紙に書かれた魔法陣
「お騒がせしました……」
僕は、透視の魔法陣を描いた紙で顔を隠し、サティとラファエルを出迎える。
「紙?」
「少し体調を崩してしまいまして……。魔法を使わない代わりに、こうしました」
「それ、見えてるのか……?」
「透視の魔法陣を描いているので、視界は問題ないですよ」
「ああ、確かに……」
ラファエルは、僕の素顔を知っている。納得した様子で、それ以上は特に気にも留めずに自分の机に座る。
「マティアス様……、その、大丈夫ですか?」
「朝の鍛錬を止めさせる代わりにな。かなりの早朝に起きだすものだから、午後に出歩くことを条件に止めさせた」
「そ、そうなんですね」
「そこまで体調がいい訳でもないのに、日が昇る前から動くなんて、馬鹿だろう」
「えっと……それがいつもの習慣だったので……」
「一日くらい休んでも誰も文句は言わん」
呆れたように言うマティ様に、僕は何も言えなかった。
「そういえば、普段からアインは魔法を使ってたのね。それも、体調悪い時には使えないものを……」
「い、今でも使えると思いますよ!?」
「使うなよ?」
「はい……」
僕は、笑顔で凄むマティ様に、頷くしかなかった。
「あと、外に出歩くなよ?」
「はい……」
僕は、追加でマティ様に凄まれ、頷く他なかった……。
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「ええっと……そ、それは?」
会長は、僕の顔を隠している紙を指さし、戸惑ったような声を上げる。
今は閑散期なので、会長はこの騒動が起こってからというもの、ほとんどこの生徒会室に来ていない。だから、あまり事情を知らないのだ。
「気にしないでください」
「いや、気にするよ!?」
僕は冷静に返すと、会長は驚く。
確かに、顔見知りの後輩が、ある日突然魔法陣が描かれた紙で顔を隠しているのを見たら、誰だって驚くし、戸惑うだろう。
「これ、紙をめくったらどんな顔が出てくるんだろ~」
「気になるね~」
「やめなさい」
ウィリアムズ様兄弟の魔の手から、僕が逃げるような動作をすると、会長が注意してくれた。
「あんまりその紙の下を見ない方がいいですよ」
「そんなに言われると――」
「見たくなっちゃうよね~?」
ウィリアムズ様兄弟は、何かを企むような表情を、僕に向けていた。
僕は、静かに震えあがった。
「ところで、今日はなぜ集まっているのです?今は、仕事は特にない筈ですが」
「ないな。だが、アインがどうしてもと言うからな」
「ずっと部屋に閉じこもっているのは、気が滅入ってしまって……」
僕は、あまり閉じこもる、という事にいい記憶はなかった。
それを思い出してしまい、僕はどうしても、外に出たくなってしまう。
それと、この魔方陣の二つ目の効果を試してみたかったのもある。それと、もう一つ……。
「昨日は大丈夫~?なんか、具合悪くなった、って」
「その紙は……」
カーティス様とハロルド様が、続いてやってくる。僕は、説明しようと口を開こうとすると、それを遮る声がした。
「ねえねえ、アインっていつも魔法使って地味にしてたんだって~」
「紙めくってみようよ!」
「残念ながら、この紙は凍らせているので、めくることはできませんよ」
「「ケチ~」」
口を尖らせて、拗ねるウィリアムズ様兄弟を、僕は無視した。
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やっぱり、僕から紙は見えないとはいえ、どこか息苦しい。
ここに人はこないだろうと踏み、僕は魔法陣が書かれた紙を取り、隠しにそれをしまい込む。
「怒られても知らないぞ?」
そんな声が背後から聞こえた。僕は、振り向かずにその声に答える。
「フィンレーが協力してくれるから大丈夫。それに――ここは人が来ないから」
「お前な……。結構執着激しめだったように見えたが?」
要は、木に登って姿を隠しながら、そう言う。
「もっと言ってくれ。何を言っても聞かないんだ」
「なら無理だな。こいつは気弱ながらも、頑固な所があったからな」
要の言葉に、フィンレーは顔をしかめた。
「ほら、ご所望のものはこれだ。受け取れ」
「ありがとう。――うん、質も十分」
僕は、前々からギルドに依頼していたものを、要から受け取った。
「これって……。デーモンブレイズトカゲの皮!?腕のいい冒険者でも命がけなものだぞ……!」
フィンレーが驚くのも無理はない。なぜなら、この魔物は火山のマグマを普段は泳いでおり、その上弱点の水属性魔法でも、なかなかに耐えるのだ。
更に、水属性魔法を使うと、素材の質も落ちるから、あまり冒険者はこの魔物に水属性魔法を使うことを好まない。
そういう難しい魔物なのだ。
「俺は腕のいい冒険者以上に腕がいいからな。――それなら、ある程度の魔法陣も、耐えれるんじゃないか?」
「そうだね。この魔方陣も、うまく行っているみたいだし、体調が治っても、隠し持ってるといいかも。――流石にこればっかりは、入手できないからね。要が腕のいい冒険者で助かったよ」
「本当にな。ギルドでこの依頼を見た時、卒倒しかけたぞ?俺以外がこの依頼を受けていたら、どうするつもりだったんだ」
要が、改めて口元を布で覆いなおしながら、問いかける。しかし、僕だってそのことを想定していなかった訳ではない。
「要以外にこの依頼を受ける冒険者がいるとは思えないけどね。いたとしても、デーモンブレイズトカゲが殺してくれるでしょ」
「……」
僕の言葉に、フィンレーが固まった。
でも、冒険者は自分の命くらい、自分で守らなきゃダメじゃない?特に、法外な報酬を吹っかけてる訳でもないしさ。
「自分の実力も図れない馬鹿なだけか。――次からは、指名依頼で頼むよ」
「気が向いたらね」
「お前金は潤沢にあるだろ。使え」
指名依頼――それも、高ランク冒険者への指名依頼なら、指名料だけでも高額だ。別に、要への指名料くらいは払えるが、払わなくてもいい方法があるなら、僕はそちらを取る。
口座から引き出してある分を使い切って、更に口座から引き出したら、僕の居場所がばれる。
幸いなことに、僕はまだ口座から引き出したお金もあるし、マティ様の護衛の報酬もある。それを、要にも知られている。
「だって結構難しい依頼は、どうせ要しか受けないんだからいいでしょ」
「俺に入る金が増えるからやれ」
「僕から出てくお金も増えるじゃん」
「誤差だろ、誤差」
要は、どうせ僕がわざわざ指名しなくとも、稼いでいるから問題はないだろう。じゃないと、郊外ではあるものの、あんな大きな屋敷を構えるなんてできる訳がない。
「ところで、それの使い道は?まあ火属性の魔法なんだろうな、という事は分かるが」
「秘密」
「そうか」
要は、僕が何も話したくない、という事を理解してくれた。
僕は、そんな要の優しさに甘える。
要は、すぐにその場からいなくなった。
「フィンレー、このことは、誰にも言わないでね」
「言いませんよ」
「あと、敬語。どうせ、もうすぐフィンレーは僕より偉くなるからね」
「そうか――なら、遠慮なく」
僕とマティ様なら、マティ様の方が権力は上だ。だからこそ、もうすぐ王太子になるフィンレーは、僕より上になるのだ。
「じゃあ、散歩から戻ろうか。ずっと話してて、誰も近づいてこなかったし」
僕は、外に出る建前を口にしながら、歩き始める。
「一体何の効果だ?」
フィンレーは、ずっとその場にとどまったまま、僕に問う。
「これ?結界の効果。人避けができるよ」
「ならずっとそれを使えばいいんじゃないか?」
「できればいいんだけどね……。人が多いと、効果が薄れるんだ」
僕は、そう言って後ろを振り返る。
「早くいかないと、マティ様に怒られる」
「なら、早くしないとな」
僕たちは、生徒会室に戻った。
隠し=ポケット




