物語は、今動き出す
「さて、お前はこれからチーズルに向かえ。いいな?」
僕は頷く。
「ああ、それと、このことは誰にも言うな。言えば……分かるな?」
僕は頷く。
「ではさっさと行け。ああ、国境の連中には話は通してある。九星の“鮮血の死神”が国境越えする、となあ?」
目の前の男が高笑いする。怖い。言うこと聞かなきゃ、鞭で叩かれる。
僕は男の前を去り、自分の割り当てられた部屋へ行く。殺風景な部屋だ。でも、誰かが隠れることができない空間だから、安心する。
僕は荷物を纏めた。最低限。大荷物にならないように。誰にもばれないように。ばれたら鞭で叩かれる。だって、僕はそもそも話すことができない。なのにああ言うっていうことは、僕への嫌がらせ。それと誰かにばれたら容赦なく鞭で説教するぞ、という意思表示。怖い。痛いのは嫌だ。それ以上に、あの男と鞭が怖い。
行かなきゃいけない。九星の皆と離れるのは嫌だけど、それ以上に怖い。痛い。
部屋から出ると、僕より少し背が高い、オレンジの短髪を持つ青年がいた。
「お、01!3日振りだな。元気だったか?」
僕は頷く。彼は05。14歳。僕とは5歳差。二つ名は、“終焉の狂戦士”。適性属性は魔と炎。僕と一番年が近くて、優しい兄のような存在だ。多分、今日前線から帰ってきたところだろう。
「やっぱ強いな、セオドア王国は。負けやしないンだが、兵士の損害が桁違いだ。全く、そもそも俺たちがいないと、真面に戦えない相手に、どうして喧嘩吹っ掛けるンだか」
溜息を吐きながら、05はぼやく。
「そりゃ、私たちがいるからこそ、あいつ等強く出てるだけなのよ。馬鹿の一つ覚えの様に周囲に喧嘩吹っ掛けまくってたら、いつか痛い目に合うのも知らずにね」
溜息を吐きつつ後ろから来た少女が立ち止まり、左手を腰に当てる。
彼女は03。水色の髪は胸に届くか届かないかであり、毛先にかけて濃青のグラデーションがかかっている。16歳になった03は、段々と大人っぽくなっている。そんな03の二つ名は、“全色の魔術姫”。7歳差の03と05、僕と共に、九星の年少組と呼ばれていたりする。主に06に。
「というか、そもそも俺たちの存在が露見する方が拙いってのにな。なんせ、倫理的にかなり問題がある、改造人間だぞ?」
「本当に、そうね。体のどこかしらを改造されれば、髪の色が変わってしまうのに」
「それを知らない奴の方が多いンだ。だから、こうして俺らをこき使える。傍迷惑な話だ」
05は溜息を吐きながらくるりと背を向けた。正面から見ると、オレンジの短髪の青年に見えるが、後ろには細く長い三つ編みが垂らしてあり、毛先に向かって深緑のグラデーションになっている。それこそが、05が通常の人間ではないことの証左だった。
「じゃあ俺、少し寝るわ。前線から帰ってきてから一睡もしてないンだ」
「そう、お休みなさい。01、私この後、戦いがあるから。10日は帰ってこれないの。――強く生きて」
そう言い残し、03と05はそれぞれ自室に籠ってしまった。
僕はそれを見送り、静かに唇を動かした。
――03、05。お元気で。
僕は誰とも会わないように国を抜け出し、我が国オケディア王国の同盟国、チーズル帝国へ向かった。
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Side 06
淡緑色の髪を持つ青年が血相を変えて走っていた。
全体的に薄く、儚く見える。更にその青年が一部に濃茶の色を持つので、より現実味がない。それでいて他人を寄せ付けない冷徹な雰囲気は、その青年が確かにそこにいることを疑う余地がない。眼鏡を掛けているのも相まって、より冷徹に見える。
「大変だ」
青年は簡潔に仲間たちに伝える。
「何が大変なんだ?」
そう聞いてきたのは、茶髪の青年だ。彼は少し伸びた毛先に青銀の色を纏っている。
こちらも眼鏡を掛けているが、淡緑色の青年は冷酷、茶髪の青年は無愛想又は寡黙といった印象を受ける。
「01が消えた。もう手遅れだ。既にチーズルに入国している」
「もう一度言ってくれ。聞き間違いかもしれない」
茶髪の青年は頭を抱える。聞きたくないものを聞いてしまった風だ。
「01が消えた。もう既にチーズルに入国している」
「それを誰かには?」
「これから言う。――今まで立てていた計画がこれでおじゃんだ。全く、どこまでも邪魔してくる……!」
「落ち着け、06。それで、未来は」
苛立つ淡緑色の青年――06を、茶髪の青年が落ち着かせる。06は息を大きく吐いて、自己を落ち着かせる。
「僕がこう行動するのが最善だった。――取り敢えず01は死なない。けれど扱き使われ過ぎて疲労困憊。今から約2年後、セオドア王国の国王の暗殺に失敗する。原因は睡眠不足と貧血。それから飢餓による思考の乱れだ」
「つまり01はチーズルの連中に寝る間も惜しんで暗殺仕事をさせられ、血も満足に飲めず、そしてついに体の限界が顕れてしまった、と」
「僕が感知したのは、セオドア王国の国王の暗殺失敗の瞬間だ。つまり、それが01の危機になる」
「死にはしないが、命の危機はあるって訳か……。それで06、俺はどうすればいい?」
「僕は04と05《オーファイブ》08を呼ぶ。02は09を呼んできて欲しい。07は無視でいい」
「――意外と辛辣だなあ、おい?」
茶髪の青年――02の後ろからやってきたのは、赤髪の筋肉質の男だ。毛先にかけてオレンジになっていっている。
「どうせ来るんだ、それに07がいると、一々話が進まない」
「……」
07は苦い顔をして黙った。
「取り敢えず、02。色々と作戦を立て直す。07、話を聞きたければ、何も言わずじっとしてて」
「おう」
06は二人が頷いたのを確認して行動を起こす。
「これから未来を変えよう」
06の雪色の瞳が一瞬、七色に光った。