遊び心は忘れずに
Side Kaname
「来たか」
とんでもない美形の男が、悠然と歩いて待ち合わせ場所に来た俺に、そう言った。
俺はその男の姿を見て、思考が止まった。
なぜなら、その男は普段から魔法で隠している美貌を、惜しげもなくさらしだし、そして涅色の髪や漆黒緑の瞳は、血のような深く鮮やかな紅色をしていた。
俺は何とか、お前その顔晒していいのか?と問いただしたいのをぐっとこらえ、ぶっきらぼうに言った。
「いつもはそっちからくるのに、何の風の吹き回しなんだ?」
「ちょっと出張に行ってもらいたくて」
「はあ!?スーには、ちょっと出てくる、としか言ってないんだが!?」
「大丈夫。きちんと連絡しているから」
「なら俺にも事前に連絡してくれ?!」
妙な手回しの良さに、俺はすかさず文句を言う。
「今日の依頼、ここを待ち合わせ場所にしたら近かったでしょう?」
「何で俺の今日の仕事内容知ってるんだよ」
俺は、冒険者……という名の何でも屋を生業としている。実家を出ているので、当然援助はない。だから、自分で稼ぐ必要があるのだが、基本的にその日に仕事を決めて働くのだ。
まあ、今日は氏名依頼が入っていたから、今日の仕事は決まってたけどさ。
「それはいいから。要、イーストフールに――」
「今から外国に行けってか!?流石に抗議するぞ!?」
「まさか。今日頼みたいのは、ステラの森の奥地の――」
「外国だろ、そこ!!」
イーストフールの次はステラか!ちょっと近くなってんじゃねえよ!
「だから早計だって。今日はそこに行くための下準備として、同行者に合わせるために呼び出したの」
「同行者……?」
「ああ。俺がそれだ」
その同行者とやらが、物陰からひょっこりと姿を現した。元々物陰から気配がしていたから、特に驚かない。
俺は、鮮やかな緑色の天パを見ながらそう言った。
「……誰だこのブロッコリー」
「誰がブロッコリーだ!!」
「フィンレー・ドゥ・ロースティス=イーストフール第二王子だよ。イーストフールを引っ掻き回してほしくてね、フィンレーは表から、要は裏から引っ掻き回してほしい」
「同行者はここにいる、やるべきことも聞いた、もう仕事は終わったな」
俺は早く家に帰って妻に会いたい。仕事を終えれば、すぐにスーに会えると思ったのに。
「作戦を伝えるために、今日呼び出したんだけど。まだフィンレーにも話していないから、いきなりイーストフールに行っても、何もできないし、ステラのどこで何をするの。もう今日はスーさんには会えないから」
「……」
「さて、あそこに行こう。わざわざアインとも月影ともあまりかすらない格好で来たんだから」
そう言う月影は、深い赤の生地に黒いリボンのシルクハット、黒いシャツに紺のベスト、シルクハットと同じ色のジャケットに、同じ赤のネクタイ。更には金細工のステッキまで持っている。
確かに、アインの地味で安物の服――とは言っても、平民が着るようなものでもないのだが――とは真反対だし、月影はいつも和服を着ている。しかも二人とも黒髪黒目だ。
第一印象では、まず見抜かれることはないだろう。
ちなみに、俺はフィンレー殿下が月影の正体を知っていることを知っている。というか、そもそもロースタスの王子だ。月影の特徴ぐらい知っている筈だし、その前に俺自身が伝えていた。
そのフィンレー殿下は、月影に勝るとも劣らない豪華な服だ。月影が赤と黒を基調としているのに対し、フィンレー殿下は緑と黒を基調にしている。夜だから二人とも黒を入れているのだろうが、俺はそもそも仕事帰りだ。
「なあ、これ傍から見れば、悪徳貴族が平民を恫喝しているようにしか見えないんだが……」
「そんな訳ないでしょ。いつまでも借金を返さない不義理な平民を詰めているようにしか見えないよ」
「ほぼ一緒!言ってる内容ほぼ一緒!!」
「さすがに茶番に時間を取っていたら、どんどん作戦を説明する時間も無くなりますよ。それに、どうしたって目立ちますし」
「なら目立たない格好で来てくれ?」
「僕が目立つ格好でいることの方が意表を突けるでしょう?」
「早く、行きますよ!」
俺たちはフィンレー殿下に押され、とある高級宿屋に入った。
「金は?」
受付を素通りし、部屋に入った俺が真っ先に聞いたことはこれだった。
「僕の奢りだよ。流石に急に予定を変更させた挙句、家計にかなり影響が出るほどの出費をさせる訳ないでしょ」
「それはありがたい」
「いいよ。あと、これも指名依頼を装うから、きちんと報酬も出す」
「一体どんな風の吹き回しだ?」
今までただ働きだったくせに。そういう気持ちを込めて、俺は月影を睨む。
「ああ、スーさんに報酬を渡していたんだよ。聞いてなかった?」
「……やっぱスーはオレに怒っているんだな」
「誰だって怒るでしょ。そもそも佐倉家は侯爵、僕は王位継承権第二位なんだから」
「……」
フィンレー殿下が黙った。全く話についていけてない模様。
「と、とにかく、お前は何をしてほしいんだ?」
「まず、ステラに赴いてそこの南側の森の奥地にあった、ゴブリン村を調査してきてほしい」
「は?今あるものじゃなくて昔あったものか?なんでまた」
「あそこ、元々規格外なゴブリン村――というか集落だったね。一匹一匹がキングブラックウルフと対等に渡り合える強さだった」
「待て、ただのゴブリンだろ?ホブゴブリンでもないのか?」
キングブラックウルフとは、熟練冒険者でさえも、一対一ではまず戦わない。パーティーを組んで戦うのが定説とされている魔物だ。
大してゴブリンは、一匹二匹なら、初心者が最初に狩る魔物の一つに数えられるほどに弱い。
その進化体でもあるホブゴブリンだって、そこまで強くはないものの、初心者からすると絶対に出会いたくない魔物に数えられる。
「うん。一匹もいなかった。間違いないよ」
「それはまるでお前がゴブリン集落を壊滅させたように聞こえるんだが?」
「気のせいじゃない?流石にあんな強力な集落がなくなって、僕も調査をしたけれど、ホブゴブリンの死体は一切見当たらなかった。――話を戻すけど」
そう言って、月影は一呼吸置いた。
「そこにね、またゴブリン村が形成されつつあるようなんだよ。だから、できたら討伐。できなくても調査をしてくれれば、あとは僕が何とかするから」
「分かった。ステラの件がそれな?それで、イーストフールの件は?」
「要には、この情報を新聞社と協力して、できるだけ多くの人の目にさらされるように、ばらまいて欲しい。――そうだな……号外なんてどうだろう。そこで、要が大声で人々の興味を煽る」
「それは確かにゴシップ好きな民衆は釣れるな」
「フィンレーは後入りで王宮に入って、最初はちょっとした不正の証拠を使う。無視してきたら、少しずつ大きい不正の証拠を使う。するといつかの瞬間にマクレーン公爵はその証拠を消すために、躍起になる。
最後に不正した証拠を自ら消そうとする瞬間を、大勢に見せつける。すると、フィンレーの株が上がるとともに、王族全体の株も上がる」
「そんなにうまく行きますかね?」
フィンレー殿下が不安そうだが、月影は毅然と言い切る。
「行かなかったら要がサポートすればいい」
「もっと大きい不祥事ってないのか?」
「ないことはないよ。ウィキッドとの繋がりはほとんどないとはいえ、チーズルと繋がっているのは分かっている。これを、民衆ではなく超古代国家の王族にばらせばどんな目に合うか。――これ、他国の力も借りるので、あまりしたくない上に、下手すればフィンレーをロースタス王にする目論見も遠ざかる可能性がある」
「確かに、俺がヴァイドやゼスの国王なら、喜んで飛びつくな」
月影の言葉に、俺は深く頷いた。
「次に、要が王族の堕落しきった姿とマクレーン公爵との繋がりを見せつける。一気に人気が上がった分、落下も激しい。――フィンレーはその間、品行方正に過ごす。民衆に、フィンレー第二王子は違う、と見せつければ万々歳だ」
「フィンレー殿下に飛び火しそう……」
「要が、フィンレーに取材をすればいいでしょ?だって、あのマクレーン公爵の悪事を暴いた、正義の王子さまなんだから」
「確かにな。――で?これでイーストフールの王になったとしよう。その次は?」
俺は、勇んで月影に都築を聞く。しかし、月影の返答は、予想外のものだった。
「ん?一旦ここまでだよ?流石に今、ロースタス統一!と言ったところで、フィンレーがロースタス王になれる道理は一切ないし」
「まだ学園で学びたいことがたくさんある。俺としては、このまま留学したい」
「そう、か……」
「要が頑張ったら、スーさん大喜びだよ?」
「そう、だよな!」
またいつかロースタスがらみでスーに会えなくなると思うと気分が沈んだが、スー関連ではちょろい自覚のある俺は、まんまと月影に乗せられた。
そんな俺たちに、フィンレー殿下は眉尻を下げながらこう質問した。
「二人の関係は、どういったもので?それと、スーという人物はどういう存在ですか?」
「フィンレー、敬語はいいよ。――要との関係は、解消前提の婚約者、かな」
「それでスーは俺の妻だな」
「……要さんって、案外最低なんですね」
俺を蔑む瞳に、俺は盛大に焦る。
「いや!?これはきちんと月影にも許可をもらっていてだな……」
「そうだよね!酷いよね!」
「おいこら月影!!変な事吹き込むな!!」
「事実でしょ?……人からすれば」
「一旦その煩い口を閉じろ!!」
こうして、結構真剣で重要な作戦会議は、そんな喧騒の中、夜が明けることで終了した。




