この世ならざる存在
Side Matthias
「どうするって、行くに決まっているだろう。生憎と俺は、お膳立てされた舞台に怯む奴ではないからな」
俺は自信満々に言い切る。幼い時からもうずっとこれなので、今更恥ずかしさもない。
「アイツ、これが好きなのか?見る目無いな」
「何か言ったか?」
ラースが、何かを呟いていたが、よく聞き取れなかった。
「いや、何もない。それより、アンタも行くのか?若しかしたらいいモンが見れるかもしれないぜ?」
「ではお言葉に甘えて。楽しみですわ」
おほほ、と上品に笑うジェシカを見て、ラースが一言。
「女って皆こういう笑い方すンのか?いや、アインもしてたか」
「皆ではありませんが、少なくとも、貴族や貴族に係る者は皆、こういう風に笑いますわ。口を隠して笑うのはマナーですもの」
「そういうモンか。――じゃ、準備はいいか?今から行くぞ」
「は?今からか?」
ラース曰く、アインがいる場所はここより遠いらしい。だから早く行きたいらしいが。
……ならもう少し準備してから行け。思い付きのように行こうとするな。それに俺たちを巻き込むな。
「ノア兄がさ、時間ない、って言うから……。それに、あそこなら数時間で着くだろ」
「貴様は一日でステラからセオドアに来れたのか?」
セオドアは面積が広い国の一つだ。
最も広いのは、魔族の国である久遠で、前世でいう、ロシアより少し小さくした感じだ。あそこは、周りを海で隔てられており、独特な発展をしたらしい。
対してセオドアは、アメリカの三分の二程。
ちなみにチーズルは、アメリカの半分、オケディアは日本の二倍程度しかないらしい。よくその国力差で戦争仕掛けられたな。九星がいたからか?
ステラはセオドアの西に位置しているが、王都はセオドアの南に位置している。理由は、王都からそう遠くないところに港町があるからなのだが、ステラからセオドアの王都まではかなりの距離がある。
西から入ったとすれば、どんなに急いでも三日はかかる。
更に、ステラとセオドアの間には広大な平地が広がっている。平地といっても痩せた土地なため、砂漠化し始めているが、そこを突っ切るのにも時間がかかる。隣国とはいえ、近い訳ではない。
「いや、もう半日かかった。寝坊したんだよ……」
まさかの寝坊。半日遅れたのがまさかの寝坊。
……と言うか、半日遅れる程の寝坊とは?
「――えー馬車で行くのか?なァ、馬車担いでもいいか?――駄目?でも――分かった。大人しく馬車で行く。――という訳で、馬車探すぞ」
「何がという訳だ説明しろ脳筋」
「ノア兄が、必ず馬車で行け、と言ったンだよ。だから数日分旅できる荷物を整える必要があるが、ノア兄が馬車以外全て用意してくれたンだと」
凄いな、絶対零度の司令官。本当に未来が見えているんだな。
「という訳で、良馬を教えてくれ」
「俺に命令するな」
と言いつつ早くアインに会いたいため、いい御者と共にラースに紹介する。
「俺人生二度目だなァ、馬車乗るの。一回目は最悪だったな……」
「まあ、馬車にもグレードがあるからな。どうせ貴様が使ったのは、軍用の安い馬車なのだろう。対してこれは王家御用達だ。質は保証しよう」
「そうなのか?でも俺、数日の間、窮屈な馬車の中にいるの、耐えれっかな……?」
「野盗や魔物がいるので、問題ないですわ」
ラースはド田舎から出てきた感じがしていたのだが、本当だったようだ。それに、やんちゃ属性まであった。
「さて、馬車まで決まったのなら、話は早い。行くぞ!」
「待て、貴様早まるな。数日の旅の準備とやらはきちんとしてあるのか?」
「ああ、ノア兄が全てしてくれたからな!」
「貴様は本当にそれでいいのか……?」
小学生の遠足かよ。司令官も、なんとなく母親に見えてきたな……。不安しかない、と頭を抱えていると、ジェシカに肩を叩かれた。彼女も同じだったらしく、何かを諦めた表情だった。
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Side Ain
僕が森で木の実を取っていると、森の外で騒がしい声がした。
「お、あそこにアサルトホークが!石で届くか?」
「何やってるの、馬鹿!小鳥獲ろう、っていうノリで物凄く強い魔物を獲ろうとしないでよ!」
「アイツ位余裕だって」
「貴様等は静かにすることもできないのか?それよりもアインを探すことが急務だろう」
「アイツ旨いンだよなぁ~」
「「知るか!!」」
「あのぅ、もう少し声のトーンを下げていただかなくては、魔物に襲われてしまうのですが……」
「おっさん、魔物は旨い」
「フン、馬鹿を広めるな」
……聞かなかったことってできるかな?
アサルトホークは、一般人なら狩ろうとすら思い付かない程危険だ。
「お、見覚えある気配すンなって思ってたらアインじゃねェか!」
「チッ」
「オイ」
ついつい舌打ちが。僕、あれだけ騒がしい奴と同類に見られるの、嫌なんだが。
「あ……」
「数日ぶりだな、アイン。その様子だと、元気か」
「はい。心配を……」
「いい。お前は俺の所要物なのだぞ?これ位出来なくてはどうする」
「そうですよね!――それで、ラース兄さんが何かし――」
「悪ィ、俺、飲み込まれそうだ……」
会話の途中に割り込んできたラース兄さんは、かなり顔色が悪い。
――ん?もしかして、異能使っていない?
そのことに気づいた僕は、慌てて身体強化の魔法と身体のリミットを抹消し、ラース兄さんを抱え、森に背を向けて走った。最初は、何かに耐え忍ぶだけだったが、唸り声が混ざり始めた。出てくる声が、殆ど唸り声になったところで、思い切りラース兄さんを投げ飛ばす。ここまでで数キロは稼げた。
「ぐッ、うううううぅぅぅぅ……」
「……」
頭を抑えながら立ち上がるラース兄さん。ゆらり、と動き顔を上げる。そこには愉快そうな表情のみ、浮かんでいた。
「やっぱり……!破壊衝動!ここで問題なのが、どれだけ大事にしないかって所だけど……」
九星は、正直あまり知られない方がいい。力が強大すぎるため、存在自体で無意味な騒動の火種になりかねないのである。つまり、周りを破壊させずに、ラース兄さんの破壊衝動を満たさなくちゃいけない。
彼岸の魔族は、程度の差こそあれ、何かしらの衝動を抱えて生きている。
吸血鬼なら吸血衝動、鬼人や人狼なら破壊衝動。他にも、凍結衝動や魔法衝動、戦闘衝動なんて言うものもある。どれにも共通しているのが、実際に起こったら傍迷惑な衝動しかないことだ。その中でも、吸血鬼が酷い。その他の衝動は、精神的に成熟していくにつれ、回数を減らしたりすることができるが、吸血鬼の吸血衝動のみは抑え込むと最悪死ぬ。なのでよく犯人は吸血鬼だろうによる、謎の事件が勃発しているのだ。
話は戻し、今ラース兄さんは破壊衝動に飲まれてしまっている。破壊さえしたら収まるが、衝動のままの破壊させると、最悪国一つが滅ぶ。セオドアは大国であるため、滅びはしないが、所詮はその程度だ。なので、僕が戦ってラース兄さんの周囲への被害を抑えるのだ。
――これ絶対ノア兄さんの案でしょう。誰か失踪しても碌に他の九星派遣しなかったのに。
「まあ、いいでしょう。ラース兄さん、どこからでもかかってきて」
「ハッ!そのまま死ンじまっても知らねェぞ?」
「最強の僕がみすみす殺されるとでも?」
「ハハッ!愚問だな!――そら、お望み通り俺の拳を味わいやがれッ!」
そう言い放つや否や、ラース兄さんは僕の視界から姿を消した……。




