世話焼きな一流料理人
ちょっと描写を変更します
休日。あれから数日も経てば、体調もすっかり万全で、僕は煩わしい魔法陣の描かれた紙無しで、歩くことができていた。
今日は、シャンメルの誕生日だ。だから、誕生日の贈り物を携えて、シャンメルのレストランに行く道中の花屋で、予約をしていた白いダリアと飛燕草、霞草、カーネーションの花束を買った。
シャンメルは多忙なので、サプライズをすることはできないが、こうして喜ばせることはできるだろう。
僕は、異能力を自分に薄くかけながら、シャンメルのレストランに辿り着いた。
シャンメルのレストランの名前は、アペゼラ・ターブル。安らぎの食卓という意味を込めたらしい。前職の主人は、暗殺者が紛れ込んでいた、安らげない食卓だったため、そんなことがないように、という願いを込めているらしい。
「予約していた、アインです。店長のシャンメルの誕生日を、祝いに来ました」
「ようこそおいでくださいました、ご予約のアイン様ですね。ご案内します」
僕は落ち着いた外装の建物に入り、僕は入り口にいた給仕に名乗る。すると、給餌は心得た、という風に店内へと案内をした。
「こちらのテーブルにどうぞ」
そう言い、とある個室に僕を通す。僕は、花束が入った紙袋をできる限り給仕と一緒に隠しながら、個室に入った。
彼もまた、僕の協力者なのだ。
「しばらくお待ちください」
ここは、日替わりのコース料理を楽しむことができる。その料理がどれも絶品だと、有名になるのにはあまり時間がかからなかった。
ちなみに余談だが、先程の給仕は元同業者だ。彼――ゼノフォンもまた、暗殺者としてシャンメルの元職場に侵入していたのだが、シャンメルが僕が暗殺者だと気づいたとき、芋ずる式に彼のこともばれてしまった。
完全別口だった彼は、完全なとばっちりだが、巡り巡って暗殺稼業から足を洗うことができたのは、僥倖だっただろう。
今の仕事の方が何倍も楽しいのだとか。
いいな、と幸せそうな彼をやっかみつつ、僕は最初の料理が運ばれてくるのを待つ。
しばらくして食前酒が届けられる。しかし僕は下戸なため、ノンアルコールカクテルだ。シャンメルや、給仕たちは僕のこの体質を理解してくれているため、特に何も言わなくとも察してくれる。
僕はそれを口に含む。すると、小前菜が運ばれてきた。小さく盛り付けられた料理を、手で食べる。ゆっくりと咀嚼しながら、味を堪能する。
次は前菜。カトラリーを外側から使うのは、シャンメルから教えられた。
美しく盛り付けられた料理を、ナイフで切り分け、フォークで口に運ぶ。久しぶりの味に、笑みを小さく零した。
水を飲みつつ、次の料理を待つ。次に運ばれてきたのはポタージュ。薄黄色の液体を、僕はスプーンですくって口に流し込む。
シャンメルは、一流シェフだからなのかというべきか、かなりマナーに厳しかった。よくゼノが泣かされていたのは、いい思い出だ。
次から主菜。まずは魚料理。新しいナイフとフォークを手に取り、身が崩れないように丁寧に切り分ける。
ソースをつけ、それを口に運ぶ。柔らかいこの魚は、かなり崩れやすいので、注意が必要だ。
そして、口直しとして氷菓が運ばれてくる。スプーンですくい、食べる。口の中に、冷たい感触と控えめな甘さが広がる。
次に肉料理。ナイフで切り分け、食べる。レアという焼き加減で、中は赤い。
僕は膝上のナプキンで口の周りをぬぐい、次の料理を待つ。
次は、チーズ。シャンメルは、アイン君には関係ないが、と前置きをした上で、チーズの役割について語った。
どうやら、二日酔いを軽減させる効果があるらしい。
シャンメルは、チーズがかなり好きなようで、チーズの話だけで一日が終わってしまうほど。だからか、シャンメルとかかわりがある人物はみな、かなりチーズについて詳しくなってしまうのだ。
最後に、デザート。皿に乗るケーキは、カフェのケーキとは全くの別物。シャンメル特製のチーズケーキに舌鼓を打ちつつ紅茶を飲んでいると、シャンメルが現れた。
金の髪を短く切りそろえ、ひげを生やした男性。白い厨房服がぴったりと似合う、小太りの優しい目元を持つ彼が、シャンメルだ。
「久しぶりだね。いつぶりだっけ?えっと……夏休みあとくらい、かな?」
「そうですね。それ以来です」
見た目通りの優しい声に、僕はそう返す。
すると、シャンメルは垂れている眼を嬉しそうに細めながら、頷く。
「うん、制服もよく似合ってる。学園生活は、楽しい?お友達もできた?」
「楽しいですよ。色々と困ったことも起きますが。友人は――できた、と思います」
「うんうん。人がたくさんいれば、そんなこともしょっちゅう起こるよ。それにアイン君は綺麗だからね」
茶目っ気たっぷりに笑うシャンメルに、僕は笑う。
「シャンメル、誕生日おめでとうございます」
僕は、綺麗にラッピングされれた花束をシャンメルに差し出す。
「ありがとう。嬉しいよ。綺麗だね……。この花は、店内に飾らせてもらうよ」
「あとこれも……。前に新しい調味料が欲しいと言っていましたよね?」
「ああ、伝がなくて諦めてたやつね。――まさか?」
僕は、亜空間収納から、久遠の調味料セットを取り出し、シャンメルに渡す。持ちきれない分は、一緒にいるゼノに渡す。
「ありがとう!やっぱりここから久遠は遠いから、どうしても買い付けれないんだよね。それに、久遠は鎖国的だから、商人たちもビビっていきたがらないし」
「なら、ここにいけば久遠の食材も取り扱っていますよ」
「おお!ここにいけばいいんだね?アウグスト商店……聞いたことないなぁ」
「ここは、結構信用できますよ。価格も良心的ですし。ただ、伝がないと物を売ってもらえないので、あまり広く知られていないんです。僕も最近存在を知りました」
本当に最近。僕がシャンメルへの誕生日プレゼントに悩んでいると、いたずらっぽく笑ってあんなことをのたまった男の手を借りた。
彼としても、シャンメルとのつながりが欲しかったのだろう。
シャンメルは、僕が渡したメモをとても大切そうに懐にしまい込む。まるで、それが黄金の塊であるかの扱いに、僕は小さく笑った。
「今日の料理はどうだった?アイン君が来ると聞いて、腕によりをかけて作らせてもらったよ」
「とても美味しかったです。食事の時間があっという間に感じましたよ」
「それはよかった」
そう言って、シャンメルは穏やかに笑う。
「じゃあそろそろ……」
「もう終わりか。もうちょっと話したかったなぁ……」
シャンメルは、時間を忘れて話す癖がある。だから、誰かがしっかり時間を管理しないと、いつまでも時間を気にせずに話し込んでしまうのだ。
心の底から残念そうにするシャンメルに苦笑していると、シャンメルが箱を差し出した。僕は、いつもより大きい箱におっかなびっくり受け取る。手に伝わる重さに、僕は驚いてシャンメルを見た。
「中身は焼き菓子だよ。ほら、お友達に分けてあげなさい」
「こんなにたくさん……!」
僕が申し訳なく思っていると、見かねたゼノが、口を開いた。
「シャンメル、昨日から楽しみすぎて、なかなか寝付けずにお菓子作ってたんだよ。こんなにたくさん店頭に出す訳でもないから、貰ってやってほしい。ここ最近ずっとウキウキだったんだよ」
「ちょっとゼノ君!そんな恥ずかしいことを言わない約束でしょ!?」
「そもそも焼きすぎだよ。アイン、遠慮するだろ」
「……アイン君は綺麗だし、きっとたくさん人に囲まれていると思って……」
しゅんとするシャンメルに、僕は笑った。
「生徒会の人に、今日シャンメルに会うことを言ったら、お土産を期待されました。もしかしたら、あっという間になくなるかもしれません」
「それはよかった!」
シャンメルは、満面の笑みを浮かべる。その横で、ゼノが呆れたような顔をした。
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僕は代金を支払い、店を出る。
シャンメルが元気そうでよかった。
僕はそう思いながら、帰路についた。




