憐れな赤ずきんを救うのは
となれば話は少しややこしくなってくる。西側には、セオドアの敵国であった、オケディアが位置していたのだ。当然、そこからの間諜の侵入を避けるため、そこの関所はとても厳重になっている。
流石の僕でも、異能力や、吸血鬼の能力なしでは入れない。
だが不法入国すると、当然ではあるが目をつけられてしまうのだ。西側の関所も警備が厳しいが、そこに近い村も警備が厳しい。
それに、戦地になりそうな立地というのも関係して、そこに住む住人の顔を全員覚えることができるくらい、田舎なので一人増えただけでも簡単に判ってしまう。
まさに八方塞がりになってしまうし、では人のいないところを通っていけばいいのかと言うと、そうでもない。
ここは、村落から一歩外に出ると、凶暴な魔物が多く生息する危険地帯だ。野宿で移動なんて、とてもできやしない。……九星は別だが。
なので、僕は警備が一番手薄な南東の関所から入った。当然(?)関所を正規の方法で入ってない。普通に密入国だ。そんな僕がここにいると、ここの現地の人間にばれるのは不味い。
と言うことで、かれこれ2日は野宿している。未だにセオドア西部を抜けられないのは、運悪くこの辺りの警備が急に厳しくなったからだ。
蝙蝠を飛ばそうにも、そもそも野生の蝙蝠自体、この辺りに生息していないので、かなり目立ちすぎてしまう。
異能力は、出来れば最後の手段にしたい。あれは、燃費が悪すぎる。
「というか、よくここまで移動できたよな。僕でも一日で抜ける自信ないけど」
そもそも、もう既に2日野宿している人物が言うべき言葉ではないかもしれない。
あの男たちがどういう訳で僕を、この遠く離れた遠方の地に連れ出せたのかは不明だ。
使い捨ての魔道具があったからかもしれない。
だが、その魔道具も、今回のケースのような悪用をされないために、細心の注意を払って商人たちは売っている。信用のない人物には決して売らないのだ。だから、余計に謎が残る。
僕は謎を抱きながら、森を探索していた。
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Side Unidentified
「探せ!!まだこの辺りにいる筈だ!!」
不意に聞こえてきた声に、僕は警戒する。
そこにいるのは分かっていた。ただ迷い込んだ、と思いたかった。しかし、誰かを躍起になって探している以上、そんな可能性は潰える。
――不味いな。声が近い。それにしても一体、誰を探しているんだ?
僕が思考の海に沈もうとしている、まさにその瞬間だった。
「出てきてください、月影様!」
その男の声は、聞き覚えがあった。そして、その声共々、その名も、聞いたのは何時振りだっただろうか。
こっそり伺ってみると、着物を着た青年が、兵士の男の首を掴んでいる。彼の手には刀が握られており、その刃を兵士の男の首に突きつけている。
「出てこないと、この男の首を――と言ったところで、出てくる訳ないですよね。月影様は、そういう人です」
そう言って、その青年は手に持っていた兵士の首を掻き切る。声もなく倒れこむ兵士。
「さあさあ、早くしないと、お仲間がどんどん殺されてしまいますよ?フフッ、月影様を早く見つけ出してください。月影様は、これをお見捨てになったのですよ?」
死した兵士を蹴り、笑いながら兵士たちに命令する。
「もし、彼の方に月影様の死体をご覧に入れたら、どれほど褒めて下さるのでしょうか……!ああ、楽しみです……!」
恍惚とした表情を見せる青年。僕はそれを見て、かなりドン引きしていた。
――いくらなんでも、態々殺される為に出ていく者などいないだろう。
ただ、こんな奴が野放しになっているのも危ない。さて、どうしてものか。
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Side Unidentified
「どーーこにーいーーるーのでーすかーー?」
笑いながら声を発しているのは、あの青年であるが、狂気を持っている。子供が見たら、悪夢を見ること間違いなしの怖さだ。
青年の言う、“あの方”は、狂信者が多い。どいつもこいつも狂っていて、真面なのが皇御影の間諜を除いて数人しかいない。
これ程までに、この小さな体躯に感謝した事は無かった。怯えて、嫌々従っている兵士は、木々が鬱蒼としているこの森で、この小さな体躯を見つけれる程に集中していない。
そもそも“月影様”の特徴を知らないのだ。見つかる訳がない。
「ねえ貴方。死にますか?」
段々と、月影が見つからないことに苛立ってきたのか、適当な兵士を殺してしまった。
……馬鹿じゃないのかな、あいつ。
当然、死んだ兵士は有効活用する。兵士の遺体から服を剝ぎ取り、それに合わせ、背丈が伸びる。蝙蝠の分身術の応用で、小さくなっていた僕の背は、前と同じくらいの身長になった。
「ふう、これで完了。さて次は、口封じかな。皇月影がここにいることがばれてはいけないからね」
僕は堂々と、月影を探す振りをして歩き回った。あの青年――月影のお目付役であった秋葉を殺さなきゃいけない。
「ねえ貴方。死にますか?」
全く警戒せずに、秋葉は僕に近づいてきた。秋葉の刀を素手で受け止め、その鳩尾を殴る。鴨がねぎを背負ってきたような間抜けさに、僕は内心嘲笑う。
「ガハッ……!」
何が起こったのか分からない、と言う風に座り込み、呆然と僕を見上げる秋葉。
「最期に聞かせてくれない?皇月影がここにいる、って誰かに言った?ああ、そうそう、嘘は、駄目だからね?」
しゃがみ込んで、ニッコリと笑いかけてやると、秋葉はたじろいだ。だが、それは一瞬のことで、すぐに挑戦的な笑みを浮かべて口を開いた。
「フン、言ってるに決まってるでしょう?月影様の殺害は、最重要任務。何が何でも遂行させなくてはいけない。だからこそ、月影様の情報は皆で共有しな……」
「嘘だね」
秋葉は、どうやら人の話を聞くのが苦手らしい。
「は……?」
「嘘つくとね、発汗するんだ。それと少し挙動不審になる。あとは……眉間に皺が寄るかな?」
秋葉ははっとして眉間に手をやる。その行動が決定打となった。
「きちんと報告していれば、明日の今頃は息をしていたのかもしれないのにね」
そう言って立ち上がる。秋葉の瞳に映る僕の目は、冷たく鋭い。秋葉が大袈裟に震え出した。
「な、何をする気です……?」
「決まっているでしょう?聞きたいことは聞けた。もう貴方は用済みだ。これは遊びでも、そちらの一方的な狩りでもない。恨むなら、判断を誤った己を恨んで――死ね」
「い、嫌だ……!死にたく、無い!まだ、やりたいことがあるんですよ……!こんなところで……。こんなところで死んでたまるものですかッ!!」
秋葉は、刀を振り回す。型も何もない、がむしゃらな動きだ。
「――はぁ」
一閃。生きて帰す気は無かったが、煩く喚く口を閉ざす心算で秋葉の首を切り飛ばす。短刀についた血を振り払い、軍帽を目深に被る。木々に紛れ、僕は秋葉の死体と共に、誰も足を踏み入れなさそうな森の奥地へと向かった。
秋葉の死体を灰になるまで燃やし、隠蔽する。隙を見計らって、森から出て、距離を取る。警備が厳しくなった原因と思われる人物を始末したので、取り敢えずは大丈夫だろう。
――気をつけなきゃいけない。月影がここにいることを、まだ誰にも知られては、いけない。




