腕をがっと掴み、鬼気迫る表情で聞く。
「……怖い」
「怖がってるだろ!!」
「黙って」
僕はうるさい青年を拘束魔法で黙らせ、じっと妖狐――タラヴを見つめる。
「質問を変えようか。なんで死んだ筈の君が生きているの?どうやって生き延びた?」
「ち、力を使って……」
「だろうね。それで、生まれは下級貴族でしょ?」
「な、なんで知って……」
「調べた。久遠の第九魔王子を調べている時に、偶然見つけた。――金華に引き取られたとばかり思ってたけど、自力で抜け出したんだ?」
タラヴは、だんまりを貫いた。
「きんか?」
「きんかって……金貨?」
多分漢字が違うだろうが、どうでもいい。その沈黙こそが、答えだ。
「悪いけど、君には死んでもらう」
「おい!!」
「や、やだ……!」
「嫌がってるだろ!!」
「君、国をいくつか傾けたよね?」
「え?」
タラヴの顔が、強張った。
「知らないとは言わせない。ロースタスの件が重なって、妖狐と吸血鬼は危機的状況に立たされている。過激派に出会えば、周囲の人間ごと殺される」
「俺たちが守ればいいだろ!!」
「相手はラファエルより強いかもしれないし、それが複数人の可能性が高い。勝てる?彼岸だったら十中八九殺すこともできない」
「そ、それは……」
「今はいい。すぐには殺さない。でも、何かその子がやらかしたら、僕はすぐにでも殺す」
「手前……!」
「し、死にたくないッ……!」
「――どうやら、わざと国を傾けた訳じゃなさそうだし、その国だって小国も小国。どうせすぐに滅ぶ運命だった国ばかりだ。それに」
僕は、タラヴの顔をじっくり見て、懐にしまったままの、魔法陣が書かれた紙を手渡した。




