いつも通りの朝、いつも通りの日々……?
いつから、今日はいつも通りとはかけ離れた日になってしまったのだろうか。
朝は、いつも通りだった筈だ。
そんな現実逃避なことを考えながら、僕は頭を抱えた。
何故、僕は頭を抱えているのかというと――それは、今日が始まるその時までさかのぼる。
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まだ、日が昇る前のこの時間。僕は、身支度をして、外に出る。
まだ誰もいない。こんな朝早くに、貴族がほとんどな個々の生徒は、起きてくる筈もない。
来年になったら、ジャスパー様が入学してくるだろうが、それまでは早朝は、僕しかいない時間帯だろう。
準備運動をして、軽く建物の周りを走る。鳥の声が聞こえ始めてきた時間帯だ、音を消して走っているため、鳥の声と、風が木々を揺らす音しか聞こえない。
精霊王たちは、大体は遅寝遅起きなため、こんな時間帯に出くわすことは少ない。
いたとしても、シルフィードかテイアくらいだ。
だから、あまり早朝から模擬戦をしたことがない。確か、ラース兄さんがステラに帰った後に、シェイドが気まぐれに模擬戦を言い出したのを受けたくらいだ。
シルフィードやテイアは、あまり戦闘を好まない。早朝で僕がやるのは、もっぱら走り込みや剣術の練習くらいだ。
魔法は、日常的に使っているため、あまり訓練をしなくても勝手に上達していく。認識阻害の魔法は、かなり難しい魔法なのだ。
「朔」
僕は木刀を持ち、剣術の練習をする。魔力さえ込めなければ、魔法にはならない。
「十六夜」
安物の小刀を振るい、技を繰り出す。しかし、魔力を込めない。
「月ノ光――皓月」
無音で相手に攻撃し、聖属性を付与した攻撃で畳みかける――そういうイメージを頭に思い浮かべる。
実践を想定し、剣術を組み合わせる。
「氷纏――寒月――凍月――雪月花」
刀に氷を纏い、周囲の温度を奪う。凍月で続く雪月花を強化し、氷の華で、相手の自由を封じる。しかし、相手は抜け出してしまう。
「霽月――宵闇――」
僕は、その間に刀に聖属性、小刀に闇属性を強化する。相手はそれを察知し、攻撃を仕掛けるが、僕はそれを軽々避ける。
「朧――鏡花水月――」
朧で鏡花水月の威力を上げる。どちらとも、相手を騙す技だ。
背後に現れた気配に、相手が弾かれたように距離を取り、瞬時に攻撃をする。
しかし、僕はそこにはいない。
「三日月――月ノ光――十六夜」
三日月で遠くから攻撃し、月ノ光で静か陰忍び寄る。十六夜で理性を奪い、首を刎ねる。
予想外のところから攻撃され、相手はどうすることもできずに僕に敗れる。
僕は次の仮想敵に、刀を向けた。
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「――ふう」
脳内で、仮想敵たちの死体の山が出来上がっている。
少し危険な所もあったが、異能力を駆使して危機を脱した。
汗をタオルで拭い、木刀と小刀を魔法でしまう。
日が昇り、あたりはすっかり明るくなっていた。
汗を洗い流すなら、早めにしなくてはいけない。もうそろそろ、朝が早い人なら起きてきても不思議ではない時間帯だ。
僕は足早に寮室に戻り、魔法で汗を洗い流す。今までは備え付けの風呂を使っていたが、光属性と闇属性以外魔法を使えるようになった今、細かく温度調節ができ、とても便利だ。
更に、髪を乾かす魔道具を使わなくとも、より簡単に、早く髪を乾かすこともできるため、その時間も鍛錬にあてられる。
僕は、体の水気を切り、髪を乾かす。
そうして、新しいシャツを着て、マティ様の部屋へ赴く。
部屋をノックし、マティ様を起こす。一応僕は護衛ではあるものの、召使いはここには入れないため、僕は執事の役割も一緒にこなさなければならない。
学園入学前からやっていることなので、全く苦ではない。むしろ、半身と一緒にいられるのだから、苦と感じる方がおかしいと、僕は思う。
あまり目覚めがいい方ではないマティ様は、ノックの音では目を覚ましてくれず、何の返事も返ってこなかった。
「失礼します」
僕は一声かけて部屋に入り、マティ様が寝ているベッドへ歩を進める。
「マティ様、起きてください。朝ですよ」
「んん……朝か?」
「はい、朝です。おはようございます、起きてください」
「ああ……」
普段の傲岸不遜さは鳴りを潜めており、寝ぼけ眼のまま起き上がってくる。
「お湯です」
僕はお湯を張った洗面器を差し出す。マティ様はそれを無言で受け取り、顔を濡らす。僕はすぐさまタオルを差し出し、残ったお湯を処分した。
段々と目が覚めてきたらしいマティ様の着替えを手伝い、その後は朝食のために学食へ向かう。
この時間になると、ほとんどの生徒は起きているが、一部のずぼらな人物は、寝たままだ。
軍人である僕からすれば、朝日が昇っているのにもかかわらず、寝ていられるのは、流石というべきか、危機感の欠如というべきか……。
まあ、ここは戦場でもなんでもないため、そんなことを考える僕の方がおかしいのだろうが。
平和なこのひと時が続けばいいな、と無理なことを願いつつ、食堂の扉を開いたのだった。
「マティ様じゃありませんの!!??」
「まあ、こんな朝からそのご尊顔を拝することができて、私はとても幸せでございますわ……!!」
「その隣には、アイン様もいましてよ!」
「本当ですわ!マティ様に負けず劣らずお美しい……」
「本当に格好いいですわ……」
平和が続けばいい、という願いが無理なものだと思ってしまったからなのだろうか?食堂の扉を開いたと同時に、そんな黄色い歓声を浴びることになってしまった。
「ま、マティ様……」
僕は、そのうちのとある令嬢が発した言葉に、怯える。
「安心しろ。きちんとお前には魔法がかかっている」
「ではなんで……」
「……それを覆すほどなんだろうな、お前は」
こっそり涙目になっている僕に呆れるマティ様。
僕は、魔法の操作が下手になってしまったのかと落ち込んでしまった。
「恐らく、昨日俺の血を飲んだからじゃないか?いいことがあると人は綺麗になると聞いた」
「なら、今までここまで騒がれなかった理由にはならないのでは……?」
学園に入学してから、ここまで騒がれたことは一回もない。騒がれたことはあっても、ここまでじゃなかった。
「何やら騒がしいと思ったら、マティアス様とアインじゃないですか~」
「おはようございます、マティアス様、アイン」
「おはようございます、ハロルド様、カーティス様」
「おはようございます~、マティアス様、アイン」
僕たちが悩んでいると、そこにハロルド様とカーティス様がやってきた。僕は、ハロルド様に挨拶を返す。
「カーティス、何か理由を知っているのか?」
マティ様は、挨拶もそこそこにカーティス様に問い質す。
「知ってるも何も、前に一緒にインタビュー受けたじゃないですか~」
「そうだが……それがどうした?」
「そのインタビュー、放送部が毎週出している新聞の号外に掲載されたんですけど、そこにイラストと一緒に載ったんですよね~。あの、モーリス・ヴァン・フォン・シルクリーンが描いた」
「ああ、そういうことか……」
「どういうことです?」
「要は、上手く描きすぎだ。ただでさえ、魔法祭で人気が上がってたからな……」
誰とは言わんが、と付け加えたマティ様は、苦虫をかみつぶしたような表情をしている。
「面倒なことになったな」
「ひとまず、異能力で隠れましょうか。それと恐らく――」
僕は、周囲を見渡しながら、こう言った。
「ここ、邪魔になっているでしょうから」




