尊大な知識人
Side Miria
「つまり、確実に冬にはアインは帰ってくる、ということね!」
「そうみてェだな。アイツ、どうやら逃げられなかったみてェだな」
私のわくわくした声に、ラースが楽しそうに答える。
ステラの王宮の昼下がり。目が回るほどの忙しさからようやく離れられ、王宮内には平和が訪れていた。
とは言っても、未だにノア兄やゼス兄は忙しそうだが、二人で息抜きをしている姿を見る限り、前ほどでもないのだろう。
「アインにやってもらいたいことがあるからなァ……」
「ええ、そうね。あの頭でっかちをようやく、黙らせることができる日が来るなんてね……」
アインはまぎれもない天才。元々研究者基質な彼に、オケディア時代からずっと研究所で働いていた研究者たちも少しは話を聞くようになるだろう。
「ずっとウザかったのよ……リーリア以外」
「そうだな……。今や力関係なんて、逆転してンのになァ……」
そんなおどろおどろしい空気を醸し出す私たちの怨念が伝わったのか、研究者たちは悪寒に身を震わせたとか震わせてないとか。
「ずっと上から目線で、まるで感謝しろ、とでも言うかのごとく!」
「別に頭を下げて礼を尽くせ、なんて誰も言ってねェがよォ……。もうちょっと礼儀というものを知ってもらわなきゃなァ……?」
「確かに、革命のときに上層部を一掃したわよ?その時に、研究所以外の老人も含まれてたわよ?」
「それで研究所長が最も古参になって、それで威張り散らすとかなァ……。誰がこの国の平和を守ってンだよ!」
「はいはいそこまで。二人とも、溜まってるわね」
「「そりゃもちろん!!」」
私たち以外の穏やかな声に、私たちは同時に口を開いた。
「それでも、研究所があったからこそ、革命が成功したんでしょう?九星をつくったのも研究所、皇月影のメッセージを渡してくれたのも研究所。だからその程度のことは、我慢しなさいな」
「でも、我慢できる許容は越えたわよ」
「俺のことも鬼だと言って!俺は!鬼人だ!キ、ジ、ン!!」
やっぱり、ラースが怒るところと言えば、そこになる。アイン以外は最低一回間違える、鬼と鬼人。魔族にとっては天と地ほどの差でも、私たち人族からすると、ただ一文字違うだけ。
本人(本鬼……?)から説明されたところで、さっぱりわからなかったものの、アインからとても分かりやすい説明を貰い、何とか理解できた。
鬼と鬼人の違いは、人で置き換えると獣か人族か、という事になるらしい。それを感覚的に説明しようとするからややこしくなる、とラースに言うものの、確かにそれは怒りたくもなる。
「元々、プライドの高い人たちなのよ。そのお陰で、誰も政府や軍の言うことなんて、聞かなかったらしいわ」
「それもこれも全て、皇月影が政府や軍側の人じゃなかったからでしょう?」
彼がいなければ、研究所も、政府や軍と一緒に潰されてたんじゃないかしら。
「ミリアちゃん、ラース君、権力が好きな人は、権力が嫌いな人よりも圧倒的に多いわ。だからこそ、権力になびく人が必ず組織に何人かはいるの」
「それはそうだけど……」
「でも、誰もなびかなかった。つまり、権力よりも何よりも、研究が大好きなのよ」
「まさか、九星が革命を起こすと、知っていた――?」
私の言葉に、ラースが、まさか、と言う。ララ姉は、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「私たちは人間よ。そして、彼等も人間。子供だった私たちの人生を大きく変えて、兵器にした。私なら、罪悪感で一杯になるわね」
「……」
「ただ、素直になれないだけよ。自分の、罪の証。それを目の前にして、取り乱してるのよ」
「謝ってくれればいいのに」
「そうもできない事情があるんだろ。それに、今更謝られたって、どうすればいいのか、わかンねェ」
「た、確かに」
私なら、悩みに悩み抜くだろう。そんな私たちを気遣って、何も言わず、尊大に振る舞う。
「あの人も、そうなのかしら」
ララ姉とラースは、一瞬私が誰のことを言ったのか、分からなかったのだろう。二人で顔を見合わせて、ララ姉はこう言った。
「そうなんじゃないかしら。研究者たちはね、誰かからの受け売りだけど、と前置きしてそう言ったの。謝罪は、被害者ではなくて、加害者のためにあるのだ、と。私はそう思わないけどね」
「そんな偏屈なこと言うヤツ、研究者たちと同じ――いや、もっと頭でっかちなヤツだろうな」
意地悪そうに笑うラースに、少しだけ悲しみの色が見えたのは、気のせいだろう。きっと。
私は、研究者たちを許せない。
でも、私は私を捨てたも同然な実家を見返した。その手伝いをしてくれた彼らには、少しだけ感謝していなくもない。
そんなことを口にしたら、ラースに、お前も一緒じゃねェか、と笑われるだろうな。
だから待ってなさい、皇月影。必ず見つけ出して、まずは謝らせるんだから!
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Side Lara
「あれでよかったのかしら?」
私は、ノア君にそう言った。するとノア君は、小さく笑って、上出来だよ、と穏やかに言った。
「僕たちは、彼の思い通りには行かせない。でも、ミリアちゃんは一番彼を憎んでいそうだからね。できれば、異能力の効果をなくす異能力者がいればいいんだけど、僕の異能力を駆使しても、見つからなかったからね」
「異能力を消す異能力者……。アイン君じゃ駄目なの?」
「駄目だね」
ノア君は、さっきと同じく柔らかい口調でそう言ったが、さっきとは違ってどこか冷たく拒絶しているような、そんな感じだった。
「ごめんね。全部は言えない。化かし合いなんだ。だからこれしか言えない。ララちゃん、僕を信じて」
「――分かったわ。ノア君は、九星とステラのことを一番に考えているんだもの。私はいつも貴方を信じているわ」
「ありがとう」
ノア君は、感極まったように私を抱きしめた。私は、その背中に腕をそっと回す。
――私も、貴方が抱えている者を、一緒に抱えれたらよかったのに。