新しい支部
あの事件の次の日のペスケ・ビアンケ。
僕は、ラファエルの様子を見るために一緒にペスケ・ビアンケに赴く。
それと、ロレンツォにも、聞きたいことができた。
「なあ、俺の心配はしなくてもいいって……」
「ちょっと聞きたいことがあるから。ロレンツォに」
ラファエルが、困ったような表情で言う事に、僕は目的の一つを告げ、追及を回避する。
「ギルマスに?何を」
「今後のこと。ペスケ・ビアンケは僕と仲良くしているけど、これからどうするの、とか」
「あー、確かに。元々敵対してたもんな」
ラファエルが、今になってようやく思いついたらしい。
「あと、僕にできない色々な活動も、ペスケ・ビアンケにはしてほしいからね」
「お前的には、仲良くしたいのか?」
「いや?」
「それにしては、やけにうちと関わるな……」
「敵の敵は味方だからね。ペスケ・ビアンケが目的を達成するには、僕と協力関係でないと難しい。同盟だよ、同盟」
「よくわからないな……」
ラファエルは、複雑そうな顔をしている。
普通に考えて、自分を殺そうとする組織とは距離を置くだろうが、僕にとっては都合がいいことこの上なかった。
だから、協力する。いつか来るときの、保険のために。
「それとさ、今更なんだが……アインって本当に暗殺者か?」
「それは、どういう意味?」
「戦い方が暗殺者っぽくない」
「それを言うなら、ラファエルの方がそうでしょ。その髪、暗がりでも目立つよ」
「それはそうなんだが……。魔剣士だろ、お前」
「どこが?」
「すべてが」
ラファエルは、僕が暗殺者にならざるを得なかった理由が分からないらしい。
「僕が吸血鬼なのは知ってるよね?」
「知ってるな」
「僕も空を飛べる。ただ、天使の翼とは違う翼を持つ」
「天使は猛禽類の翼、吸血鬼は蝙蝠の翼だろ?」
どうやら、ラファエルはいまだに思い当っていない様子だ。
「僕たちの翼は、重いものを持ち上げることはできない。つまり、鍛えすぎて重くなると、空を飛ぶ、という利点が消えることになる」
「あ」
「吸血鬼で剣士なんて、高い機動力を捨てるようなものだ。よほど、剣の腕に自信がなければ、そんな危険なことはしない」
僕に言われ、ようやくわかったらしい。剣でさえ、そこそこ重量があるのに、それを振り回す筋肉まで増えると、安定して飛ぶことが難しくなる。
多分、そんなことをする吸血鬼は、要以外に誰もいない。
「あとついでに刀は力が強力な分、室内戦に全く向かない。軍にいた頃は、殲滅戦以外は暗器で人を殺してたよ」
「それは……暗殺者だな……」
最近、この刀を使う機会が増えていたからこそ、剣士と間違えたのだろう。
「ラファエル、この刀持ってみて」
「?いきなり何を言い出すと思ったら――!?軽!!」
僕は、両手を広げたラファエルに、リズ姉さんの最高傑作の一つである刀をのせる。あまりの軽さに、ラファエルの視線はは僕の顔と刀を、行ったり来たりしていた。
「限界まで鋭くした上で、魔法も同時に使っているから、あんなに強いだけだよ。普通なら、何も斬れない」
そう言って、ラファエルから返された刀で、手の平を斬りつける。しかし、表面が軽く斬れただけで、血もほとんど流れなかった。
「そりゃこれだけ軽かったらな……。下手なナイフより軽いだろ」
「それ見て、まだ剣士だとでも?」
「思える訳ないだろ」
僕は刀を仕舞い、再び歩き出す。
「僕が刀を使うとき、長期戦になることが多いから……軽めに作ってもらったんだよ。生憎、剣術もそこまで体力が必要なものでもなかったしね」
「それのお陰で、アインは剣士、という錯覚を受けたわ」
「そう言われても……」
そんなことを駄弁りながらも、ようやくついた建物。そこは、一見するとただの古びた書店だった。
「バーに出入りするの、あまり好きじゃなかったんだよな~」
「僕も」
バーでアルコール臭がする、なんてことはないだろうが、警戒しない訳にはいかない。
それに、どうしたって目立つことは変わりない。
「確か、この本棚にあるこの本を押すと……」
ガラガラで、誰も客がいない店の中、階段下にある本棚をいじるラファエル。少しすると、本棚が動き、奥に道が現れた。
ここは、新たにできた支部の一つだ。
本部よりも、機密度の低い情報や下客を相手にするところだ。
本部と近いのは、ここを、本部の二つ目の出入り口にするかららしい。
「お、来た来た」
ロレンツォが嬉しそうに、僕たちの来訪を知らせる。
「お、ラファエルじゃーん」
「なんだよ。――って、なんで血だらけなんだよ……汚いぞ」
「いやはや~さっき帰ってきたばっかなんだよ」
「帰る前に血ぐらい流せよ!鼻が利くやつがいれば、一発でばれるだろ、馬鹿!」
「ああ、それなら大丈夫。帰ってきた後についたやつだから」
「さっきの言い訳は何だよ……」
ラファエルは呆れているが、その血は人間であれば、優に致死量を超えている。一体、何をすればそんな量の血を浴びることになるのだろうか……。
まさか、仲間割れ?
僕の思考が物騒な方向へとシフトした時、ラファエルが説明をくれた。
「ああ、アインは初めてか。ペスケ・ビアンケには、俺以外にも彼岸がいる」
「ん?ラファエルに彼岸の力を教えた時、ラファエルしか魔族はいない、と言ってなかった?」
「あれから増えたんだよ。とは言っても、魔物に襲われかけた子供を保護したんだけどな」
「そうなんだ……ちなみに、種族は?」
僕が聞くと、ペスケ・ビアンケの面々が元気に答えてくれる。
「種族と言われても、全ての彼岸の種類なんか知らないぞ、俺」
「俺も!」
「ただ、天使と堕天使と吸血鬼じゃないのは分かる」
「おい誰だ、今堕天使言った奴!!」
「俺!」
「私は思っただけ~」
「うちも~」
「お、俺はそ、そんなこと、思ってないんだからねっ!白髪赤眼の天使じゃないから、堕天使でもないな、とか思ってないんだからねっ!」
「お前が言い出しっぺだろ!!」
まあまあ、とおざなりになだめるロレンツォ。
僕は、時間がかかりそうだと判断し、一人静かでいる人に話しかけた。
「ええっと、君は何か知ってたり……」
「知らん。お前に教える義理もない」
布で口元を隠すその青年は、冷たく言い捨てた。
ちなみに、最初はバーのあの合言葉は格好いい!と、ペスケ・ビアンケの面々(ほとんど中二病)からは大好評だったが、次第に面倒くさい、という意見が現れた。
今は、あの古びた書店のギミックが人気。(次第に面倒、とか言い出す奴いそう)




