謎の天使、迎えるピンチ
Side Sattie
「ねえ、どうしてウリアが女性だと思ったの?」
「確かに、気になりますわ。――外見では、これっぽっちもわかりませんもの」
「――重心だ。男女で、重心が違う。だからこそ、あいつが女だとわかった」
どこか違和感はあるけど、と言ったラファエルさんの顔は、厳しい表情だった。
「重心……」
かなりの実力になると、重心だけで性別も当てることができるらしい。私は、そんなラファエルさんに感心した。
「お前は、一体誰の元に俺たちを案内しようってんだ?」
「すぐにわかることです」
ウリアは、ラファエルさんへちら、と視線を向け、すぐに外した。
そんなラファエルさんは、顔をさっきよりもしかめている。
「素直に俺たちは降伏した。なら、ちょっとは何かあってもいいんじゃないか?」
「……それもそうですね。なら、一つだけ。貴方方の憂いは、ただの杞憂ですよ」
「俺たちの憂い?」
私たちは、皆一様に首を傾げる。憂い――心配事。何かあったかしら。
「もしかして、今日の約束のことじゃないかしら?このままだと、すっぽかすことになりかねますし」
「確かに、そうですね!……一体どういうこと?」
それが心配事じゃなくなる?それって、清掃員さんには事前に私たちがいけなくなったことを伝えてあるから、ってこと?
「……学園には、身元がしっかりしている人物しか働けない、という項目があった筈だが」
「そこについては黙秘させていただきます。――まあ、危険なことはありませんよ。貴方方次第ではありますが」
「俺たち次第?……不穏な言葉だな。脅しか?」
「まさか。こちらとしても、平和的に終わることを望んでいるのです」
「そう言う奴が、実力行使に出るかね?」
「仕方がなかった、という事ですよ。――着きました」
ラファエルさんがウリアと話して情報収集に勤しんでいたが、ついに目的地についてしまったらしい。
そこは、学生寮よりは劣るものの豪華な建物で、そして私が一回も見たことがなかった建物だった。
「ここ……?」
「入りましょう。部屋でお待ちです」
「……誰か、は教えてくれないのか?」
「すぐにわかることですから。では、こちらです」
そう言うと、ウリアは慣れたように建物の中に入る。
階段を上り、廊下を進む。
周りを観察しながら歩いていたジェシカ様は、唐突に何かに気づいたような声を上げた。
「ここは、もしかして――」
「着きました」
しかし、それを遮るように、ウリアはとある一つの部屋を示す。
ウリアは、私たちを振り返らずに、ドアをノックした。
「空いてるよ」
その声は、どこか聞き覚えがある声だった。
「失礼します」
ウリアは、ドアを開ける。そこには、白髪赤眼の美しい青年がいた。背中からは、純白の翼が生えており、床にはその翼から抜けたのだろう、羽毛が散っていた。
「よく来たね。嬉しいよ」
「その翼――まさか!」
「その声……もしかして」
ラファエルさんが驚いたような声を上げ、私は同時に呆然とした声を上げる。
部屋にいたのは。ラファエルさんと同じ翼を持つその人は――。清掃員さんだった。
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Side Raphael
まさか、得体の知れない人物の元に、女性だけで行かせる訳にはいかないという、半ば義務感でついて行ったら、とんでもない出会いをするとは、夢にも思わなかった。
「清掃員さん……?」
「そうだね。――まさか、こう上手く行くとは、思わなかったよ」
「上手く行く?」
「一体どういうことか、聞かせてちょうだい。貴方、意図してサティに近づいたのかしら?」
ジェシカが、鋭い声を上げた。ゲームと違って、物凄く頼りになる。
「うーん、それは違うかな。ここに来たのは、とある明かせない計画があったんだけど、サティと仲良くなったのは、たまたまだよ。いい子だからね。私だって、魔法祭を見て、本当に驚いたよ」
「魔法祭……」
「まさか、融合魔法……?」
魔法祭という言葉に、サティは気が付いたようだ。俺は、融合魔法が何だ、と思ったが、目の前の男は嬉しそうに微笑んで、優雅に頷いて見せた。
「鋭いね。――そうだよ。融合魔法。それで気づいたんだ。あの方が選んだ存在だってね」
「あの方って誰だよ!」
「誰だろうね?人族か、魔族か。はたまたウィキッドかもしれない」
はぐらかすような言葉に、俺は自然と苛立ちが募る。
「サティの融合魔法が、どうかしたのかしら?一体、サティに何をしようとしているか、聞かせてくれるわよね?」
「うーん。どうかな?――ウリア。よろしく頼む」
「承知しました」
ジェシカの問いかけをガン無視し、男はウリアに命令をする。
すると、ウリアは目にもとまらぬ速さでジェシカを拘束した。
「なっ!」
「動かないでくれませんか」
「チッ!」
ウリアが取り出したのは、短剣ではなかった。
「それは……何?!」
サティが叫ぶ。ウリアは、そんなサティを、仮面の奥の瞳で冷たく見つめながら言った。
「拳銃です。試しに撃ってみましょうか?」
「誰に撃つつもりだ?」
「それはもちろん――貴方です」
銃口が、俺に向けられた。
ダアァァァァンーーー……・・・。
破裂音がこの部屋を駆け巡る。体に衝撃が襲う。何かが流れ出ているような感覚がして、そこに視線をやると、銃で撃ちぬかれたことに気づいた。
「ラ、ラファエルさん!」
「――!!」
サティが、倒れこむ俺に、悲壮感たっぷりで叫ぶ。
ジェシカは、何とか口から出てこようとする悲鳴を、飲み込んだ。
――畜生。どこが平和なんだ。これ、俺じゃなければ死んでたかもしれないんだぞ。
俺は、心臓付近を撃ちぬかれていた。
後から襲ってくる激痛。俺は、脂汗をかきながら、ジェシカを拘束しているウリアを睨みつけた。
「痛ってえなあ!!!」
「成程。まだ叫ぶ余裕があるのですね」
そう言うや否や、ウリアは四回、拳銃の引き金を引く。
それらは、俺の両手足を貫いた。
「ぐッ!!」
「ラファエルさん!!」
「やめなさい!こんなことをして、一体何の得になるのですか!?」
ジェシカが、ウリアに向かって叫ぶ。しかし、ウリアは何も答えなかった。
俺は、薄れようとする意識を何とかつなぎとめる。
一体、この中世ヨーロッパの世界に、銃なんてものがいつから存在したのか。
もしかして、ウリアは転生者なのではないだろうか。
ウリア、ひいては目の前の男の正体は?
激痛で碌に回らない頭は、永遠に分からない問題を提示していく。
そして、ふと思った。
――俺は、ここで死ぬのだろうか?
別に、慢心したことはなかった。俺は、アインよりもずっとずっと弱い。ウルガだって、俺よりも強いし、あの悪魔だって。
まだ、俺は生きていきたい。けれど、あの銃弾には何かしらの仕掛けがあったらしく、俺は怪我を治すこともできず、全く動けないままだった。
この場では、俺が動かなきゃいけないのに。
俺は、焦る気持ちと共に、何とか動かない体を動かそうとした。




