全く信用されない誰かさん
Side Sattie
「わーい、一番乗り~」
私は、うっきうきで生徒会室の扉を開く。しかしそこには、私以外の一年生組はもう揃っている。
「え?あれ……?」
視線が一気に突き刺さる。途端に恥ずかしくなってきた。
「まだ先輩方はいらしてないわよ」
「そうなんですか……。って、な、な、なんでこんな早くにいるんですか!?」
「お前は碌に外を見ないのか」
「何だか騒がしいな、とばかり……」
「はあ」
マティアス様がため息を吐く。ラファエルさんがやれやれ、という風に首を振っているのを見て、気まずくなる。
「僕たちは、授業が終わってすぐ、ここに避難してきたのですよ」
「避難するほど大変だったの……?」
「どこに行っても、騒がれるので……。主に僕が……」
「ああ……」
確かに。困ったようにする――無表情なので本当に困っているかわかりづらい――アインは、とにかく顔がいい。周りに劣っているにしても、十分すぎるほど、目の保養になる。
あと雰囲気イケメンなんだよね、彼。
むしろなんで今まで騒がれなかったのか。
――選民主義が多かったからなのかな?
あと、王子様なら、もうとっくに騒がれているし。慣れっこでしょ……。
ジェシカ様も可愛い……と言うか、麗しい?顔だけなら、もうとっくに貴族は慣れてるだろうしなぁ……。
「魔法祭前に、雪月花の威力を調節しておいたお陰で、並みいる挑戦者をさばいているのですが」
「挑戦者?」
挑戦者?
心の声が、口からも出る。そんな私に、アインは説明する。
「はい、カーティス様の作戦で――」
アインの説明によると、カーティス様が、アインの好きなタイプは自分より強い人らしい、という噂を流してもらったそうだ。
まだ初日という事もあり、まだうわさも広がっておらず、どこでも騒がれまくれ、何人かからは告白されたらしい。
「格好いいイラストがちょっっと出回ったくらいで、ちょっとモテすぎじゃない~?」
「さすがにずっと異能力を使い続ける訳にもいきませんし、魔法にしても……。これ以上は」
「魔法?」
カーティス様が、笑顔でアインに突っかかっている。ラファエルさんも、そうだそうだ、と言いたげだ。
それにしても魔法……姿を消す魔法とか、そういうのはあるらしいけども。
「あ、いや、何でもないです」
「お前、本当に九星か?嘘じゃないのか?」
「ラファエル、首と心臓、どっちがいいですか?頭でもいいですよ?」
「さすがは九星!何もかもが天下一品!」
「……ふざけないでください」
ラファエルさんは、あっさりアインの脅しに屈した。いっそ清々しいまでの手のひら返しに、アインは溜息を吐き、私に言う。
「姿を消す魔法は、かなり難しい上に、継続し続けるのは、あまり現実的ではありません。当然、魔法は強力であればあるほど維持が大変になるので……。意味がないんです」
「成程……。今まで見たことがなかったから、もっとすごいものかと……」
例えば、全くの別人に変えてしまえるとか。そんなことを言ったら、アインは小さく微笑んだ。
「そんなことはないですよ。もしそうなら、魔道具だって、もっと昔から平民の間でも使われてたっておかしくはないでしょう」
「確か26年前に、魔法陣の大幅な改良がされたって……。誰がしたのかは、あまり知らないけれど」
「はい。それまで、魔道具は王族や高位貴族だけの物でしたから。――魔法って、案外不便なんですよ」
「あんまりそんなに感じなかった……」
アインが感じているであろう不便。正直、魔法って便利だな、くらいで全く考えたこともない。
「全くの他人に、化けることはできます。けれど、もう勘弁してください……」
「あれはそんなに辛かったのか?」
マティアス様が、うなだれるアインに優しく問いかける。
「はい……。あの時点では、もうすっかり魔力はすっからかんでしたよ……」
そういうアインの声は、疲れているように聞こえた。
「あの時点?」
「ああ。俺の護衛になる前の話だな。ある日、気に入っていた使用人が突然目の前で倒れたと思ったら、姿形がまるきりの別人になった。その使用人がこいつだ」
そう言って、マティアス様はアインの肩に手を置く。
「魔力は膨大な筈だったんですけど……。それに、何とか頑張って魔力を回復していたのですが……。死にかけました」
「死にかけ!?」
「そ、そんな過去が……」
少し気まずそうなアイン。私が驚くと同時に、ルー様が悲痛な表情をする。
「死にかけた影響か、魔力が結構増えていたのですが、もう二度とやりたくないですね。ちなみに、その時は異能力も併用していたので、純粋な魔法だと、一週間持つかどうかですよ」
「結構持つな」
「その後もれなく生死の境を彷徨いますね」
「駄目じゃん」
ハロルド様が少し驚いたが、アインの付け足しにカーティス様が即座に否定した。
「はあ、お前、5日。5日間ずっと意識がなかった。あの時は子供だったからな、今はもう少しましになるかもしれんが、それでもだ。お前が構わなくとも、俺は絶対に認めん」
「僕だってやりたくないですよ!」
「誰だって心配が勝ってさせたくないわ阿保!!」
マティアス様が、断固として拒否する。アインがそれに同調するが、ラファエルに頭をはたかれていた。
確かに、どこかアインはそのことを軽く考えて居そうだ。なんか、死にかけたからやらない、というよりもしんどかったからやらない、みたいな。
「まあ、少し我慢すれば、いい方向に転ぶんじゃない?アインはマティアス様に抑えて貰って、俺たちはそれとなく、噂を広めましょ~」
「それが一番だな。アインの過去を聞いた限り、絶対にやりたくないこと以外は、何でもやりそうだしな」
「……………………そ、そんなことは、ありませんよ?」
ハロルド様の鋭い視線に、アインはやけに長い沈黙の後、どこか震えるような声で否定する。
マティアス様は、そんなアインの頭を優しくなでながら、圧をかけた。
「アイン?無駄に長い沈黙は一体なんだ?」
「な、何でもありません!」
「そうか、何でもないか……。アイン、お前の主は誰だ?」
「そ、それは……」
「命令、聞くよな?」
「謹んでお受けいたします……」
「説得は完了したな」
「説得というか、脅しじゃねーか」
満足そうなマティアス様に、ラファエルさんはつい口を滑らす。ハロルド様に睨まれ小さく、すみません、と謝っていた。
「私は、令嬢を中心に噂を広めますわ。色々と、伝がありますの」
「俺も~。癪だけど、俺の婚約者も使うかな~。ジェシカ嬢だけよりも、ずっと効率いいしね~」
「あわよくば、を狙ってるんだろう?――俺は令息を中心に回る」
「俺はうちのクラス以外だと厳しいかもしれないですね……」
「なら、私も……!?」
「僕もでは……」
「なら、他の人に任せればいいんじゃない?ラファエルのクラスにも、噂好きな子、いるんでしょ?」
「そうすることにします」
うう、私は無理かも……。
「あとは、アインのスパイでもすればいいんじゃないかしら?マティアス様と、ずっと一緒にいるという訳でもないのでしょう?」
「私は、アインよりも生徒会室に早く来ます!」
「なら僕は、クラスで絶対にアインを一人にしません!」
私たちは、やる気を満ちあがらせる。
やるぞー、えい、えい、おー!




