閑話:“全色の魔術姫”の初陣
Side Miria
私が、初めて人を殺したのは、10歳の時だった。
今でも覚えている。自分の魔法が、人を殺す、あの感覚を。
全てに絶望するあの感覚。それを見下ろす、冷たい瞳。
だから、私はあの男――皇月影を憎んでいるのだ。皇月影は――私に人を殺させた張本人なのだ。私を、私たちを、戦争兵器に仕立て上げた、あの氷よりも冷たい男だ。
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Side 03
ウラティナの戦い。この戦いは、九星が出陣する三つ目の戦争であり、私の初陣の舞台だ。
「もう一度説明する。九星では初めての攻撃部隊だ。暗殺者も狙撃手も一応攻撃部隊ではあるが、やっぱり魔法の方が分かりやすく圧倒できるからな。だから、間違えるなよ?」
「分かってるわよ」
「生意気な……!」
豚みたいな男は、血管を浮かび上がらせながら怒る。私は、それを冷たく見ていた。
なんで、戦争なんかするんだか。人なんか、殺したくない。
「なら、最初に何をすればいいのか、分かる?」
とても美しい男が、鋭い表情で私に問う。
「……光属性、闇属性以外の上級魔法を敵に撃つ」
柔らかい声の筈なのに、冷たい。そんな声に、私はすらすらと答える。
「違う。――生意気に振舞いたいなら、自分の役割ぐらい、きちんと理解してこなして」
「あってるでしょ!?」
無能が、とでも言いたげなその男に、私は声を荒らげる。
「おい!この方にそんな態度を取るなよ……!」
「いい。――君がやるべきことは、味方の兵士が敵方の兵士に追い詰められ、じりじりと撤退する。敵はこの戦いを取った、と勘違いするだろう。その瞬間に、魔法を叩きこむんだ。まるで、味方の危機に駆けつける、英雄のように。あと、こいつ」
「え?」
急に似顔絵を見せられた。その中の男は、どこにでもいそうな、平凡な男だった。
「敵の捕虜の目の前で、殺せ。敵国の間諜だ」
「何でわざわざ泳がせていたの?私、スパイを見つけることはできないわよ」
「いつでも九星は見ている。それは01が見つけたとすればいい」
険しい顔のまま、男――皇月影は冷たくそう言った。
じっと私が月影を睨んでいると、天幕の外から、兵士たちの鬨の声が聞こえる。ああ、戦争が、始まった。
「しっかりやって。――少なくとも、二、三個は魔法を撃ってもらうよ。光と闇以外の属性の魔法を一つずつ」
「……なんで人を殺さないといけないの」
「じゃあ今すぐツァオバークンスト家に戻る?九星に役立たずはいらない」
「……」
月影はずい、と私に美しい顔を近づけ、瞳孔が開いた瞳で私に呪詛を吐くように言う。私は、黙るしかなかった。
ツァオバークンスト家とは、私の実家だ。魔法狂いの一族。代々魔導士団長を輩出している名門一族だ。
その中で、私は落ちこぼれだった。
それでも侯爵位。全く魔法の才がない訳でもなかったから、放置されていても、そこそこいい暮らしができた。
なんで私だったのかわからない。国一番の魔導士だった父の再来と言われる長兄や、独自に魔法の開発をしている長姉ではなく、特に目立った才能がない三女の私。
軍はそんな私を欲した。家は、役立たずの娘が役に立つと思い、すぐに私を軍に売った。
ずっと恨んでいた。私を軍に売った実家を。血を吐き、泥を舐めるような生活を送っても、あいつらは豪華な服を身にまとい、豪華な食事で腹を満たす。
軍も軍だ。横暴で、人でなし。せっかく友達になれたと思った13も死んだ。
それに、今度は私に人殺しをさせようとする。
「人を殺すのが怖いの?」
「あ、当たり前でしょ!人を殺すなんて!そんなの嫌に決まってる!!」
「でも殺してくれないと困るんだよ。――ねえ、僕が今すぐ味方諸共魔法で全て吹き飛ばす。それを君がやったことにする。もしくは、作戦通り、君が魔法を撃って、敵兵だけを一掃する。どっちがいい?」
「……は?」
「ほら。早く選んで。十秒以内に。――君の選択が、味方を殺すんだよ」
「……」
私は、目の前の悪魔のような男を睨む。
「十、九、八――」
形の整った唇が、カウントダウンを始める。
――どうする?私は、どうすればいい?
「七、六、五――」
――私が、この手で人を、殺す?そ、そんなの絶対嫌!
「四、三、二――」
――でも、私が殺さないと、味方も死ぬ。私が殺さないと……。死ななくていい人たちまで、死んじゃう!!
「一」
「わ、私がするから!だから……。だから、味方まで、殺さないで……」
「その言葉、反故にしたら神話級魔法を撃つから。――もしかしたら、僕と君以外、誰一人生きて帰れないかもね?」
「――!!」
残酷な言葉。私は、絶対に敵兵を殺さなければならなくなった。
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味方の兵士が、じりじりと撤退する。敵はそんな私たちに、勝ったと勘違いした。
「撃て」
冷たい声に、私はできるだけ無心に魔法を撃つ。火属性、水属性、風属性、土属性、聖属性、魔属性。最後に光属性と闇属性。私は、風属性魔法で空を飛びながら、全ての属性の上級魔法を撃つ。
大地に、八色の華が咲く。
こんな状況じゃなければ、うっとりと眺めるような美しい光景だった。
しかし、よく見れば人が空を飛んでいる。上級魔法の衝撃で、空を飛び、地面に叩きつけられ赤く染まり、動かなくなる。
最前線で戦っていた敵兵は、後方部隊がそんなことになっているのを見て、顔が青ざめていた。
中には、絶望で涙を流している兵士もいた。
私は、そんな光景を見て、吐き気と同時に胸が張り裂けそうだった。
月影は、興味もなさげにその光景をただ眺めていた。
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「これで、心臓を刺すんだ」
「これ、って……」
月影に渡されたのは、短剣。ずっしりと手にかかる重みが、恐ろしい。
「捕虜を集めた。目の前で、間諜を始末すれば、自分も同じ目に合うんじゃないか、と怯え、素直に情報を吐いてくれる筈だ。
――あ、そうだ。きちんと狙いは外さない方がいいよ。きっと痛いから」
無表情でそんなことを言う月影が、今はとんでもなく恐ろしく思えた。
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「お、お助けを!!」
「……ごめんなさい」
誰にも聞こえないように、口の中でつぶやく。
私は、狙いを外さないように目を見開く。しかし、何も見ないように目の前のことに集中する。
「そ、そいつは家族がいるんだ!結婚して五年になる女房がいるんだ!しかも、妊娠している。なあ、まだ性別もわからない子供から、父親を取る気か?」
「……」
捕虜から、そんな声が聞こえる。私は、奥歯を砕かんばかりに食いしばる。
私は、覚悟を決めた。それでも、手が震える。私は、男に素早く駆け寄り、心臓に刃を突き立てる。男は、力なく私に倒れ掛かってきた。
嫌に、肉を断ち切る感触が生々しく、血の鉄臭さが鼻を突いた。
しかし、私はそれを何でもないようにふるまう。――振舞わなければいけない。
そんな私に向かって、悪魔だ!とか、人の心がない冷血女め!とか、そんな言葉が聞こえた。涙がでそうになったが、泣いたら恐らく、月影に何をされるかわからない。
多分、月影からした九星は、きっと泣かないから。
「きちんと役割を果たしてくれて、よかったよ」
「悪魔が!!」
心の奥底から、憎しみが溢れてやまない。私は、帰りの馬車で、月影のことを一切見なかったし、一切口も利かなかった。
ただ、馬車の車輪の音だけが、大きく聞こえていた。
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Side Miria
久しぶりの悪夢だ。
何故か、月影のことがあまり思い出せなかった。
けれど、最近はなぜか思い出せるようになり、さっきも夢を見た。
あれは、私の初陣だ。そして、初めて人を殺した日でもある。
あれから、十年経った。今は人を殺すことに、全くの抵抗を感じない。慣れてしまった、そう自嘲するとともに、たまに手が赤く染まっているように見える時がある。
私が月影を憎む理由。多分、私たちは月影に記憶を消されている。その記憶が蘇れば蘇るほどに、月影に対しての憎しみが沸き起こる。
月影は、血も涙もない悪魔だ。研究者たちとは違うだろう。
「皇月影……私が、必ずお前を殺す」




